第11話 蜥蜴の国

 ヌラが目を覚ますころには、僕は元の場所で体育座りをしていた。少しもったいない気はしたけど、水筒の水で少しだけ手を洗った。下はそのままパンツを履いたので、股間の不快感は否めない。どこかで川があったら、水浴びをしようと考えた。


 目を覚ましたヌラは少し伸びをしてから、すっと立ち上がり「ギャオ」と鳴いた。どうやらすぐに出発するらしい。

 僕も腰を上げ、水筒を手に取り後を追う。


 ヌラはしばしば空を見上げた。それはなにか方角を確認しているようにも思えた。立ち止まり、空を見上げ、そしてまた歩き出す。

 ヌラは道中、小さな虫を見つけては捕まえ、スナック菓子のようにぱりぽりと食べる。その様子を見て、僕のお腹がぐぅぅと鳴いた。

 ヌラはちらりと僕をみて、呆れたようにため息を吐いた。その表情は「腹減ってるなら食べればいいのに」と言わんばかりだ。


「仕方ないだろ。虫は気持ち悪いんだから」


 僕は反論するように口を尖らす。代わりに、昨日ヌラに教えてもらった木苺きいちごのような果実を見つけては、口に入れて空腹を紛らわせた。


 昨日までいた小川の近くの基地であれば、魚や小動物、僕の食べられるものもたくさんあったのに。食料豊富な基地を手放してまで、ヌラはどこへ向かっているんだろうか。


 そこから、僕らは止まることなく歩き続けた。少し長く続く上り坂の頂上に来たあたりで、ヌラが突然その足を止めた。ヌラの見つめる先に視線を向けると、そこには驚きの光景が広がっていた。


「……町だ」


 小高い丘から見下ろすその先には、木々を伐採し開拓されたように開けた土地があり、そこに明らかに造られたものと分かる四角い建物のようなものが点在していた。

 そしてその中央には、他と比べて二回りほども大きな建造物があった。見ようによっては王宮のようで。


「これは、……ヌラの、故郷?」


 隣のヌラを見ると、まっすぐとその町を見つめている。どういった心境なのか、そこからは読み取れなかった。

 ヌラは意を決したように、力強く丘を下っていく。僕も足を滑らせないように気を付けながら、ヌラの後を追った。


 町に近づくころには空は真っ赤に染まっていた。丘を下りて少し歩くと、木を組み合わせて造られたような塀が町を囲っているのが分かった。


 長く長く続くその塀を見ると、このトカゲたちの知能の高さと、長い歴史が感じられる。入り口と思わしき場所が見えてきた。門のようなものはなく、開けっ放しになってはいたが、その両端には門番らしき二体のトカゲが姿勢よく立っていた。

 僕は少しだけ唾を飲み込む。ここ数日間ヌラと過ごしてはきたが、他のトカゲの姿には否応なしにも緊張感が高まってくる。


 ――大丈夫だろうか。


 目の前を歩くヌラは僕の様子を気にすることなくまっすぐと入り口に近づいていく。

 そうして近づいていくと、門番の二体もこちらに気付いたのか視線を向けてきた。初めはヌラに気付き歓迎するかのように手を広げ「ギャオ」と鳴いた二体のトカゲであったが、その後すぐに僕に気付き、背中の槍を抜き出し、僕に向けて突き出してきた。


「ギャギャ!」


 たじろぐ僕を守るかのように、ヌラが手を突き出し二体のトカゲを制した。そこから「ギャオギャオ」「ギャギャギャ」「ギャオグオ」と三体のトカゲがなにやら言い合っている。


 僕はテニスのラリーを見るかのように、首を行ったり来たりさせながらその様子を伺っている。


 そして話がまとまったのか、ヌラが僕のほうを向き「ギャオ」と手招きした。すたすたと入り口を進むヌラの後をおそるおそるついていく。入り口を跨ぐ瞬間、両端のトカゲの忌々いまいまし気な視線が見えて、恐くなった僕はヌラに置いていかれないように少しだけ早足になった。


 周りを見渡すと、そこかしこに住居のような建物があるのがわかった。ヌラと作った木枠のテントのようなものではなく、土を固めて出来たしっかりとした造りだった。印象的にはエジプトや砂漠にあるような建物のように思えた。その土壁の建物には広く開いた入り口と、小窓のような穴が上手に開いている。


 ある建物の横を通る時に、中にいるトカゲと目が合った。そのトカゲは小さい子供のようで、ヌラにくらべると半分くらいの大きさしかなく、くりくりの目でまっすぐ僕を見ていた。縦筋の入ったしっぽをふりふりと振っている。


