幕間 予感

 ―コンコン―


「入りたまえ」


 アルガイア都市連合南部の都市バルビエーリの都市長邸、そこに用意された執務室で書類に目を通していた都市長ブルノ・カンデラリアはノックの音に落としていた視線を上げると扉に向かって返事をした。


「失礼します。只今護衛任務より帰還しましたのでご報告に上がりました」


 言って部屋に入ると敬礼したのはこの都市の、ひいては娘の恩人であるノブヒト・ニシダとレイジ・スギミヤという2人の青年と娘の友人になったエリーゼという少女の護衛としてフリードアン共和国へと向かった護衛隊の隊長だった。


「ご苦労だった。無事に戻ってきて何よりだ。今回は通常の任務以外の仕事を任せてしまって申し訳なかったね。特別報酬を用意しているから同行した隊員たちにもゆっくり休む様に伝えてくれたまえ」


「はっ! ありがとうございます。隊員たちにもその様に伝えます」


「それで道中はとくに問題なかったかね? 」


「それが……」


 ブルノが隊長を労った後に聞くと隊長は少し言い淀んだが道中で起こった出来事について報告を始めた。




「つまり強力な骸骨騎士スケルトンナイトを従えた【死霊使いネクロマンサー】に襲われたがエリーゼ殿が発した謎の光により撃退した、と。しかもその者がニシダ殿やスギミヤ殿と同郷だったということか? 」


 隊長の説明を聞いて暫く考え込んでいたブルノだったが、やがて視線を隊長へ向けると改めて報告内容を確認した。


「はい、その通りです。ニシダ殿の弁によれば、同郷とはいえ面識のない人物とのことです。実際に襲撃の際には彼らも襲われ我々とともに交戦しております」


「ふむ、そうか……それで、その【死霊使いネクロマンサー】と骸骨騎士スケルトンナイトは姿を消したのだな? 」


「はい、その後は我々がバルビエーリに戻るまで一度も遭遇しておりません」


「分かった。連合の各都市には注意するよう伝達しよう。衛兵隊でも警戒態勢を取ってくれ。それから墓地などの巡回は回数・人数ともに増やすよう手配するのも忘れずに」


「はっ! 」


 隊長に「今日はもう下がって休んでくれ」と伝えたブルノは、彼が部屋を出るのを見送ると深い溜息を吐いてからこめかみをぐりぐりと親指で揉み解した。


(戦争に、ニシダ殿たちと同郷の死霊使いネクロマンサーに、謎の光か……)


 この数ヶ月の間に起きたことを思い浮かべる。ここ100年以上はなかった大きな戦争と連合内での不協和音。そして、それに呼応する様に現われた若者たちと謎の死霊使いネクロマンサー


(彼らは一体何者なのだ? )


 ブルノは脳裏に自分の娘が気に入ったらしい青年の顔を思い出す。若者らしい正義感を持つが、どこか危うさを感じさせる青年だった。


(ニシダ殿に頼まれたことといい、一体何が起ころうとしているのだ? )


 戦争と連合内の不協和音以外はこじつけかもしれない。しかし、どうにも胸の中に広がる不安が消えないのだ。


 そんなことを考えていたからか、自然と先ほどまで確認していた書類へと視線が向く。そこには彼に頼まれた調べ物に関する報告書が置かれていた。


(勇者に魔王に聖女に賢者、それに神々について……彼は何を……? )


「おっと、いかん」


 そこまで考えたところで思考があちこちに飛んでいたことに気付いた彼は、頭を振って散らかった思考を追い出すと連合各都市への手紙を書くために筆を手に取った。

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