巫女の巣 欲情すると霊視できる男子高校生が巫女さんの神社経営を手伝う物語
不燃ごみ
第1話 y○utubeと失恋
「ね、ねえ、私の目になって」
と、僕の目の前に現れたその美しい少女は言った。今年春の到来が遅かった北陸のこの小さな町では、四月の後半なのに、まだ遅咲きの桜の花弁の飛散を町のあちこちでみることができた。
薄紅色の花びらを頭にのせて僕に向かって微笑む彼女の姿は、まるで桜の精霊か何かみたいに幻想的で艶やかだった。
僕はその時、本当に落ち込んでいたので、誰かにまだ自分が必要とされている事実に後先も考えずに感動していたのだ(その理由がなんであれ……)。そして、僕は彼女の目になることに同意してしまった。しかし、僕は彼女の目になることに、ひとつの大きな問題があることを愚かにも忘れていた……。
(救い主に出会う30分前)
十七年生きてきて、自分が自分であることがこれほど惨めに感じたことはなかった。それは僕が生まれて初めて女子に告白した日だった。場所は学校の近くの名も知れない神社である(一応、名前は白山神社とある)。
社殿の前で、僕はショート・ヘアでボーイッシュな雰囲気(でもわりとグラマー)の同じ神山
学園二年の池上愛美に、僕の中学三年からの思いを告白していた。彼女とは妙に趣味があって昼休み時間などに、古今東西のマニアックな歴史の話をして盛り上がる仲だ(特にロシアの歴史で、女帝エカチェリーナとか怪僧ラスプーチンとか)。彼女にとってクラスで一番会話する男子は僕であるという、自負はあった。
「村上君、あなたにはどんな人に誇れる特技があるの」
僕の告白を聞いて、池上愛美は穏やかな笑みとは裏腹にトリッキーな質問をしてきた。
「え、特技」予想外の展開に思わず、視界の奥にある神社の鳥居を睨んでしまった。神様、女の子に告白して「特技は何か」といきなり質問される、こんなセチガライ世界をなぜ創造してしまったのですかああ……。
「そんな、大袈裟に考えないでね。なんでもいいの。口笛がうまいとかでもいいよ」と僕の内心の葛藤をまるで知らぬ風で池上は艶やかに微笑む。右頬の小さな柔らかいエクボが魅力的で、小人になってそのなかに住みたい位だ。
彼女は全体的には敏捷な猫を思わせた。やや、目尻がつりあがっているが、その魅力的な瞳は表情豊かで、口よりも雄弁であったりする。
「なんか就職の面接みたいだね」と僕はなんとかその場の雰囲気を和らげようと、冗談っぽく言ってみた。しかし彼女の真剣な表情は変わらなかった。
特技、特技、特技。あるにはあるのだ。でもそれが池上の求めているものかは自信がない……どちらかというとそうではないという確信がある……。
「ほ、ほんとにどんな分野でもいいの?」と僕は恐る恐る言った。
「何でもいいよ。鼻でラーメンがすすれるとか……でも、いいからね」
と彼女は無邪気に微笑みながら無茶苦茶なことを言った。僕は彼女の長い美しい睫毛と姿勢のいい均整のとれたセーラー服姿を見つめながら、その場をどう切り抜けようか考えこんでいた。
僕は本当に自分の能力を彼女に告げるべきか迷っている。それは明らかに口笛や"ラーメン鼻すすり"よりは一段フェーズの高い特技であるという自信はある。しかし、万人受けする内容の特技かといえば大いに疑問なのだ。
それにしても、告白して特技を聞かれるなんて思ってもいなかった。彼女が僕に好意がなければフラれるし、好意があればデートの話なんかをする。告白の後の展開とは、そういう単純なものだと思っていた。
「お、驚かないでね、じ、実はあるんだ」僕は緊張した声で言った。
「なになに、どんなやつ?」彼女は好奇心剥き出しで僕の目を覗き込んでくる。
「……じつはねえ……」と僕はためらいながらも続ける。
「早くいってよ、もったいぶらないで」と興奮する彼女。
「霊視ができるんだ」
僕の世紀の大告白のあとで、予想通りの沈黙が約十秒。僕らがいる白山神社の境内には、季節外れの桜の花びらが風に運ばれて空中を浮遊している。
「れ、い、し?」と彼女はぎこちない笑顔を浮かべて僕を見つめた。
「霊が見えるんだ……」僕は必死で彼女の顔を覗き込んでその感情を探ってみる。
「ふーん……幽霊が見えるんだあ」と、それまでの興奮が嘘のように彼女は静まりかえって言った。まるで自分がプレゼントも用意せずに、子供たちのベッドルームに侵入した間抜けなサンタみたいな気分になった。
「どうかな……今まで家族にも友達にも言ったことないんだよ……気に入ってくれた?」
「ねえ、私が特技を判定する基準はすごくシンプルなの……」と彼女は冷めた笑いを浮かべて言った。
「……どんな基準? 」と僕は悪い予感を感じながら彼女の次の言葉を待った。
「y○utubeにそれを……投稿できるかどうかなの」
静寂がまた十秒。
「霊視って結局村上君が見えるだけで、y○utubeの視聴者には見られないよね」と、僕の困惑を百パー無視して彼女はハキハキと説明を続ける。
「……そうだねえ、でも口笛よりもレアだと思うよ……」僕は必死で特技の希少性をアピールした。まるでほんとに面接みたいだ。内定ゲットはとても厳しそう……。
「そうなんだけど、やっぱy○utubeには使えないからねえ」
「そ、そうだこの境内に、どんな幽霊がいるか教えてあげようか」となんとか彼女の関心をひこうとしてみた。しかしそれは無駄だった。
「ごめん、私、彼にするならy○utubeの動画になるような特技をもった人って、前から決めていたの」
そういって彼女は爽やかな微笑みを残して、僕の目の前から消え去った。おいおいy○utubeで動画をアップロードするなんて誰でも出来るだろう。それよりその映像で閲覧者をどれくらい獲得出来るかを、問題にすべきじゃないのかああああ。
気が付くと、僕の頭にはさっきの桜の花びらがふわりと乗っかっていた。視線を遠くに向けると自分が通う学園が、たんぼの向こうに見えた。それは鄙びているが、親しみのある見慣れた田舎の風景のはずだった。しかし、その風景は明らかに池上に告白する前と今とでは違って見えた。
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