第二章 そして旅路は始まり、世界は動き出す

第20話 不穏な空気

 ガルド帝国に入った俺は未だに国境を越えた2つ先の街、フォートブルクにいた。


 すでにウィーレストを出て3週間が経とうとしている。帝国の中央で情報収集するつもりだったのに何故未だに国境付近で留まっているかと言えば不穏な噂が流れているからだ。


 曰く、帝国がポセニア海洋連邦に侵攻するのではないか?


 実際にポセニア海洋連邦との国境にあるロクサリア砦には拡張工事で頻繁に人が出入りしているという話だった。


 今までのように「軍事的な挑発や圧力を掛けているだけ」という者もいるが「今回は本気らしい」という話もあり、今は中央には近付かず様子をすることにしたのだ。


 近付いて巻き込まれても困る。そもそも侵略戦争なんて間違っている。多くの人が不幸になる行為だ。連邦が国境を固めることで、帝国が侵攻を諦めてくれればいいけど……


 戦争を止められるようなら連邦に行くのだが、その為にはウィルゲイド王国へ戻って国境を越える必要がある。ここから王国経由で連邦のロクサリア砦方面に向かうには1ヶ月近く掛かってしまう。


 それ以前に俺はこの世界の人と関わることに少し、いや、かなり抵抗を覚え始めていた。


 勝手な話だとは思うが俺はあれ程簡単に個人が人を裁いてしまうことに、簡単に生命を奪ってしまうことに、相容れなさを感じていた。


 それはここフォートブルクに来てからも同じで、俺は1人で森に入っていた。


「ノブ、今日は俺たちと森に入らないか? 」


 フォートブルクのギルドで、依頼の掲示板を確認していた俺に話し掛けてきたのはこの街を拠点にしているパーティー『森羅万象』のリーダーのゲッツだった。


 彼のパーティーは斥候兼弓使いの【狩人ハンター】、前衛で敵を引き付けつつ仕留めていく【剣士フェンサー】、同じく前衛で臨機応変に動く【兵士ソルジャー】、攻撃より補助と回復が得意らしい【魔術師キャスター】、それにリーダーで【槍術士ランサー】のゲッツを入れた5人パーティーだ。


「いや、俺がいなくてもバランス取れてるじゃん」


 とくに加わる気のない俺は投げやりに返す。


「いやいや、お前が入れば前衛~後衛まで満遍なくこなせるからもう少し森の奥まで入れるようになると思うんだ! それに……」


 と、そこでゲッツが言葉を濁す。


「何かあるのか? 」


「最近森でおかしなクリーチャーの群れが出たり、ちょっと前には夜な夜な真っ黒な鎧の集団が徘徊してたって聞いたことないか? 」


「確かに黒鎧の集団の話は聞いたことがあるけどクリーチャーの群れっていうのは聞いてないなぁ」


 俺は自分の持っている情報を思い返す。確かに俺がこの周辺に来る前にもっと南の方で夜に森に入る黒い鎧の集団がいるという噂があったそうだ。


 夜の森は視界が通らない上に夜に活動するクリーチャーは強力なものが多い。更に群れで狩りをするようなクリーチャーもいるため夜の森での活動は控えるようギルドでも注意喚起されている。


 そんな夜の森へ入る謎の黒い鎧の集団――確かに噂になるだろう。

 実際その黒い鎧の話が出た翌日には何が暴れればそうなるのか、大量の血が飛び散り肉片や臓物が散乱している場所があったそうで「黒い鎧は森で死んだ冒険者たちの怨念ではないか? 」なんて言われていた。


 暫くすると黒い鎧の集団は見られなくなって最近は噂も聞かなくなった。


「それでクリーチャーの群れっていうのは? 」


 俺は知らなかった噂について聞く。


「俺が見た訳じゃないんだが、普通は群れないクリーチャーや種類が違うクリーチャーが一緒に移動してるのを見たって奴がいるらしい」


 ゲッツが嫌そうに顔を顰めて言う。


「寄生種じゃなくて? 」


「ああ。蛇尾狼スネークテイルウルフの群れに一角兎ホーンラビット森山猫フォレストリンクスが混じっていたらしい」


【寄生種】とは他のクリーチャーについて回り、そのおこぼれを漁るクリーチャーの総称だ。


蛇尾狼スネークテイルウルフ】はその名の通り蛇の頭を尻尾に持つ狼で、尾の蛇は毒を持つ厄介なクリーチャーだ。通常10~15匹程度の群れで狩りをする。もちろん普通は群れの中に他のクリーチャーが居たりすることはない。


