第5話 放課後の教室

「また黒板消してるの?」


 突然聞こえた声に僕は振り向く。夕日が差し込む教室の窓際に、桜木さくらぎさんが座っていた。


「あ、えっと……」


 僕は自身の手に持った長い黒板消しを確認し(あぁ、そうだった)と思い出す。


「うん。そう。田村くん忙しそうだったし」


 俯き加減で答えた僕の耳に、桜木さんのため息が届いた。


「忙しいわけないじゃん。アイツ、部活にも入ってないんだし」


「……部活。そうだ。桜木さんこそ部活は?」


 僕より少し背の高い桜木さんは、バレー部の期待の新人のはずだ。放課後なのに、制服のままでなぜ教室にいるんだろう。僕の問いには答えずに、桜木さんは窓の外を見つめている。ショートカットの下から伸びたうなじが、美しい曲線を描いて僕の視線を奪う。


城崎しろさきくんはさ。それでいいわけ?」


 視線を窓の外に向けたまま、桜木さんが僕に問いかける。


「……それでって?」


 なぜか心臓を掴まれたような感覚がして、僕の全身から嫌な汗が噴き出した。


「みんなの言いなりになって。……それでいいの?」


 ゆっくりと僕のほうを向いた桜木さんの瞳は、夕焼けに照らされて琥珀こはく色に輝いていた。


「言いなりなんて……」


 そう。言いなりなんかじゃなくて、これはあくまで僕の善意で。みんなは僕に優しく接してくれていて。別にいじめとかそんなものじゃなくて。


「ねぇ、城崎くん。……キミ、何のために生きてるの?」


 二人だけの教室に、桜木さんの声が反響している。絶対にあるはずはないんだけれど、どこかで――りぃん、と風鈴の音が鳴った気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る