第101話 大移動

 街を出た俺たちはすぐに街道を外れて北に向かった。やがて街道が遠くに見えるところまで来ると進路を西へと返る。とっくに日は落ち真っ暗な闇の中を俺たちは駆ける。誰一人口を開くものはいない。


「ん? あれは? 」


 どのくらい進んだだろうか。先頭を走っていた一人、蒼月の雫のディーサさんが空を見上げて呟いた。つられるように俺たちも視線を空へと向ける。西の空、ちょうど今俺たちが向かっている森の方角から何かが飛んでくるのが見える。


「あれは……屍喰鳥スカベンジャーバードッ!? 」


 次第に大きくなる姿からエルネストさんがいち早くその正体に気付いた。


 屍喰鳥スカベンジャーバードとはその名の通り、主に動物などの死骸を食べる大型の鳥のクリーチャーだ。容姿はカラスの様な頭に鷲の様な体をしている。

 死骸を食べると聞くと戦闘能力が低いのかと想像するのたが、実際は効率よく食事をするための手段であり決して弱いクリーチャーではない。むしろ空から急降下して嘴や鋭い鉤爪で攻撃するとすぐに空へと離脱してしまうため、倒すのに苦労する厄介なクリーチャーと言えた。


 そんな屍喰鳥スカベンジャーバードが確認出来るだけでも6羽ほどこちらに向かって飛んできている。


「クッ! 拙い! 身を隠すところがないぞっ!! 」


 ジルベールさんが言うように俺たちは今湿原のど真ん中にいる。周りに身を隠せるような茂みはなく空から丸見えの状況だ。そんな状態の獲物を屍喰鳥スカベンジャーバードが見逃すはずがなく、全員に緊張が走る。


「チッ! 仕方がない! 全員戦闘準備!! 魔法と弓の用意をしろッ! 」


 なるべく戦闘は避けたかったがこの状況では難しい。アルバンさんも同じような判断をしたのか全員に戦闘準備の指示を飛ばす。ディーサさんとカーリンさんは弓を構え、ドグラスさんは詠唱に入る。残る俺たちもそれぞれに武器を構えて迎撃の準備を整える。しかし――


「あたいたちに見向きもしないっ!? そんなバカなッ!! 」


 屍喰鳥スカベンジャーバードは明らかに見えている俺たち獲物を無視して頭上を飛び去っていく。スヴェアさんが驚きの声を上げる。


「あの方角……狙いはハルヴォニかッ!! 」


「おいっ! どうするっ!? 」


 屍喰鳥スカベンジャーバードが飛び去った方角を見てジルベールさんが奴の目的地を予想する。エルネストさんは慌ててアルバンさんに指示を仰ぐ。


「落ち着け。あの数なら街の防備と冒険者たちで十分対応可能だ。俺たちの目的に変更はない」


 慌てるメンバーにアルバンさんは落ち着いて作戦に変更はないと告げる。


「あ、ああ、そうだな。よし、行く――ッ!? 今度はなんだッ!? 」


 エルネストさんが全員に出発を告げようとしたとき、遠くから「ドドドドッ」と地鳴りの様な音が聞こえてきた。実際微かにだが地面が揺れている様な錯覚をするほどの音だ。その音は次第にこちらへと近付いてきている。


「ね、ねぇ! あれッ!! 」


 何かに気付いたらしいヴェロニカさんが遠くを指差す。慌ててそちらを見るとそれは街道の方を指していた。


「あれは……クリーチャーッ!? 」


「「「「「「「「「「なっ!? 」」」」」」」」」」


 普段は穏やかなランヴァルトさんが驚きの声を上げ、俺たちは言葉を失う。


 それはまさに“大群”だった。

 先頭は吸血蜂ブラッドビー鎧甲虫アーマーカナブンのような蟲型のクリーチャー、それに続いて馬やチーターなどの肉食獣など獣型のクリーチャーが見える。中には戦斧猪アックスボア硬鎧犀アーマーライノの姿も見える。そして、最後尾にはそれらを追い立てる様にして人喰い蜥蜴マンイーターリザードが数十匹走っていた。


