第23話 張りぼて

 結局昨日は軽い自己紹介と食事だけでスギミヤさん達とは別れた。


 スギミヤさんと一緒にいた少女は『エリーゼ』というそうだ。


 彼女はとある事情でアーリシア大陸を目指しており、スギミヤさんは彼女の依頼で護衛としてアーリシア大陸まで行くつもりらしい。


 本来であればガルド帝国からポセニア海洋連邦へ向かい、そこからアーリシア大陸の定期船に乗る予定だったそうだがそちら側の国境は戦争の噂できな臭い。そのため迂回にはなるが、ウィルゲイド王国経由でアルガイア都市連合を通ってフリードアン共和国から船に乗ることにしたらしい。


 思わぬことで当初の予定よりも旅費が嵩んだため、ここフォートブルクのギルドで依頼を受けているそうだ。昨日はたまたま俺が襲われているところに遭遇したので助けてくれたという訳だ。


 ちなみに念のため噂になっていた黒騎士の集団と関係ないか聞いたがやはり関係ないとのことだった。まあ彼らがこの大陸に来たのと時期がズレるのでそうだろうとは思っていたが……


 さて、このあと彼らが俺の部屋に来て情報交換、というよりはお互いの事情を確認することになっている。話した限り理性的な人だったので一緒にこんなおかしなことを止めるために協力出来ればいいし――きっと協力出来るはずだ。




 朝食から少しして俺の部屋に彼らがやってきた。


 スギミヤさんもさすがに今日は全身鎧フルプレートではなく白いシャツに茶色のズボン姿だ。さすがイケメン、それほど高い服ではないのだろうがどこかの貴族の子弟のような雰囲気がある。


 エリーゼちゃんは相変わらずのローブ姿だ。彼女は村娘らしいがどこか品がある。


 2人に椅子を勧める。スギミヤさんは俺の正面に、エリーゼちゃんは俺から見て左側の椅子に腰掛けた。


「今日はわざわざご足労頂きありがとうございます」


 俺がまず挨拶するとスギミヤさんは無言で頷く。


「では、早速情報交換したいんですがまず俺からこれまでのことを説明します」


 もう一度スギミヤさんが頷いたので俺はこれまでのことを話し始める。


 元の世界では17歳の高校生だったこと、この世界に来て3ヶ月程になること、最初はウィルゲイドの森の中に飛ばされたこと、現地の人に助けられウィーレストの街に行ったことなど。


 今は情報収集を兼ねてガルド帝国の帝都へ行こうとしたところで戦争の噂があり、ここで足止めされていると話した。


 その中でこの世界の罪に対する考え方や対応がおかしいと思うことなども話した。エリーゼちゃんも居たのでどうすべきか迷ったが、同じ世界から来ているスギミヤさんなら理解してもらえると思って話すことにした。


 俺が話している間、スギミヤさんは特に反応することもなく目を閉じて話を聞いていた。


「という訳で今はこのフォートブルクにいます」


 俺が話を締めるとスギミヤさんはゆっくりと閉じていた目を開けてこちらを見つめた。


「なるほど。君のこれまでの話に何か言う前に俺のことを話そう。フェアじゃないからな」


 そう言ってスギミヤさんは話し始めた。


「俺が最初に出たのはクロギア大陸の草原だった。しばらく歩いて見つけた小屋でエリーと出会った。彼女は1人でその小屋に住んでいたそうだ。不憫に思ったので彼女の家に泊まったんだが……そのときアーリシア大陸に連れて行ってほしいと頼まれた。そこから1ヶ月半、向こうのギルドで働いて路銀を稼ぎで船でフェルガント大陸に来た。

 あとは昨日話したとおり、連邦経由でアーリシアに渡ろうとしたが国境がきな臭かったのでこちらに来た、という訳だ」


 そこでスギミヤさんは話を終えた。いろいろ聞きたいことはあったがその前に俺には確認しておきたいことがあった。


「俺はスギミヤさんとたぶん昨日の少年だけなんですが、スギミヤさんは俺たち以外の勇者候補に会ったことはありますか?」


「いや、俺も昨日が初めてだ。アーリシア大陸にも居るかもしれないが人口を考えても恐らく殆どがこのフェルガント大陸にいるか目指しているだろう」


 やはりまだ出会っていないのか。そして、恐らくはこの大陸にいるか目指しているだろうと予想しているようだ。


「今度は俺から聞きたい。ニシダ、君の願いはなんだ? 」


 今度はスギミヤさんが俺に確信の部分を聞いてきた。俺はどう答えるか迷う。


「言い難いなら構わない。だが、君が教えてくれると言うなら俺の願いも教えよう」


 そう言ってスギミヤさんは力の篭った目で俺を見てくる。その目を見て俺は(この人なら俺に協力してくれるはず! )と思い、俺の目的を打ち明けることにした。


「正直に言うと俺に願いはありません。俺はこんな理不尽で馬鹿げたゲームを俺たちがする必要はないと思っています。なので他の勇者候補も説得して、出来れば協力して魔王を倒した後はあちらの世界に帰りたいと思っています」


