第10話 生存本能・生殖本能

 気が付くと僕は自分の部屋にいた。カーテンから注ぐ光が、朝の訪れを教えてくれる。ベッドのそばに置いたデジタル時計は、七時二十八分と表示されている。


「……良かった。夢だったんだ」


 僕は布団を引き寄せ、その温かさに埋もれる。ふかふかの羽毛布団。母さんが干していてくれたのか、太陽の匂いがした。


 ――羽毛布団?

 

 違和感に気付いた僕は勢いよく起き上がる。


 ――今は確か、夏のはず。


「どうかした?」


 隣から聞こえた声に驚き、僕は肩を揺らした。ゆっくりと声のした方に顔を向けると、そこには桜木さんが仰向けで寝ていた。


「さ、桜木さん?」


 僕は状況が掴めずに固まってしまう。桜木さんは制服姿で、お腹の上で両手を組んで姿勢よく寝ている。まるで自分のベッドかのようなくつろぎ具合だ。


「な、な、なん」


 僕は驚きすぎて次の言葉が出てこない。ただ布団の中で触れ合っている肌の感覚だけは妙にリアルだった。


 桃の香りがした。いや、勝手に桃だと思っているだけかもしれないけど、確かに甘い匂いがする。それは確実に桜木さんが発するものだ。甘美な香りが、僕の心拍数を速めていく。


「素直になればいいんだよ」


 そう言うと桜木さんは上半身を起こした。息がかかる距離に桜木さんの顔がある。僕は肉食獣から隠れる小動物かのように、小さく小さく呼吸をした。あとほんの少しでも近づけば、桜木さんの長いまつ毛に触れてしまいそうだ。


「城崎君はさ。……私のどこが好きなの?」


 桜木さんのくりくりとした大きな目が僕を吸い込まんと見つめてくる。あまりに近すぎて、僕の視界には桜木さんの顔の上半分しか映らない。


「ぼ、僕は……」


 息が上手に吸えない。過呼吸気味に短く、ハッハッと息を漏らす。


「ま、いいけど」


 そう言うと桜木さんは少し顔を離し、まるで今からお風呂に入るかのように、自身のシャツを下から一気にまくり上げた。空色のブラジャーに納まっている大きな胸が、ふるんと揺れて僕の目の前に現れた。


「な、な、なっ」


 僕は突然のことに驚きすぎて言葉が続かない。全身が金縛りになったように動かないが、視線は桜木さんの胸元に吸い付いて離れなかった。


「ずっと、想像してたでしょ?」


 そう言って桜木さんが微笑む。少し傾げた首に連動して動いた鎖骨のくぼみに、僕は思わず唾を飲み込んだ。それはあまりに綺麗で、妖艶で。


 桜木さんが僕の手を取り、ゆっくりと自身の胸元へと近づける。僕は抵抗することなく、桜木さんにされるがままに、その胸に手の平を当てた。ブラジャーの布のカサカサした部分と、指先に触れる絹のような柔肌の対比に、僕は気を失いそうなほど興奮している。


「いいんだよ、好きにして」


 そう言って桜木さんは笑う。


「人は、死の危機に面した時が、一番生殖機能が高まるらしいよ」


「……なにを言って」


 ******


 ビクンと身体を揺らし、僕は目を覚ました。自分の不可解な身体の動きに、無理やり覚醒させられたような感じがした。


 隣のヌラを見ると子犬のように身体を丸めて眠っている。


 僕はゆっくりと、ヌラに気付かれないように身体を起こし、そのまま木の裏に身体を隠した。


 軽く周りを見渡してから、僕は一気にズボンを下ろした。パンツの一部分が不自然に張っている。僕はそのままパンツもずり下ろす。


 痛いくらいに張った股間に手をやり、無心に手を動かした。あまりにリアルなさっきの夢を思い出し、また、その先を想像する。


 桜木さんの柔らかい乳房を、白く輝く首筋を、――そして。


 最後まで想像するまでもなく、僕はあっという間に果ててしまった。僕の荒い息が、森の朝もやに混ざって溶ける。僕はしばらく動けずに、ただ木に手をついて飛び散った粘着質の白い液体を呆けたように見つめていた。

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