第100話 重い足取り
「それでは準備が整い次第、すぐに森に向けて出発をお願いします」
「危険なことだとは承知しているがこの街の命運は君たちに掛かっている。よろしく頼む」
副ギルド長の言葉に続いてギルド長は頭を下げると2人は部屋を出ていった。
「あまりのんびりしている時間もない。うちはすぐにでも出られるが他はどうだ? 」
2人が部屋を出るのを見送ると蒼月の雫のアルバンさんが全員に話し始めた。
「あたいたちもすぐに出れるよ」
スヴェアさんたちもすぐに出られるようだ。
「俺たちもすぐ行けます」
俺もそう言うとアルバンさんは頷いた。
「分かった。では、すぐに門へ向かおう」
全員がアルバンさんの言葉に頷くとぞろぞろと連れ立って部屋を出る。蒼月の雫、夢幻の爪牙に続いて俺たちは最後尾を2人で歩く。
「……」
「スギミヤさん、さっきから何を考え込んでるんですか? 」
ギルドを出てからも考え込んでいるスギミヤさんに俺は小声で話し掛けた。
「ん? いや、この襲撃も例の人物の意思が関係しているのかと思ってな」
例の人物…勇者候補かもしれないマサキ・ベレスフォードという人物のことか。
「関係あると思いますか? 」
俺にはどのように関係しているのか分からなくて素直に聞いてみる。スギミヤさんは「もちろん本当のところは分からないが」と前置きした上で話し始めた。
「彼の目的をずっと考えていたんだが、やはり“復讐”じゃないかという結論になった」
「えっ? それならもう果たしてるじゃないですか? 」
スギミヤさんの話に俺は驚く。確か彼の死の原因を作ったのはヘルゲのパーティーメンバーのはずだ。もし、彼がそれを知っていたのであればすでに目的は達せられていることになる。
「そもそも彼が犯人を分かっていたのか、という疑問はあるが俺は彼の復讐が誰か個人にではなく
「なっ!? そんなバカなッ! 」
「どうしたっ!? 何かあったのか! 」
「あっ! いえ、何でもないです!! 」
スギミヤさんの言葉に俺は思わず声が大きくなる。その声に前を歩いていた夢幻の爪牙の面々が驚いて振り返ったので、俺は慌てて「何でもない」と誤魔化した。
「気を付けろ」
「すみません……ですが、本当にそう思ってるんですか? 」
俺は呆れた目で見てくるスギミヤさんに謝罪すると改めてその真意を確認するが、彼は短く「ああ」と答えただけだった。
「それはいくらなんでも理不尽じゃないですか?この街の人が彼に何をしたって言うんです? 」
もし、本当にスギミヤさんの言うとおりだとしたら…、俺は理不尽さに憤る。だが、スギミヤさんはそんな俺に対して抑揚のない声で「そうだ。街の人たちは何もしていない。本当に
「??? どういうことですか? 」
俺は彼の真意が分からず首を傾げる。
「俺も彼の生い立ちを知っている訳ではないから確かなことは言えない。が、少なくとも人付き合いが下手な人物だったのだろうことは想像出来る。そんな彼が異世界人とコミュニケーションを取るのが難しかったであろうこともな。そんな彼がこの世界に放り込まれて理不尽な扱いを受けた。実際は本人の態度にも問題はあったかもしれない。直接的な原因はその冒険者パーティーかもしれないが、そんな彼を見ても手を差し伸べるものがいなかったこの街は彼の目にはどの様に映っていたんだろうな」
「それは……」
俺はそこで言葉を失う。
確かにスギミヤさんの言うとおり、彼は人付き合いが下手だったのだろう。それが元からなのかこの世界に来てからなのかは分からない。もし、彼が街の人や他の冒険者と適切なコミュニケーションを取れていれば結果は違っていたのかもしれない。だが、彼にはそれが出来ず、最後には自分からコミュニケーションを取ることも放棄してしまっていた。彼は何を思い、この街で暮らしていたのだろうか? そう思うと気持ちが重くなる。
俺がそんな風に気を落としていると、スギミヤさんは「どちらにしても」と言って話を続けた。
「俺はあの変異種を倒す。彼に対して同情はするがそれとこれとは別の話だ」
そう言うと彼は眼光鋭く正面を見据えた。俺は小さく「はい……」と呟くことしか出来なかった。
もし、マサキという人物が今も生きていれば俺も違う選択をしたかもしれない。だが、すでに彼は亡くなり、今、彼の意思がこの街の人たちを危険に晒しているのであれば、俺も覚悟を決めるしかないのかもしれない。
目前に迫った門を見ながら俺の心は揺れ続けていた。
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門の周辺には俺たちの他にもたくさんの冒険者が集まっていた。どの顔にもどこか不安の色が見える。俺たちはそんな冒険者たちと少し離れる様にして集まっていた。
「念のため各自もう一度装備を確認してくれ。ここから森までは止まらずに行く」
アルバンさんの言葉に各々が装備や持ち物を確認し始める。
「よし、問題ないようだな」
暫くして全員が顔を上げたのを確認すると改めてアルバンさんが話し始めた。
「副ギルド長の話にもあったが森に着くまで俺たちは極力戦闘を避ける。今回は速度重視だ。隊列はエルネストとディーサ、ヴェロニカを先頭にその後ろをノブヒトとカーリン、リースベットとドグラスとランヴァルトと、俺とジルベールとレイジとスヴェアが最後尾だ」
「リーダー2人が最後尾で大丈夫か? 」
アルバンさんの説明にエルネストさんが疑問を口にする。何人かは同じことも思ったのか似た様な顔をアルバンさんに向けている。
「今回は街道を外れて進む予定だからな。道が整備されていない分、他のメンバーに比べると重装備の俺たちはどうしても足が遅い。もし、途中で何かあるようならそのときに対応する」
「少しいいか? 」
アルバンさんがそこまで話したところで今度はスギミヤさんが手を上げた。
「何だレイジ? 」
「この編成だと間にいる後衛の守りが薄い。出来れば俺は一つ前に入りたい」
「なるほど、だがな……」
スギミヤさんの話にアルバンさんは彼の装備を見ながら悩む。俺はあの重装備でもスギミヤさんが十分付いて来られることを知っているが普通は難しく見えてしまうだろう。
「いいんじゃないか? なんならあんたもそっちに入りな」
悩むアルバンさんにそう言ったのはスヴェアさんだ。アルバンさんはその言葉が意外だったのか顔を上げるとスヴェアさんを見ながら目を細める。彼女は特に気負った様子もなく、軽い感じでその視線を受けている。
「ふむ、そうだな。そうしよう。他に意見は? 」
アルバンさんはスヴェアさんに特に含むところはないと判断したのか、彼女の意見を採用すると他に意見はないかと俺たちを見回した。
「無さそうだな。それではこれから森へ向けて出発する! 」
アルバンさんは一人一人の顔を見る様にして他に意見がないことを確かめると宣言した。俺たちは未だ門の前で待機している冒険者たちを横目に門へと歩き始めた。
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