「はは、可愛い」


 僕が笑顔を向けると、その子トカゲも嬉しそうにキャキャっと鳴いた。するとすぐさま後ろから母親のようなトカゲが現れ、子トカゲを守るように抱きしめ、僕をにらみつけた。


 僕はなんだかバツが悪くなり、視線をヌラの背中に戻す。町は近代的に舗装されているようなことはなく、赤土の広い土地に、ただ点々と住居が存在しているような形だった。そこかしこにいるトカゲがヌラと僕の存在に気付き、指をさしたり、威嚇するように牙を剥きだしたりしている。


 僕は不安になってヌラの横顔を見た。しかし、ヌラは周りの視線を一切気にすることなくまっすぐと前を見つめていた。その姿は僕に勇気を与えてくれるには十分で、僕も縮こまっていた姿勢を正し、まっすぐ歩くことにした。


 ほどなく、町の中心あたり、一際大きな建物の前に到着した。しっかりとした作りのそれは、やはり他の建物とは違い三階ほどの高さを誇っていた。土壁の外側には、規則正しく象形文字のような文様が描かれている。それは他の住居には無かったもので、それだけでもこの建物が特別なものだということが見て取れた。


 建物の入り口付近にはまたもや見張りのようなトカゲが二体。ヌラの姿を確認すると「ギャギャ」っと大きく声を出した。


「ギャギャッギャ」


 ヌラが二体に対して声を上げる。すると、見張りのうちの一体が建物の中に入っていった。その間も、残った見張りのトカゲは警戒するように僕を睨みつけている。この先どうなるのか、その不安から僕の鼓動は鼓膜を揺らすほど大きくなっていた。


 やがて、建物の中から先ほどの見張りらしきトカゲが現れた。かと思うと、中から続いて数体のトカゲが出てくる。そしてその最後尾から、明らかに偉そうなトカゲがゆっくりと姿を現した。


 僕がどうして偉そうだと分かったのかは単純だ。彼が他のトカゲよりシワが多いとかそういうことではなく、彼が付けている装飾、首飾りの類が、他のトカゲと比べて明らかに多く、豪華だったからだ。


 恐らく彼が、ここの国王かはたまた首長か。いずれにせよ、そういった存在だということは明らかだった。


 そのおさの彼を守るかのように、数体のトカゲが半円状に取り囲んでいる。その護衛たちは皆、槍を手に持ち、鋭い視線をこちらに向けてきている。僕は視線から逃れるように、ヌラの背中に身体を隠した。


「グオ」


 突然、長が声と共にヌラを指さした。年老いているのか、その声は少ししゃがれていた。その声を合図に、すぐさま護衛のトカゲたちがヌラと僕を取り囲んだ。


「ギャギャ!」


 ヌラが長に向かい両手を広げて何かを訴えている。しかし、長は冷たい眼差しを崩さずに、護衛のものたちに「ガオ」と声を掛けた。

 その途端、周りを囲んでいた護衛達が次々と僕に襲い掛かってきた。突然のことに抵抗する間もなく僕は地面に押し倒され、身動きが取れなくなった。


「ギャギャギャ!」


 ヌラが何か叫びながら護衛の一体を押しのけるが、すぐさま他の護衛によって取り押さえられ、槍の柄の部分でしたたかに殴りつけられた。


「ヌラ!」


 僕は地面に顔を押し付けられながら、それでも大きな声でヌラの名を叫んだ。目の前ではヌラが数匹のトカゲに寄ってたかって殴られている。


「やめろよ! なんだよお前ら!」


 必死になって声を出すが、抵抗すればするほど僕を抑えつけるトカゲたちの力は強くなっていき、しまいには鋭い爪の伸びた手で首根っこを締め付けられた。


「っが! ぐっ!」


 強い力で締め付けられたため声が出せなくなり、呼吸すら危うくなってしまった僕は、酸素を取り込もうと必死で口を開け、まるでエサを欲しがる池の鯉のような恰好でぱくぱくと口を動かした。


「グァ」


 長が声を掛け僕を無理やり立たせる。息苦しさから解放された僕はひゅーひゅーと擦れた音を出しながら呼吸をする。ヌラは殴られすぎて気を失ったのか地面にせったまま動かなくなっていた。


「……ヌラ」


 その姿を横目に見ながら、僕は護衛達の手によって上半身をヒモで縛られ、無理やりどこかへと歩かされた。

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