第四章 湿った大地に咆哮す
第56話 アーリシア大陸
「はぁぁぁ。地面がこんなにありがたいなんて……」
フリードアン共和国の首都デルフィーヌを出向してから2週間、俺たちは漸くアーリシア大陸にある港町の一つ、ハルヴォニに到着した。
2週間の船内生活で凝り固まった体を伸ばしながら横を見ると、同じように体を解しているスギミヤさんと目が合ってお互いに苦笑する。
「暑いです……ジメジメしてます……」
その隣ではエリーゼちゃんが早速アーリシア大陸の気温にげんなりとした声を上げている。
「そうですね。ほとんどが湿地の大陸ですし、クロギア大陸出身の方には少しツライ環境かもしれませんね」
後方から子供の様な声が聞こえた。振り返るとそこには12、13歳くらいの少年が苦笑しながらこちらへと歩いてきていた。灰色のふわふわとしたくせ毛に灰色の瞳で少女の様にも見えるこの少年が俺たちをアーリシア大陸まで運んでくれたカディオ商会の代表のレオナール・カディオさんである。身長は140cm程しかなくどう見ても子供なのだが、これでも23歳、こちらの世界でも成人しているのである。
「そんなに違うんですか? 」
俺はクロギア大陸には行ったことがないのであちらにいたスギミヤさんに聞いてみる。
「そうだな。北部の鉱山地帯とその他の砂漠地帯、南西部の平原地帯で違いはあるが、空気は全体的に乾燥している。それに全体的に朝晩で気温差が激しい。そのあたりはあちらの砂漠のイメージ通りだな」
「へぇ。そう聞くとフェルガントは過ごしやすかったんですね」
スギミヤさんにそう返しながら改めてこの世界の地理について思い出してみる。
俺がいたフェルガント大陸は北部を万年雪で覆われた山脈が東西に渡って広がっている。その山脈の雪解け水が大陸中央を流れる『大河』となり、更にその大河に溶け込んだ豊富な魔素や養分により大河の周辺には『大河の森』と呼ばれる森が広がっている。
大河の森には『クリーチャー』と呼ばれる魔物が多く生息しているのだが、その存在を含め資源が豊富で大河の森周辺には多くの街や村が存在している。また、大河には支流も多いのでフェルガント大陸全体を見ても非常に水が豊かで肥沃な大地が広がっている。
次にクロギア大陸だが、こちらは先ほどスギミヤさんが言っていた様に北部には岩山、南西部に少しの平原、それ以外は全て砂漠という住むのには少々過酷な環境となっている。
北部の岩山は鉱山地帯であり、ドワーフと魔族が採掘を行ったり武器や防具、魔道具などの製作を行っている地域となっている。
南西部には他大陸からの入植者が街や港を作ったり耕作行っている地域となるが、ここは大陸全体から見て2割程度の面積しかないそうで、専らドワーフ産の道具類や砂漠の民の民芸品の買い付けを行う商人が行き交う交易地域というか特区の様な地域になっているらしい。
次に大陸の大部分を占める砂漠地域であるが、ここには『砂漠の民』と呼ばれる人々が生活している。彼らは砂漠にいくつかの国を作り水場の権利などを巡って争っていたそうだが、現在はそれも落ち着いているそうだ。あまり外部とは関わらず商人たちが交易都市へ訪れるくらいらしい。
そして、最後に俺たちが今いるアーリシア大陸である。ここは大陸の大半を森と湿地が占める大陸である。知識として知ってはいたが、実際に来てみるとその気候は先ほどのエリーゼちゃんの様子からも分かる通りである。
まず特徴的なのが年間の降雨量である。他の大陸にはない1ヶ月程度の雨季や短時間の激しい雨が降ることがあるそうで天候が不安定な地域と言える。その上、年間を通して気温が高くジメジメとした湿度の高い空気で、気候が安定したフェルガント大陸から来た俺たちとしては余計不快に感じてしまうのかもしれない。
こういった環境と先住民が狩猟中心の獣人種や森に暮らすエルフということもあり、あまり農耕は発展していない。また、獣人もエルフも他種族との交流が少ないため、現在でもそれぞれの種族ごとでコミュニティを形成し、国のような大きなまとまりがない大陸となっている。
クリーチャーに関しても、多くが森や大河を活動領域にしているフェルガント大陸とは異なり、大陸全体に広く分布しているアーリシア大陸では種類も多く、大型種も多いそうだ。
「以前から思っていましたが、あちらの常識で考えると気候がめちゃくちゃですね」
俺はスギミヤさんに近付くと周囲に聞こえないように小声で話し掛けた。
「ああ、この世界が惑星なのかすら疑わしいな。ここまで来ると太陽が東から昇ることのほうが疑問に感じてくる」
俺の話にスギミヤさんは苦笑する。
緯度や経度といったものに関係なく大陸ごとで気候が全く異なるのだ。そのくせフェルガントのように北は万年雪山なのに中央は気候が安定していたり、太陽が東から昇ったりするのである。
どういうつもりでこんな世界を作ったのか“神”に問い質したくなったが、思い浮かんだのがあの白衣のニヤケ面だったので殴りたくなってきて考えるのを止めた。
「さて、立ち話もなんですし長旅でお疲れでしょう。まずは宿に移動しませんか? 」
俺たちがこの世界のあれこれについて思いを巡らせているとレオナールさんがそのような提案をしてきた。スギミヤさんとエリーゼちゃんの方を見ると2人とも頷いている。特にエリーゼちゃんは余程この気候がツライのかブンブンと音がしそうなほどの勢いで首を縦に振っていた。
「そうですね。申し訳ありませんがご案内いただけますか? 」
その様子に俺が苦笑すると、同じくエリーゼちゃんを見ていたらしいレオナールさんも苦笑しながら「もちろんです。では、参りましょうか」と行って街の方へ歩き出した。俺たちもその後ろを追っていよいよアーリシア大陸へと足を踏み入れた。
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