「おいおいおいおいっ! マジかよっ!! 何なんだよ、あの数はッ!!! 」


「本当に森中のクリーチャーが集まってるみたい……」


 あまりの数にエルネストさんが慌てた様な声を上げ、カーリンさんは呆然と呟いた。他の皆も一様に表情を険しくしている。


「落ち着け。とくにかく俺たちは森へ急ぐぞ」


「おい! アルバンッ!! 」


 アルバンさんの言葉に俺たちは我に返る。エルネストさんはその言葉に納得いかないのかアルバンさんに噛み付いた。


「エルネスト、俺たちがここで戦ったところであの変異種を倒さない限りはこの状況は終わらないんだ。ならば一刻も早く森に行ってあの変異種を倒すべきだろう」


「クッ! そうだな。悪かった。急ごう」


「ああ。全員出発だ! 」


「ちょっと待て! 」


「どうした? 」


 アルバンさんが出発を告げたところでジルベールさんがそれを遮った。


「拙い! 気付かれたみたいだ。何匹かこちらに向かってきてる! 」


「なッ!? 」


 ジルベールさんの言葉に全員が改めて大群を見た。すると確かに一部のクリーチャーが大群を離れて進路をこちらへと向けている。


「クッ!! 仕方がない。全員戦闘準「アルバンッ! 」なんだ、スヴェア? 」


「ここはあたいたちが食い止める。あんたたちは森に向かいな」


「ッ!? スヴェア!! 」


 全員が戦闘準備に入ろうとしたところでスヴェアさんがそんなことを言い出した。全員が驚く。


「あの程度の数ならあたいたちだけで十分だ。こんなところで全員足止めされる必要なないよ」


「しかし……」


「グズグズすんな! 夢幻の爪牙ッ! 全員分かってるね? 」


「はいよ」「仕方ないですね」「……」「いつでもどうぞ」


 スヴェアさんは渋るアルバンさんにそう言い放つとパーティーメンバーへと指示を飛ばす。夢幻の爪牙の面々もすぐに戦闘準備に入る。


「クッ! すまない……ここは夢幻の爪牙に任せて俺たちは先へ進む! 」


「わ、分かった! そうと決まれば急ぐぞ! 」


「えっ! ちょっと!! 」


 どんどんと話が進んでいく状況に俺は戸惑う。そこにスヴェアさんが「坊や! 」と声を掛けてきた。


「スヴェアさん? 」


「あんたをグズグズすんな! さっさと行きな! 」


「ですがッ! 」


「今のあんたのやるべきことはなんだッ! 」


「うっ! 変異種を……倒すこと、です」


 まるで子供を叱りつける様に言うスヴェアさんに俺はなんとか答える。


「分かってるじゃないか。心配するな。あたいたちはヘルゲのアホみたいにやわじゃない。この程度のクリーチャーはさっさと片付けてすぐに追い付く。だから、あんたはあんたのやるべきことをやりな! 」


「……分かり、ました。すぐに追い付いてきてくださいね? あまり遅いと先に俺たちが変異種を倒しちゃいますから! 」


「はんッ! 生意気言うじゃないか! あたいたちに掛かればこんな化け物どもすぐさっ! 分かったらさっさとお行き! 」


 俺の挑発的な言葉にスヴェアさんは好戦的な笑みを浮かべる。


「じゃあ俺は行きます! ご無事で! 」


「あんたもなっ! 」


 俺は踵を返すと急いでアルバンさんたちの背中を追い掛けた。チラリと振り返ると夢幻の爪牙の面々がクリーチャーへと飛び込んでいくのが見えた。



「お待たせして申し訳ありません」


 俺はすぐに先行していた蒼月の雫とスギミヤさんに追い付くと遅れたことを謝罪した。


「ああ」


 アルバンさんは前を向いたまま言葉少なにそれだけ答える。それからは誰も言葉を発することなく、俺たちは森に向かって黙々と走り続けた。


「チッ! まだいるのか」


 先頭を走るエルネストさんの苛立たしげな声にそちらに目を向けると、新たなクリーチャーの群れが走っていくのが見えた。先ほどの大群ほどではないがそれでも数十はいるだろう。


「クソッ! 見つかった! 来るぞッ!! 」


 走るクリーチャーの群れをやり過ごそうとした俺たちだったが、先ほどの大群よりも統制が緩いのか、こちらに気付いたクリーチャーたちが俺たちに向かって進路を変えた。


「クッ! 全員戦闘準備!! 」


 さすがのアルバンさんも苛立たし気な声で全員に戦闘準備を告げる。


「ディーサは奴らとの距離が30メルトル(30m)を切ったら弓を放て! 」


「俺も魔法銃で牽制に回ります! 」


 アルバンさんがディーサさんに指示するのに合わせて、他に遠距離攻撃手段を持つメンバーがいないので俺も牽制に回ることを告げる。


「分かった。この後には変異種との戦闘も控えている。リースベットの回復があるとはいえ全員極力消耗は避けろ! 」


「来るぞッ! 」


 アルバンさんの指示が終わると同時にエルネストさんから接敵の声が飛び。


「撃てぇぇぇぇッ!! 」


 アルバンさんの声に合わせてディーサさんが弓を放ち、俺は魔法銃の引き金を引いた。


「ブヒィヒィィィィィンッ!! 」


「ブヒィッ!? 」


 先頭を駆けていた蠍尾馬スコーピオンホースという蠍の様な尾を持つ馬がディーサさんの矢に目を射られて後ろ足で立ち上がる。突然立ち上がった先頭に後続の蠍尾馬スコーピオンホースが巻き込まれて激突していく。


 俺はクリーチャーたちの足や足元を狙って魔法銃の引き金を引く。


「ッ!? 」


「グギャァァッ!? 」


 足元を狙われるのは嫌なのか、こちらも先頭のクリーチャーが足を止めるが急に止まった先頭に後続が次々にぶつかっていく。


「よし! 今だ! 突っ込めッ! 」


 アルバンさんの号令と同時にスギミヤさんが勢いよく飛び出した。続いてエルネストさん、ジルベールさんが飛び出し、最後に号令を出したアルバンさんも群れへと飛び込んでいった。


 スギミヤさんは一番手前で倒れているクリーチャーの鼻面をシールドバッシュで横殴りにすると、その後ろで起き上がろうとしているクリーチャーの首を横薙ぎで一閃、跳ね飛ばした。


 エルネストさんは上手くクリーチャーの死角に回り込み、的確に急所をナイフで貫いていく。死角へ回り込むのが難しいクリーチャーに対しては決して無理はしないで立ち回り、後から来るジルベールさんがトドメを刺していく。


 アルバンさんの戦いは圧巻だった。時には正面から打ち倒し、時には同士討ちをさせ、時にはフェイントで相手の足元を崩す。密集するクリーチャーたちの間をすり抜けて縦横無尽に剣を振るう姿はまさに百戦錬磨、歴戦の戦士のそれだった。


「よし! このまま押し切れッ!! 」


 密集し混乱するクリーチャーの中をアルバンさんたちは動き回り、確実にその数を減らしていく。勝負どころと見たアルバンさんの指示が飛んだとき――


「グガァァァァァァァァッ!!!! 」


 森の方角から凄まじい咆哮が聞こえた。

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