第22話 黒騎士

 森の中で勇者候補と思われる少年が使役するクリーチャーに襲われた俺は危ういところに現れた謎の黒い全身鎧フルプレートの人物に助けられた。


 いきなりのことで頭が追い付かない。呆然とする俺に黒い鎧の人物が近付いてきた。


「大丈夫か? 」


 男の声で話し掛けられた俺は改めて黒い鎧の人物を観察する。

兜で髪色は分からないがキリッとした眉に切れ長の涼し気な目元に黒い瞳、鼻筋がスっと伸びた薄い唇をしたイケメンだった。


 身長は俺より少し高い180cmくらいだろうか? 全身鎧フルプレートのためはっきりとは分からないが、ガッチリというよりは引き締まった身体をしている様だ。


「え、ええ。痛ッ! 」


 何とかそう答えたところで右足の痛みを思い出して顔を顰める。


「これを使え」


 そう言って男性がポーションを渡してくれた。


「ありがとうございます。後でお返しします」


「気にするな」


 俺は礼を言って男性からポーションを受け取る。


 有り難く受け取ったポーションを飲み干すと足の痛みが引いた。その様子を見て男性が話し掛けてくる。


「襲われていた様だから助けに入ったのだがどういう状況だったんだ?」


 男性に聞かれて俺は森の中で少年を見掛けたため声を掛けたがよく分からないまま襲われたことを説明した。もちろん勇者候補のことは伏せてある。


「そうか」


 言ったきり男性は何事か考え込んでいたが俺が見ているのに気付いたのか自己紹介してきた。


「済まない。自己紹介がまだだったな。俺はレイジ・スギミヤ。連れと一緒に南のクロギア大陸からアーリシア大陸へ渡るためにやってきた」


「スギミヤッ!? もしかして……あなたは勇者候補ですか? 」


 俺は男性の名前に驚いて思わず問いかけた。俺の問いかけにレイジ・スギミヤと名乗った男性が固まる。


「済まない。いきなりで驚いてしまった。その話はとりあえず街に戻ってからにしないか? 」


 スギミヤさん暫く固まっていたが自分を見つめる俺の視線に気が付いたのかそう提案してきた。確かにかなり日が傾いてきたのでこのまま森の中にいるのは危険だ。俺はその提案に頷く。


「じゃあ行こうか。えっと……」


 彼はそこで言葉に詰まった。そういえば俺はまだ名乗っていなかったっけ。


「あっ、俺はノブヒト、ノブヒト・ニシダといいます」


「ニシダだな。じゃあニシダ、とりあえず森を抜けよう」


 言って先に歩き出したスギミヤさんを追って俺も歩き出した。



 それから2時間ほど、辺りが薄暗くなる頃に俺たちは森を抜けた。そのまま街に向かって薄暗い道を会話もなく歩く。


 恐らく2人目の勇者候補にして始めてまともに話が通じそうな相手だ。なんとかこちらの考えを理解してもらって協力したい。


 先程の動き、全身鎧フルプレートであれ程の動きが出来るのだ。この人はかなり強い。正直まともに戦って勝てるか分からないし、勝てたとしてもこちらもそれなりのダメージを覚悟する必要がある。


 出来れば共闘、それが出来なくてもとりあえずお互いに不干渉というところには話を持っていきたい。


 そんなことを考えながら俺たちはフォートブルクの街に戻ってきた。



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 フォートブルクの街は人口1万ほどの小さな街だ。とはいえ大河の森に近い街ではあるのでそれなりに冒険者がいる。


 ウィルゲイド王国のウィーレストまでは馬車で5日程と近いが、森の生態系が多少異なっているのでこちらの森でしか手に入らない素材もあってそれなりに盛況だ。


 街に入った俺たちは「連れも一緒に」という彼の一言で、彼らが滞在している宿へ向かった。そこは街の入口からほど近い宿で、グレードの割に安全と言われているところだった。


 宿に入ると少し待つように言われた。俺はカウンター脇の邪魔にならないところに立って階段を上がっていくスギミヤさんの背中を目で追った。


 姿が見えなくなったので、宿の中を見回す。


 入り口を入って左側が部屋に続く階段、右側は食堂のようだ。さすがに夕食時なので客が多い様で騒がしい。俺は(ここで話をするのは難しそうだな)と思いながらどうやって話を切り出そうかと考えていた。


 暫く待つと階段の方から足音が聞こえてきた。


 そういえば先程は気付かなかったが、あれだけの全身鎧フルプレートを身に付けていながら彼が移動するときには殆ど金属が擦れる音がしない。余程身のこなしが優れているのか、それとも鎧が優れているのかまでは判別出来ないが……


 やがて降りてきた彼の後ろには小さな女の子が付いて来ていた。


 歳は12、3歳ほど、緩くウェーブした金髪に優しげな蒼い瞳をしている。顔立ちに歳相応の幼さはあるが、将来は美人になるだろうと思われる整った顔だ。


 身長は150cmないくらいだろうか? お世辞にも発育がいいとは言えない身体に白と青を基調にした修道女のようなローブを纏っている。


 そんな彼女は俺の方をじっと観ると少し微笑んでぺこり、と擬音が付きそうな感じで頭を下げてくる。


 俺も軽く頭を下げ返したところで少女の横にいたスギミヤさんが、


「済まない、待たせた。彼女の紹介は後にして、静かに話せるところに行きたいがどこか知らないか?」


 と聞いてきた。詳しく聞くと2人はこの街に来てまだ2日程であまり街の施設について詳しくないと言う。俺は何軒か知ってる店を思い浮かべるが時間帯が悪く、いい場所が思い付かない。


「すみません。今の時間帯だとどこもこんな感じですしギルドの個室を借りるくらいしか……」


 ギルドでは依頼人との打ち合わせのため個室の貸し出しをしている。この街のギルドにも広くはないが打ち合わせ用の個室があったはずだ。


「うむ、ギルドか……」


 スギミヤさんはそう言うと少し考え込んだ。


 確かにギルドの個室に冒険者だけで入ることはないとは言わないが目立つ。ましてや少女連れである。いかがわしい噂が立つ訳ではないが、それでも小さな街なのですぐに噂になってしまうだろう。


 俺たちが悩んでいると少女がスギミヤさんの腰の辺りを叩いた。スギミヤさんが少女を見る。


「レイジさん、とりあえず今日のところは食事にしませんか?詳しいことは明日改めて、ということでどうでしょう?」


 そう少女がスギミヤさんに提案する。


 確かに早く話を聞きたいのは確かだが人の多いところで話すのも憚らられる。それにあの戦闘でかなり空腹なのも事実だ。


 スギミヤさんがこちらを見るので了承の意味で頷く。彼にまた「どこかいい店はあるか?」と聞かれたので、俺が知っている安くて美味い食堂へ案内することにして俺たちは連れ立って宿を出た。

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