第20話 寒暖の差

 山を半分ほど降りたあたりですっかり日が落ちてしまった。


 僕たちは一際大きな岩を見つけて、そこで一晩を過ごすことにした。

 一面に広がる岩の世界では、焚火をしようにも枯れ木がなく、そもそも迂闊うかつなことに、僕は火虫を確保しておくのを忘れてしまっていた。


 遮蔽物しゃへいぶつのない山の中腹は、吹きっさらしの風が直接身体を攻めてくる。地面から伝わる冷たさで身体の芯から冷え切ってしまいそうだ。

 僕たちはヌラが持っていた毛皮を広げ、二人で分け合うように上から被って風から身を守った。


「毛皮があって良かったぁ」


 僕は震える声でそう呟く。恐らくヌラはこれを見越して、猪から毛皮を獲ってきたのだろう。でも、猪に会えなかったらどうしてたんだろうか。素朴な疑問が頭をよぎったが、まぁ、その場合も何かしら考えてくれたんだろうと楽観的に考えることにした。


 いつの間にそこまでこのトカゲを信頼するようになったのか。僕は自分で自分が可笑しくなって、少しだけ吹き出してしまった。


「ギャ?」


 吹き出した僕の顔を怪訝な顔をしてヌラがのぞき込んでくる。


「なんでもないよ」


 僕はごまかすように顔をうつむかせた。


「ヌラの身体、冷たいねえ」


 右側で密着しているヌラの身体は氷のように冷たかった。(そもそも、トカゲの体温ってどうなっているんだっけ?)と考えてはみるものの、知らない知識がいきなり浮かび上がってくるはずもなく。ただその冷たい体に身を寄せながら、毛皮をぎゅっと握りしめた。


 結局、僕は満足に睡眠も取れないまま朝を迎えてしまった。


 空の端が赤みがかってから、岩肌を舐めるように日の光が侵食してくる。ひどい寒さで震えていた僕は、早く来い早く来いとその光のじゅうたんを目で追っている。

 太陽が僕たちを照らすころには、寒さも幾分か和らいだように感じた。僕はたまらず立ち上がり、その場で何度か屈伸をした。

 ヌラものそりと立ち上がり、身体をほぐすように腕を回していた。


「行こう、ヌラ。何か食べるものも探さないと」


 僕たちは毛皮を丸めると、すぐさまふもとを目指して歩き出した。

 標高が低くなるにつれ、今度は気温が高くなり、僕はいつの間にか大粒の汗を流していた。合間合間で水を口にするが、水筒に入っている水も残りわずかで。とにかくどこかに水場があることを祈りながら、僕は無心で足を動かした。


 そのうち、ごつごつした岩が徐々に小さくなっていき、平坦な場所に着くころには細かい砂に足を取られるようになっていた。


 周りを見渡しても乾燥した大地が広がるのみで、所々に生えた植物も、枯れ草のようなしなびたものしか見当たらなかった。


「これ、やばくない?」


 額の汗を拭いながらヌラに問う。ヌラもキョロキョロと辺りを伺ってから、まいったなと言わんばかりに頭を掻いた。


 とにかく、僕らは歩くことにした。


 遮蔽物のない乾いた大地で、頭上に輝く太陽がじりじりと僕らの体力を奪っていく。僕は口で息をしながら先を見据える。ゆらゆらと揺らめいているのは、蜃気楼か僕のほうか。時折びゅんと吹く風が砂埃を舞い上げ、僕らの視界を奪い取る。


 段々と足が重たくなってきた。水筒を傾けてみるものの、かなり前に中は空っぽになっていた。


 目の前をいくヌラの姿がぐらりと揺れた。


 いや、揺れたのは僕の方だった。


 体から力が抜け落ち、バンザイをするかのようにゆっくりと前方へ倒れこんだ。

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