第51話 渇望 side 増田 亮一
増田 亮一 21歳。
地味な外見でとくに目立たず学生時代のクラス内カーストで言えば高くもなく低くもない、そんな男だった。
そんな彼が高校に入ると何故か格闘技のジムに通い始めた。
きっかけと言えるほど強い理由もなかったが、強いていえばたまたま見た格闘技の中継で自分と同じくらいの体格の選手がゴツイ選手に勝利したのを見て、どういう気持ちなのか体験してみたくなっただけだ。
正直誰も期待していなかった。
身長は170cmくらい、ヒョロヒョロの身体で格闘技どころか学校の体育以外の運動経験もない。容姿も『地味』の一言で、とくにセットもしていない黒髪に不揃いな眉、腫れぼったい一重まぶたにあまり意志を感じない瞳。
多少なりとも派手な顔立ちならばまた違ったかもしれないが、飲み込みも悪く要領も良くないためとりあえずマニュアル通りのトレーニングを教えた後はトレーナーたちも熱心に指導することはなかった。
そんな周りから見ても熱心なのか熱心じゃないのかよく分からない彼だったが、教えられたことは黙々とこなし、他の人の動きを何となく真似てみたりして気が付けばそれなりの動きが出来るようになっていた。
ある日、たまたまそんな彼を見たトレーナーが「試しに試合に出してみないか? 」とジム側に提案した。ちょうど期待していた新人を出す予定の大会があったので、「じゃあ一緒に出してみるか」と彼の初めての試合は簡単に決まったのだった。
大会当日。
トーナメント方式で行われる大会で初戦の彼の相手は優勝候補の1人だった。記念受験的に考えていた誰もが「終わった」と思っていた。
そして始まった試合。意外にも彼は善戦していた。ただ、ひたすら反復していた基礎練習のおかげかガードが堅く相手は攻め手を欠いて予想に反して膠着した展開となった。
そうした展開の中、彼が放ったパンチがたまたまいい角度で入り相手をKOしてしまった。言ってしまえばビギナーズラックである。
怖いものでこれで勢いづいた彼はそのままトーナメントを駆け上がり、まさかの優勝をしてしまう。
この日から彼の人生は一変した。
相手を倒したときの興奮や全能感、注目されることへの快感、周りにちやほやされることへの優越感、今まで注目されたことのなかった彼にはその全てが刺激的過ぎた。
注目されるために見た目はどんどん派手になった。金髪を短く刈り上げ、眉はキリッと整えられた。服装も威圧的になった。周りがちやほやするほど態度も大きくなり、取り巻きを引き連れ、寄ってくる女を片っ端から取っ替え引っ替えにした。
しかし、元々才能がある訳ではない彼がたまたまビギナーズラックを手にしただけである。
欲求を満たすために派手な勝ち方に拘り、立ち回りは雑になり、練習も熱心にはしなくなる。追い詰められた彼は形振り構わず、ダーティーなファイトや脅し、八百長など勝つためには汚いことは何でもするようになった。
そして、遂にそれら全てが明るみとなり、彼は格闘技界から追放されることとなった。
そんなとき彼は一発逆転の機会を得たのだった。
「オラッ! 」
最小の動きで相手の攻撃を躱すと、カウンターで放った拳がこめかみを捉えて対戦相手は崩れ落ちた。
ここはフェルガント大陸西側、ポセニア海洋連邦の一国ベルスタニア。その首都の倉庫街にある倉庫の1つの中だ。
夜も更けて倉庫街を歩く人など皆無の時間のはずが、この倉庫は多くの人の熱気に包まれていた。誰も彼もが酒を片手に中央に置かれた闘技場へと声援とも野次ともつかない声を上げている。
倉庫の入口には明らかに堅気には見えない男たちが見張りに立ち、入場にはボディーチェックを求められる。
そう、ここはこの街の暗黒街が仕切る地下闘技場である。増田 亮一はここに選手の1人として参加していた。
別に借金や何かの制裁という訳ではなく、自分で売り込んで潜り込んだのである。
神と名乗る男に勇者候補として他の勇者候補の欠片を奪い、魔王を倒すためにこの世界に連れて来られた彼は、『魔王を倒すためには欠片が必要』という説明から欠片さえ集めれば魔王は何とかなると判断して、ひたすらに対人戦を強化するため地下闘技場の選手となった。
彼のジョブは【
これが相手も素手ならば彼もここまで熱心ではなかったかもしれない。一応は少し前まで現役の格闘家だったのだ。ジョブがなかろうと素人に負けるとは思えない。しかし、相手は武器を持っているのだ。そのことが彼を本来の黙々とトレーニングをこなしていた頃の慎重な人間へと立ち返らせていた。
酒も女も絶ったその姿はある意味求道者の様であったが、彼の中にあるのは、「あの栄光の日々を取り戻す」という欲望であり、過去の自分へと立ち戻ったような日々の中でも瞳だけはギラギラと欲望への渇望に満ちていた。
この世界に来て3ヶ月近くがたった頃、隣のガルド帝国の宣戦布告の話が聞こえてくるようになり、帝国の海上封鎖の影響で地下闘技場は一旦閉鎖されることとなった。
対武器への対応も形になってきたと感じていた彼は、成果を確認するためにポセニア海洋連邦の傭兵として戦争への参加を決めた。
ここである程度の成果を実感出来れば、いよいよ他の勇者候補を探しに行こうと考えている。
相手を確実に仕留めるために、スパイクの付いた手甲や動きを阻害しない程度の装備も揃えた。
その瞳は欲望に満ちた未来へ向けて、ギラギラと昏い輝きを放っていた。
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