「【大移動スタンピード】の予兆とか? 」


 考えられることとしてはこの可能性が一番高い。【大移動スタンピード】となれば強力な個体から逃げるため普段とは異なる行動を取る可能性が高いからだ。


「いや、無秩序に移動していた訳でもないらしい。というか森でもそういう感じは無かっただろ? 」


 ゲッツは【大移動スタンピード】ではないという。実際森に入っていてもそういった雰囲気は感じられなかった。


「とは言え何かの予兆かもしれないのは確かだからな。ある程度実力も分かってるお前が一緒に行動してくれるとこちらも心強いんだ」


 そう言ってゲッツは少し照れ臭そうに視線を逸らす。


 確かに何かが起こる予兆なら、1人で森に入るのは危険だろう。特に群れに襲われたら1人では対処出来ない可能性が高い。だけど……


「有り難い話だけど今回は止めとくよ」


 俺は申し出を断った。

 正直有り難い申し出ではあったが、それよりもこちらの世界の人と関わることの嫌悪感が強かった。


「そうか……それなら仕方ない。気が変わったら何時でも声を掛けてくれ! 」


 残念そうな顔をしながらゲッツは仲間たちのところに戻っていった。俺は気まずげにこちらを見る彼の仲間たちに軽く頭を下げて依頼掲示板のチェックに戻った。



■□■□■□■□■□■□■□■□

 あれから俺は適当な依頼を見つけて1人森に来ていた。


 今回選んだのは『鮫栗鼠シャークスクウェレル』という大型のリスのクリーチャーだ。

『鮫栗鼠』と呼ばれるのは、鮫のような鋭い歯を持つことに由来する。草食ではあるがどんな硬い木の実でも噛み砕いてしまうほど強靭な顎と鋭い歯を持っている。また、木を登るためか鋭い爪も持っており引っ掻き攻撃も強力なクリーチャーだ。


 この『鮫栗鼠シャークスクウェレル』の毛皮は高級品で噛み付きと引っ掻きに注意すれば一匹でもかなり高額で買取してもらえる獲物である。


 普段は木の上で活動しているが落ちている木の実を拾うためたまに降りてくることがあるのでそこを狙う。


 すでに2匹程を仕留めて防腐処理をして『魔法の袋マジックバッグ』の中に入れてある。出来ればあと1匹くらいは仕留めたいところであるが、そろそろ日も傾き始めたため狩れるか微妙なところだ。


「しまったなぁ……ちょっと奥まで来過ぎたか? 」


鮫栗鼠シャークスクウェレル』を見つけるため奴らの好きな木の実を探しながら下を向いて歩いていたら思ったより森の奥に入ってしまったようだ。そろそろ折り返さないと森を出る前に日が沈んでしまう。


「諦めて今日は帰るか」


 すでに2匹は狩っているのでこれだけでも金貨2枚近い収入になる。

 これ以上欲をかいて生命を落としても馬鹿らしいので引き返そうと顔を上げた時、森の奥に人が立っているのが見えた。


 距離は30mほどだろうか? はっきりとは分からないが小柄な人物のようだ。目深にフードを被っているため性別までは分からない。


(採集に来た地元の子か? 奥に入り込んで道に迷ったとか? )


 しかし、見たところ荷物らしい荷物も持ってない。それどころか武器すら持っていないように思う。


(面倒だけど……放っておく訳にもいかないか)


 さすがにこのまま放っておいてクリーチャーに襲われでもしたらまずい。俺は少し近付きながら声を掛けることにした。


「おーい、君ぃー! そろそろ日が落ちるから俺と一緒に街に戻ろう!! 」


 そう声を掛けるが反応はない。迷子になって途方に暮れているのだろうか?


「おーい! 聞こえてるかー? 」


 俺は近付きながらもう一度声を掛ける。


 すると今度はピクっと反応があって、ゆっくりとこちらに顔を向けてきた。どうやら少年のようだ。余程怖かったのかその顔には表情がない。


「大丈夫かー? 一緒に街まで行こう! 」


 俺は安心させるように少年に声を掛けてからゆっくりと近付こうとしたが、


「えっ? 」


 戸惑い、思わず足を止めた。

 フードの下で少年が『ニタァ~』と、子供らしからぬ顔で笑ったのだ。


 背筋がゾクッとして思わず身構える。

 少年は何が楽しいのかニタニタとした笑みをしながら何事か呟いた。遠くてよく聞こえないが、その唇は『見つけた』と動いた気がした。


 固まる俺をよそに少年はゆっくりと手を上げる。

 その拍子にフードが取れて手に合わせるように少年の周りにクリーチャーが集まってくる。クリーチャーたちはまるで少年を守るように囲みこちらを威嚇してくる。


 そんな異様な光景の中で俺はフードが取れて露わになった少年のから目が離せなかった。

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