第2話 あなたが必要なの、と言われて
「ごめん、私、彼にするならy○utubeの動画になるような特技をもった人って、前から決めていたの」
そういって彼女は爽やかな微笑みを残して、僕の目の前から消え去った。おいおいy○utubeで動画をアップロードするなんて誰でも出来るだろう。それよりその映像で閲覧者をどれくらい獲得出来るかを、問題にすべきじゃないのかああああ。
気が付くと、僕の頭にはさっきの桜の花びらがふわりと乗っかっていた。視線を遠くに向けると自分が通う学園が、たんぼの向こうに見えた。それは鄙びているが、親しみのある見慣れた田舎の風景のはずだった。しかし、その風景は明らかに池上に告白する前と今とでは違って見えた。
昨日まで僕はモテナイながらも、女子に振られたことのない男子だった。しかし、今日から僕は女子にモテず、しかも三年間好きだった女の子にあっさりと振られたてしまった負け組み男子に成り下がってしまった。たぶんこういうのは、日本で何人もの青少年が向き合っている痛みであることは分かる。でもやっぱり初めての痛みは大きく、経験のない僕には制御不能の感情だった。何度も、こんなの誰でも通る道だと自分に言い聞かせても、惨めさがどんどん大きくなっていく。しかも振られた理由がy○utubeなんだから……。友達にどうやって説明すればいいんだか。
「コホン」
心臓が飛び出しそうなくらい驚いた。それは賽銭箱の方から聞こえてきたので、僕は咄嗟にそっちを見た。神社に来たときは、誰もいないのを慎重に確認したはずだったが…。
そこには紅い袴をはいて、純白の襦袢を着て妖艶に微笑む若くて美しい巫女さんの姿があった。身長は百五十センチくらいで顔はとても小さい。清らかな神楽を軽やかに舞うと、とても似合いそうな雪のように色白な北陸美人の少女だった。
学園二年の自分よりは幼く見える。もしかしたらただ童顔なだけで、同い年の可能性もある。しかし、年末年始でもないこんな暇な時に、名も知れない田舎の神社で巫女のバイトがいるなんて不思議だなあと思った。全くマーケット・ニーズ(市場の需要)を無視したスタッフィング(人使い)ではないか。
「い、いつからいたの……」と僕は吃りながら言った。
「うんとねえ、十五分前からかな。神社の中を掃除していたらたまたま聞こえちゃって」と彼女は悪びれもせずに言った。
「全部聞いちゃった? 」と僕は上擦った声で質問する。
「ごめんなさい、普段は無視するんだけど……」と彼女は好奇心旺盛な栗鼠みたいにクリクリと瞳を動かして、僕のことを熱心に観察していた。いったい何なんだこの娘は……。
「忙しいから、もう行くよ」と僕は言って歩きだした。早く家に帰って、失恋の傷と向きあいたかったのだ。振られた会話を盗み聞きされていた恥ずかしさも、僕の小心で傷つきやすい童貞スピリットにダメージを与えていた。ミコノス1
「さっきの話ほんとなの? 」と言いながら彼女は僕の突き放すような態度に全く怯まず、いきなり僕の行く手を両手で遮った。
「何を聞いたか知らないけど、全部忘れてくれないかな」と僕は彼女に言った。
「あなた、ほんとに霊が見えるの? 」と彼女は僕の発言を無視して、大きな瞳をさらに見開いて言った。
「なんの話か知らないけど」と僕は鳥居の方に歩きだした。とにかく女子に振られた現場をみられた恥ずかしさが、たまらなかったのだ。
「待って、あなたの助けがないと、この神社は大変なことになっちゃうの」と彼女は言って、結構俊敏な動作で、僕の右手をパシッと捕まえた。
「な、なんだよ、いったい」と僕が戸惑っていうと
「ねえ、あの子を見返してやろうよ」と彼女は言った。
「えええ」
「私、y○utube動画を理由に、男を振る女がこの世にいるなんて信じられないよ」と彼女が義憤にかられたみたいに真面目な口調で言った。
「……たぶんあれは"振る"理由がうまく思いつかなかったんだよ」と、僕は無意味な言い訳をした。すると彼女の口から予想外の言葉が飛び出してきた。
「私をあなたの彼女にして」
「え」と、一瞬なにを言われたのか分からない僕。ゴオっと春の風が吹いている。少女の紅い袴がバタバタと揺れるのが、現実感なく僕の網膜に映る。いったい僕はここで、何をしているんだろう。
「ねえ、聞いてる? 私を彼女にして」と彼女の大きな声は僕を現実に引き戻した。
「ど、どうして……そうなるわけ」と僕は間抜けに口を開いたままで彼女の言葉を聞いていた。喉がやたら渇いて困る。
「そうすればあなたは彼女を見返せるでしょ!
負けちゃダメよ。私も見返さないとダメなヤツがいるんだ」と彼女はまた訳の分からないこと言った。
「はあ」と、ため息をつく僕。
「もしかして、私じゃ魅力なくて駄目かなあ」と彼女は僕のテンションの低さを知って、悲しそうな表情をした。美少女の憂い顔は鉄すらも溶かすと古くから言われているが、もちろん僕の心は三時間煮込んだシチューの具みたいに蕩けきっていた。
「いや、君はすごく可愛いよ……でも何でいきなり付き合うなんていうの?」と僕は念のため聞いた。
でも頭の隅ではこんなチャンスは二度とないんだ、理由なんてどうだっていいじゃんって声もワンワン鳴り響いているんだけど。
彼女の小さな頭にも山桜の花びらが付着していた。そのためか、
彼女は近くの山から降りてきて、神社に隠れて人間をからかうのが好きな、山桜の美しい精霊のようにも見えた。
「私が彼女になったら、あなたは私の目になって」と彼女は緊張した表情で言った。
「目になるってどういうこと?」と困惑しながら質問する僕。
その質問を無視して彼女は僕の手をとって、神社の社殿の方へと歩いていった。僕は呪術で操られた式神のように、無抵抗で彼女の後に付いていく。そしてその五分後には、僕たちは薄暗い社殿の中に居てキスしていた。彼女のイチゴのような赤くて可憐な唇はとても柔らかくて、今まで味わった物のなかで一番官能的な味がした(童貞だけに……)。
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