 俺の話を聞いたスギミヤさんは目を閉じて少し考えているようだ。


「それは俺を含めた勇者候補全員に願いを諦めろ、ということか? 」


 今度は先程より強い視線が俺に刺さる。


「諦めろとは言いません。それが倫理観や誰かを不幸にする願いでないのであれば、俺がそれを叶えてくれるようあの“神”にお願いしてもいいと思ってます」


 俺には特に願いがないので協力してくれた人の為に使ってもいいと思っているし、元々説得材料の1つとして考えていた。どうもスギミヤさんも強い願いがある様なので予定とは違って少し早いがこのカードを使うことにしたのだ。


 スギミヤさんはやはり目を閉じて何事か考えていた。エリーゼちゃんがその様子を少し不安げに見ている。


「少し質問を変えよう。君は今の状況を『理不尽で馬鹿げたゲーム』と言ったがそれはどうしてだ? 」


 目を開けたスギミヤさんがそんな質問をしてきた。俺は正直戸惑いを感じながらその質問に答える。


「だっておかしいじゃないですか? 願いを叶えるために人を殺せってそれ殺人教唆ですよね? 犯罪を犯してまで叶えた願いが誰かを幸せにすることなんて有り得ません! 間違ってます! そんなものに俺たちが巻き込まれる必要なんてないじゃないですか! 」


 話しているとやはりその理不尽さに怒りが込み上げてきて、最後の方は少し声を荒らげてしまった。


「その願いが間違ってるなんて誰が決めたんだ? あと君は『巻き込まれた』というが“神”の提案に対して全員が一度は断ったとなぜ言い切れる? 」


 スギミヤさんは至って冷静に質問を重ねた。


「いや、だって『殺人』ですよ? 犯罪なんですよ? 普通は断るでしょ!? そんな人を殺してまでなんて考えるのはちょっとおかしい人じゃないですか? 」


 俺は間違っているか? いや、間違ってない! 普通にあの世界で生きていれば人を殺して願いを叶えるなんて発想はやはり頭がおかしい。


「なるほど。君は【誰かを犠牲にしてでも叶えたい願い】というを持ったことがないんだな。幸せな人生だったのだろう」


 スギミヤさんは今までと違ってどこか皮肉げな雰囲気を漂わせている。


「当たり前じゃないですか! そもそもそんな願い赦されるはずがありません! 」


「誰が赦して欲しいと言っていたんだ? 」


 返ってきたのはどこか怒りを抑えたような答えだった。


「君は少し独善的な人間の様だな」


 吐き捨てる様に言われた。俺はカッとなった。


「俺のどこが独善的だって言うんですか! どんな願いの為にだって人を殺すのはおかしいしそんなことで得られたもので幸せになれるはずがないんです! 」


 きっとまともな人なら俺の意見に頷いてくれるはずだ。しかし、スギミヤさんは少し憐れむように俺を見た。


「気付いていないのか。君は『人を殺してまでも願うことは間違っている』と言うがそれが独善じゃないか? 世の中には他の誰を犠牲にしても叶えたいと思う願いだってあるんだ!

 少なくとも俺はこの話を聞いたとき、断らなかった。例え誰にどれだけ恨まれようと叶えたい願いがあるからな!

 そもそも君の言う幸せが俺の幸せだとどうして言い切れる! 」


 スギミヤさんは俺に一層厳しい言葉を投げかけてくる。


「自分や家族と友人が健康で普通に生活出来ればそれで幸せじゃないですか? 他人を不幸にしてまでそれ以上を望むから不幸な人が生まれるんだ! 」


 求め過ぎればその皺寄せが誰かに行く。だから、求め過ぎないほうがいいに決まってる。


「やはり君は幸せな環境で育ったんだろうな。では、その立派な正義感を持つ君がこの戦争を起こしそうな国にいてなぜ止めに行かない? なぜこんなところで留まっている? 」


 今度は俺たちとは関係のない話を投げつけられた。


「そんなの俺1人が行ってもどうにもならないじゃないですか! それを引き合いに出すのは詭弁だ! 」


 俺も我慢出来なくて言い返す。するとスギミヤさんは俺に冷たい視線を向けた。


「所詮君の覚悟とはその程度なんだよ。止めた・止められないという結果じゃなくて、『止めようとする覚悟』が最初からない。自分に都合の悪い事実からは目を逸らし、自分の都合のいい部分だけを押し付ける。


 君がさっき話していたこの世界の倫理観についてもそうだ。君は君の中の判断基準でこの世界のルールを否定しただけだ。それが『ルールが気に入らない』と駄々を捏ねる子供とどう違う?


 はっきり言おう。君の幼稚な正義感を俺に、俺たちに押し付けるな! 君の薄っぺらな言葉はちっとも心に届かない。俺には張りぼてにしか見えない。


 ああ、そうだ。君は『人を不幸にして叶えたい願いで幸せになることはない』と言ったな。少なくとも今の君が言う『幸せ』ってやつで俺が幸せになることはないのは確かだ」


 スギミヤさんは一気にそう言うと、「失礼する」と言ってさっさと部屋を出ていった。

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