第7話 看板と赤いペンキ

 教室にチャイムが鳴り響く。


 僕は我に返ったかのように辺りを見渡した。

 机は教室の後方に押しやられ、そうして出来た床の広いスペースにブルーシートが広げられている。その上には大きなベニヤ板。僕の手には赤いペンキとハケ。


 ――あぁ、そうだ。看板。


 そこでようやく僕は自分の役割を思い出した。教室の外ではセミがジワジワジージー鳴いている。僕はアゴに垂れてきた汗を腕で拭う。


「優輝ぃ。順調か?」


 田村くんが開けっ放しの廊下の窓に肘をつきながら聞いてくる。ワックスでパリッと固められた短めの髪の毛がテカテカと光を反射させている。


「あ、う、うん。なんとか……」


 僕はまだ半分も出来ていない看板をちらりと見ながら答えた。


「おれらはそういうの苦手だからさぁ。頼りにしてるぜ、優輝くん」


 そう言って田村くんは目配せをした。いつの間にか田村くんの後ろには、宮本くんと浜田くんもいた。三人ともにやにやと笑っている。


「う、うん。任せといて」


 僕も笑顔でそう返すが、いつの間にか三人の姿は消えていた。廊下に笑い声だけが響いている。

 僕は気合を入れ直しベニヤ板にペンキを塗りたくる。

 昔からイラストを描くのは好きだった。だからこの作業も、楽しみながらやっている。


「ほんとに?」


 ふいに教室の後ろの方から聞こえた声に驚き、僕はそちらに顔を向けた。


「……桜木さん」


 そこにはなぜか、不揃いに並べられた机の一つに座る桜木さんがいた。机に両肘をついて、まっすぐと僕を見ている。


「君はほんとに楽しみながらやってるの?」


 桜木さんは、まるで全知全能の神様のように、僕の心などお見通しだと言わんばかりに、表情を変えずに僕に問う。


「僕は……」


「わからない?」


 僕の答えを待たずに、桜木さんが続ける。


「自分では分からなくても、周りから見たら分かることもあるんだよ」


 その言葉を最後に、桜木さんの身体が蜃気楼のようにすっと消えた。


「僕は……」


 一人残された僕の手に持ったハケから、赤いペンキがポタポタと落ちている。

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