幕間 蠢くもの

 ガルド帝国帝都ガルデニウム、その南に位置する帝城の一室でガルド帝国第14代皇帝ジギスヴァルト・ヴィクトール・アルブレヒト・ガルドは1人の男と向かい合っていた。


 ジギスヴァルトは25歳。短く切り揃えた金髪に碧眼、やや鋭過ぎる目付きをしているが鼻筋のスッキリした整った容姿をしている。


 白地に金糸をあしらった騎士服を身に付け、皇帝というよりはエリート騎士のような出で立ちは本人の志向もあるが軍事国の皇帝としての姿を意識してのことでもある。


 今は普段の鋭過ぎる目付きを更に鋭くし手元の報告書へと目を落としている。


 座るジギスヴァルトと机を挟んで正面に立つのは老人。

 豊かな白髪を後ろで結び、顔には深い皺が刻まれ豊かな口髭を蓄えている。目付きは歳相応に穏やかではあるが、その灰色の瞳の眼光は鋭く決して見た目通りの好々爺という訳では無い雰囲気を纏っている。


 老人の名はバルタザール・ベッテンドルフ、ガルド帝国宰相を務める男である。彼はジギスヴァルトが報告書を読み終わるのを静かに待っていた。



「ふむ」


 一通り報告書を読み終えたジギスヴァルトは何事か少し考えた素振りだったが、自分の中で考えがまとまったのかそう呟くとバルタザールへと確認する。


「これは実験成功ということでよいのか? 」


「半分成功、といったところでしょうか。報告の2件以外は肉体の崩壊、もしくはただ暴れるだけの獣になりましたからな」


 バルタザールは淡々と答える。


「成功例を踏まえて生産数を増やすことは可能か? 」


「難しいですな。種は用意できますが成功するかは被検体の資質によるところが大きいようです。数を用意するとなるとどれ程の時間を要するか分かりません」


「ではこの成功体だけではどれ程の戦力なのだ? 」


「恐らく1体で旅団規模なら殲滅可能でしょう」


「なるほど。少なくとも次は問題ないか。

 では、騎士団にはそれを踏まえた編成変更の指示を。研究院には被検体の調整と多少性能が下がるのは構わんから量産出来るよう引き続き研究予算を付けよ」


「畏まりました」


 ジギスヴァルトの指示にバルタザールが頭を下げる。


「ロクサリア砦の状況は? 」


 ジギスヴァルトは次の報告へと話題を移す。


「兵員の移動は半分ほどを終えたところです。そろそろあちらも気付き始める頃かと」


 バルタザールは澱みなく答える。


「ならば騎士団の編成は早めに済ませるよう合わせて指示しておけ。あとひと月後にはロクサリア砦へ出征出来るようにとな。下がってよいぞ」


「畏まりました。では失礼致します」


 バルタザールは一礼すると出口へと向かう。が、


「ちょっと待て。“あのモノ”はどうしている? 使えそうなのか? 」


 ジギスヴァルトは何かを思い出してバルタザールを呼び止めた。


 振り返ったバルタザールは先程の位置まで戻ってくる。


「“あのモノ”とはどのモノでしょうか? 」


「騎士団が森で拾ってきたのがいたであろう? 」


「ああ、あの者でございますか。あれなら研究の参考にした後はジョブの実験を行っていたはずですが? 」


 バルタザールはジギスヴァルトが言う“あのモノ”がどうしていたか思い出して答える。


「使えそうなのか? 」


 ジギスヴァルトは実験成功が2件しかないのであればその元になったモノが使えないか考えた。


「すでに自我が崩壊しておりますし、個体としてみるとそれ程強力という訳でもありませんので精々が森で実験用に検体を確保するのに使える程度かと」


「そうなのか? ならば仕方がない。どうせ処分は出来んのだ。有効利用することにしよう。引き留めて悪かったな。下がってよい」


「はっ! 失礼致します」


 バルタザールは再度礼をすると部屋を出ていった。




「“あのモノ”が言っていた『× × ×』がどういうものかは分からんが、全てを我が国が手に入れれば問題なかろう。いよいよ始まるのだな」


 部屋に残ったジギスヴァルトは静かに呟くのだった。

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