第21話 太陽のビーム

 目を覚ますと、僕は一本の木に寄り掛かって座っていた。


 朦朧もうろうとした意識のまま辺りを伺う。相も変わらず何もない乾いた大地が広がっている。

 起き上がろうと足に力を入れてみるが、意識だけが先にいき身体は全く反応してくれない。

 ぼやけた視界の端にヌラの姿が小さく見えた。ゆっくりとした足取りで僕の方へと近づいてくる。


「……ヌラ」


 カラカラの喉から発したその声は、新聞紙をこすり合わせて出た音のように小さく、汚いものだった。

 ヌラが僕の隣に力なく座り込んだ。風に舞う砂煙にさらされたのだろうか。その肌には細かい砂がたくさんついていて、その皮膚はパリパリに乾いていた。


 木陰にいると熱さは幾分ましに感じられるが、手を伸ばして日に当たっている所の地面の砂に触れると、焼けるように熱かった。


 僕たちは木陰に身を寄せ合って、ただ時が過ぎるのを待っていた。


 身体の水分が無くなってきたのか、汗もそれほど出なくなっていた。乾ききった唇は皮膚がめくれ上がり、それを舐めて抑えつけるほどの唾液も、口内には残っていなかった。


 そうして朦朧とした意識のまま木にもたれかかっていると、いつしか地平線に太陽が落ちようとしていた。燃え尽きる前の蝋燭ろうそくの炎のように、一瞬だけ鮮やかなオレンジの光を放ち、世界を包み込んだ。あの太陽光線がロボットアニメのビームのようなもので、瞬間的に僕の身体を消滅させてくれれば楽に死ねるのにな、なんてことをぼんやりと考えていた。


 隣にいるヌラも、もう一言も発することなく黙って座り込んでいる。僕なんかのために一緒に来なければ、ヌラもこんなに苦しい思いをすることはなかったのに。


「……ごめんね、ヌラ」


 乾ききった身体から、涙が一筋流れ落ちた。


 ヌラはなんの反応も見せず黙って前を向いている。何を考えているのか僕には分からない。後悔しているのか、それとも何も考えていないのか。トカゲの考えを知ろうなんて到底無理な話だし、そもそも人間相手だったとしても、他人が何を考えているかなんてわからないじゃないか。


 それを無理に読み取って、読み取ろうとして――読み取ったつもりになって。僕たちはそうやって生きてきたんだ。


 酷いことされないように。殴られないように。傷付かないように。人の気持ちを読み取って、読み取ろうとして、――読み取った気になって。


「あぁ」


 声が漏れ出ていた。辺りはすでに真っ暗で、雲に覆われているのか月明かりすらも見えない。真っ暗な世界で、僕のため息だけが空気に溶けて。目を開けていても閉じていても何も変わらない。耳鳴りがするほどの静寂があった。


 でも、どこかそんな世界を受け入れている自分がいた。


 ここには余計なものがない。

 余計なことを考えなくてもいい。

 このまま、ゆっくりとした時の中で、僕は消えて無くなるんだろうか。

 あぁ、でも、それでもいいな。

 それがいいのかもしれないな。

 心がだんだんと軽くなり、僕の意識は遠くなっていった。

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