第9話 トカゲの好きな焼き加減

 翌朝、僕が目を覚ますと隣にいたはずのヌラの姿がなかった。寝ぼけまなこを擦りながらテントから出ると、何やらヌラが焚火のそばで作業をしていた。


「おはよう、ヌラ」


 僕が声をかけると、ヌラも「グァ」と返してきた。


「何してるの?」


 近づいて様子を見てみると、昨日乾燥させていたヤシの実のようなものにヒモをぐるぐると巻き付けていた。実を上手に回転させながら縦に横にとヒモを巻きつけ、そのうち、適当な長さのヒモを余らせて牙でヒモを噛みちぎった。


 完成したそれはハンマー投げの重りのように、長く伸びたヒモの先端に丸い実がついているような形だった。ヌラはヒモを持ち上げバランスを見るように左右に動かしている。


「なんだろう?」


 ヌラは完成したそれを持って川に近づき、上部に空いた穴から水を入れる。そうして中に水を入れてから、またヒモを持ってバランスを取った。ヒモに繋がれた実は左右に振っても中の水がほとんどこぼれていない。


「あ。もしかして」


 僕が声を出すのと同時に、ヌラが手に持った実に口をつけ、中の水を美味しそうに飲む。


「水筒か!」


 ヌラもその出来栄えに満足したのか「ギャギャギャ」と嬉しそうに声を上げた。

 その後、ヌラがもう一つの実にヒモを巻きつけ出したので、僕も自分で採ってきた実を掴みヌラの作業を真似する。

 僕が苦戦していると、ヌラが手を止め、まるで指導するかのように僕の作業を手伝ってくれた。


「出来た!」


 ようやく完成したそれはヌラのものよりはバランスが悪かったけど、水を入れてみて振ってみても激しくこぼれるようなことはなかった。


「んふふ。なんか自分のものみたいで嬉しいな」


 僕は足元に落ちていた石で、実の側面に【ユウキ】と名前を彫った。それを横で見ていたヌラが彫られた僕の名前を指でなぞった。


「ユ、ウ、キ。僕の名前だよ」


 僕は名前と自分を交互に指さした。するとヌラも嬉しそうに「ギャギャッ」と声を上げ、自身の首にかかっている木片を指さした。象形文字のようなキズがたくさん刻まれた木片だ。


「ヌ、ラ。やっぱりそれヌラって読めるね。それは名前なの?」


 僕の問いに対する答えなのかどうなのか、ただ彼は嬉しそうに空を見上げて「ギャギャギャ」と声を上げた。


 僕が顔を洗っているうちに、以前仕掛けて置いたワナにかかっていたのか、ヌラがまたしても小動物の死体を持ってきた。前と同じく上半身と下半身に分けたヌラは、しかし、以前とは違いその両方を木の枝に刺し焚火に近づけた。


「焼いて食べるの、気に入った?」


 僕は笑いながらヌラに問いかける。ヌラは獲物の下半身のほうを僕に差し出し「お前も焼けよ」と言わんばかりに焚火を指さした。

 僕は前と同じように、周りの毛だけを先に焼き、きれいにそれを払い落としてから、中までじっくりと火を通した。

 ヌラは時たま僕の顔を見て、「もういいか? もういいのか?」というような目を向けてきた。


「トカゲの好きな焼き加減なんか分からないよ」と僕が笑うと、ヌラも何が可笑しいのか大きな口を開けて膝を叩いた。


 そうして二人で小動物の串焼きを堪能し終えると、ヌラはおもむろに焚火に水をかけて消火しだした。


「え? 消しちゃうの?」


 驚く僕を尻目に、ヌラは川へと向かい先ほど作った水筒に水を補充しだす。僕も同じように自分で作った水筒を持って川へと向かう。


「もしかして、どこかに行くの?」


 彼が焚火を消し、水筒を作った理由。それを考えると、ここを離れ、どこか遠出をするのではないかと僕は推測した。

 ヌラはすっと立ち上がると、森の方を指さし「グォ」と鳴く。


「やっぱり、どこかへ行くんだね」


 水筒に水を入れて立ち上がると、ヌラがテントから出てくるのが見えた。その手にはウエストポーチが握られている。そしてゆっくりと僕に近づき、そのウエストポーチを差し出してきた。


「……返してくれるの?」


 僕の問いかけに小さく「グァ」と応えたヌラは、僕にウエストポーチを押し付けると、水筒を肩にかけて森へと入っていった。

 僕は少しだけ笑みをこぼしながら、ウエストポーチを肩に通し、彼の後を追いかけた。



 森に入ったヌラは、いつもとは違いどんどんと前へ進んでいく。それはやはり目的の場所がはっきりしているような、そんな意思の伝わる歩みの強さだった。


 僕は置いて行かれないように必死にヌラの後を追いかける。身体能力だけをみると、ヌラと僕の差は歴然としていた。僕が息を切らしながらついていくと、ヌラは時たま思い出したかのように振り返って僕の様子を伺う。まるで生徒を引率する先生のようだ。


 そうして黙々と歩いていき、たまに立ち止まって水筒の水を飲む。ヌラは途中に生えていた木いちごのような果実を採って僕に向かって差し出してきた。口にしたそれはかなり酸味が強かったけど、瑞々しい果実の味は、ここまでの疲れを多少忘れさせてくれたようにも感じた。


 どれくらい歩いただろう。辺りは薄暗くなり始めていた。


 そうして夜に差し掛かろうとしていたあたりで、ヌラが立ち止まり僕のほうを向いて「ギャ」と鳴いた。


「なに?」


 ヌラは水筒を下ろし、辺りの枯れ木を集めだした。


「今日はここで終わり?」


 僕も水筒を地面に置き、ヌラの作業を見守る。ウエストポーチに入れておいた火虫をヌラに渡すと、ヌラも頷きそこで火を付けた。


 ぱちぱちと跳ねる火花を眺めながら、僕は座って木に寄り掛かる。今日はここで夜を過ごすのかと考えると、昨日までの葉っぱを敷いただけのテントがやけに恋しく感じられた。


 しかし、一日中歩いた疲れからか、まぶたを閉じてすぐに、僕は気を失うようにして眠ってしまった。

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