第57話 港町ハルヴォニ

 アーリシア大陸へ到着した俺たちはカディオ商会のレオナールさんの案内で港からハルヴォニの市街地へと足を踏み入れた。


「あれ? ここって……」


 ハルヴォニの街並みを見て思わずそんな間抜けな声が出てしまった。そこに広がっていたのはデルフィーヌとそれほど変わらない光景だったからだ。“湿地帯の街”と聞いて具体的にイメージがあった訳ではないが、それでも今までとは違った街並みを想像していただけに少々拍子抜けしてしまった。


「ん? ああ、それほどデルフィーヌと変わらないでしょ? ここはフェルガントの商人や入植者が作った街ですからね」


「えっ? そうなんですか? 」


 俺の驚いた様子に苦笑しながらレオナールさんが説明してくれたところによると、アーリシア大陸にも漁をするような種族はいるそうなのだが外洋にまで出ることはないそうで航海技術も発展していないそうだ。小船を内海に浮かべる程度だそうで港もなかったため、交易を行うにあたりフェルガントの国々が人を送り込んで作った港町の一つがハルヴォニなのだそうだ。


 そのため恐らく計画的に整備されたであろう道には石畳が敷かれ石造りの建物が規則正しく立ち並ぶ、フェルガントでもよく見る街並みが広がっていた。四方には恐らく大移動スタンピード対策と思われる外壁があり、高さは5mほどと低いが四隅には5mほどの塔の様なものと等間隔に木造と思われる設備があるのが特徴的だった。


「あの塔は何ですか? 」


「あれは物見塔ですね。アーリシアには鳥の様なクリーチャーが多くいますので空からの襲撃の備えですよ。外壁の上には大きな弩が備え付けてあります」


 そう言ってレオナールさんが指差したのは先ほど見た木造らしき設備だった。


「あれは弩だったんですね。そう言えばこの街の冒険者ってどんな感じなんですか? 」


 ちょうどクリーチャーの話が出たので冒険者についても聞いてみる。


「この街の冒険者には二通りのタイプがいます。フェルガントと同じように主にこの街の依頼を中心に受ける人たちと、僕たちのようなフェルガントの商人が出すフェルガント向けの珍しい物を専門にしている人たちです」


「えっ!? そういうのって獣人の人たちから買うんじゃないんですか? 」


「もちろん彼らから仕入れる物も多いんですが、彼らは冒険者ではないのでこちらが欲しい物を必ず売ってくれる訳ではありません。何か特定の物を仕入れたい場合は冒険者に依頼を出すことも多いですよ。逆に汎用品なんかは獣人の人たちから仕入れることが多いですね」


 なるほど。獣人と冒険者でそのあたりの住み分けがされているらしい。


 アーリシア大陸の事情などを聞きながら街を進んでいると、やがてレオナールさんは一軒の建物の前で足を止めた。軒先に小さな看板がぶら下がっており、どうやらここが目的の宿屋のようだ。


 建物は3階建てと小ぢんまりしており、部屋数もそれほど多くはなさそうだった。建物に入るレオナールさんに続いて俺たちも中に入る。入口を入るとすぐ正面に受付があり、右奥に上への階段が見えた。


「すいませーん! 」


 俺がきょろきょろと室内を観察している間にレオナールさんがよく通るボーイソプラノっぽい声で奥に向かって従業員を呼んだ。すると奥から「ちょっと待っててくれっ! 」という野太い声が聞こえてきた。


 暫く待っていると奥から「悪ぃ、待たせたな! 」と言いながらゴツイおっさんが出てきた。肌は浅黒く焼け、身長は俺やスギミヤさんよりもデカい。ぶっとい二の腕はエリーゼちゃんやレオナールさんの腰よりも太いのではないだろうか?


 そんなゴツイおっさんはレオナールさんの顔を見るなり、「カディオんとこのレオ坊じゃねぇかっ! 」と言って受付から飛び出してきた。


「坊主は止めてください、アンットさんっ! 僕これでももう23なんですよ! とっくに成人してるんですからっ! 」


 そう言って頬を膨らませて「ふんすっ! 」と鼻息を荒くするレオナールさんだが、その様子がどう見ても子供にしか見えなかった俺たちはそっと彼から目を逸らす。


 一頻りぷりぷりと怒っていたレオナールさんだったが、やがて諦めたように「はぁぁぁ」と長い溜息を吐くとこちらを振り返った。


「この方は祖父の代からお世話になっているこの『海の親父亭』の主人のアンットさんです。アンットさん、こちらは冒険者のニシダさんとスギミヤさんと同行者のエリーゼさんです」


「ど、どうも」


「おう! 俺は元漁師でな、細けぇことは気にしないから気楽に話してくれや! で、レオ坊、今日は泊まりでいいんだろ? 」


 レオナールさんからの紹介に、俺たちが店名のあんまりなネーミングセンスになんとか反応すると、おっさん――アンットさんは豪快にニカッと笑ってレオナールさんに問いかけた。


「はい。とりあえず4人分の部屋に空きはありますか? 」


「おうとも! 最近はフェルガントから来る船が少なくなって客も少ねぇから好きな部屋使いな! 」


 そう言って豪快に笑うアンットさんのお言葉に甘えて俺たちは3階の3部屋を、レオナールさんは2階の部屋を選んで夕食まではそれぞれ自由に過ごすことにした。



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「それではまた夕食のときに! 」


 挨拶して2階でレオナールさんと別れると俺たちは3階へと階段を上がった。


「では、それぞれ部屋に荷物を置いたら俺の部屋に集合ということで」


 3階に着くと今後の話し合いのために俺の部屋に集まる約束をして一旦それぞれが自分の部屋へと向かう。正面から見たときには小ぢんまりして見えた『海の親父亭』だったが、奥行きがあるようで左右に4部屋の合計8部屋が並んでいた。


 俺は一番手前、階段に近い部屋を選んだ。隣はスギミヤさんでエリーゼちゃんが3人の中では一番奥のスギミヤさんの隣の部屋を選んでそれぞれ部屋へと入っていく。


 俺も受付で受け取った鍵を挿し部屋に入ると、そこは入り口から見て左側にベッドと小さな棚、右側に椅子と机があるだけの簡素な部屋だった。入り口の正面には窓があり、近付いて覗いてみると先ほど歩いてきた道が見える。こちらが表通りに面している様だ。


 基本的に貴重品はアイテムボックスに収納しているので、荷物といえばカモフラージュ用の着替えなどが入ったバラックバッグだけ。そのバラックバッグをベッドの上に置くと、身に着けていた装備類を外してアイテムボックスに仕舞った。


 一応念のために短いほうの赤棘刀せききょくとうだけは仕舞わずに棚の上に置いた。そうして荷物を片付けていると「コンコン」と入り口からノックが聞こえてエリーゼちゃんとスギミヤさんがやってきた。

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