第18話 違和感

 2日間はあっという間に過ぎた。


 1日目は湖畔の景色を楽しんだ後、高級レストランへ案内されてエーシアの幸に舌鼓を打った。


 2日目は前日に乗れなかったボードで湖を遊覧した。はしゃぐイリスが湖に落ちないかと冷や冷やしたりもしたが、楽しそうな姿に自分が何故この世界に来たのかを忘れそうになった。


 夕暮れに染まる湖を見ているときのイリスの「帰りたくないな……」という呟きに少しドキドキした。



 出発の朝、買い付けた商品を満載にした馬車の前で帰りの予定を確認する。


「基本的には行きと逆のスケジュールとなります。本日は昼過ぎにはメルウォークに着くと思いますが、そのまま行きと同じ宿に一泊となりますので宜しくお願いいたします」


 ロックスさんの言葉に頷くと、俺たちは行きと同じように『蒼穹の翼』と馬車の前後に別れてエーシアを出発した。


 とくに問題もなく昼過ぎにはメルウォークに入った。そのまま宿に入りゆっくり過ごす。


 帰りの2日目、出発前の確認で不穏な話が出た。


 昨晩たまたまウィーレスト方面から来た商人と『蒼穹の翼』のメンバーが酒場で一緒になった際、ポセニア海洋連邦方面の街道に野盗が出たという話題があったそうだ。野盗が出た場所とは距離があるが念のため注意するように、とのことだった。


 2日目もとくに問題なく野営を行い、3日目にサリナス峠の中腹で休憩しているときだった。ポセニア海洋連邦方面からエーシアに向かう商隊が通り掛ったので情報交換をした。


 どうやら野盗はこちらの街道方面に流れてきているらしく、ポセニア海洋連邦方面への街道とぶつかる辺りでは注意した方がいいと言われた。


 3日目の野営も何事もなかったが、4日目の朝の出発前に改めて野盗の話となった。


「ノブヒトとイリスは野盗討伐の経験はあるか? 」


 とハワードさんに聞かれた。


 俺は「ありません」と答えたがイリスは一度経験しているとのことだった。俺に経験がないと分かるとハワードさんから、


「野盗がとりあえず脚を狙って動けなくしろ。あとは俺たちでやるから」


 と言われた。正直クリーチャーに比べたら野盗など問題ないだろうと思い、ハワードさんの言葉に頷いた。


 そのまま峠を越えて休憩に入った頃、斥候に出ていた『蒼穹の翼』の盗賊シーフのロイドさんが戻ってきて早々、ハワードさんと何か相談を始めた。


 様子を見ているとハワードから集まるよう声が掛かる。


「今、ロイドから報告があった。ここから四半刻くらい先で車軸の折れた馬車が立ち往生してるみたいなんだが、ちょっと怪しいらしい」


「怪しいっていうは具体的にどういう感じなんでしょう? 」


 よく分からないので詳しく聞いてみる。


「馬車の傍にいたのは商人風の男と護衛の冒険者風の男が4、5人なんだが、全員どことなく薄汚れた雰囲気だ」


 ロイドさんの説明を聞いても俺には何処が怪しいのかさっぱり分からなかった。


「普通に馬車をどうにかしようとして汚れただけでは?困ってるなら手を貸してあげましょうよ? 」


 俺は困っているなら助けるべきだと主張する。そもそも怪しいというのも印象でしかない。


「いや、場所が悪い。ちょうど馬車のあるところを抜けると脇にちょっとした林があるから人数を隠しておける。どちらにしろウィーレスト方面に半日も進めばサリナスの街だ。普通に考えれば助けを呼びに行ってるだろうし、ここはなるべく早く林の横を通り過ぎるべきだろう」


 ん? なんか嫌な感じだなぁ。困ってる人の脇を「助けを呼びに行ってるだろう」で通り過ぎるのってどうなんだ?


「ノブヒト、俺たちの今の仕事はなんだ? 」


 俺が納得していないのに気付いたのか、ハワードさんがそう聞いてくる。


「ロックスさんの護衛です」


 もちろんそれは俺も分かっている。


「それならばロックスさんと馬車を護るのが第一だ。余計な危険を犯すべきじゃない」


「……分かりました」


 渋々納得する。


 そのまま少し微妙な雰囲気で休憩は終了し、俺はもやもやしたものを抱えながら出発した。


 少し進むと前に馬車が止まっているが見えた。確かに車軸がおかしいのだろう。馬車は傾いている。


 俺たちはそのまま進み、止まっている馬車の少し手前でこちらも停止すると先頭のハワードさんが向こうに声を掛けた。


「大丈夫かい? 」


 すると商人風の男性が応対してきた。


「街道の真ん中ですみません。車軸が折れちまったようで動かせないんです。この人数しかいないもので、申し訳ありませんが手を貸していただけませんか? 」


 男性が恐縮したようにペコペコ頭を下げる。俺が見る限りは特におかしなところは感じない。やはり手伝ってあげるべきではないだろうか?


 そう思い、ハワードさんに声を掛けようとしたら後ろから腕を掴まれた。振り返るとイリスが眉を八の字にして首を横に振った。ダメだということらしい。普段なら率先して手伝ってあげる優しい子なのに、こういうときこそ助け合うべきじゃないのか?


 俺はもう一度ハワードさんに声を掛けようとしたが、更に腕を強く引かれて激しく首を振るイリスの様子に、納得は出来ないものの声を掛けるのを諦めた。


 その間にもハワードさんと男性の話は続く。


「悪いがこっちも急いでるんだ。この先のサリナスの街で助けに来てもらえるように手配するからこのまま待っていてくれ」


「そこをなんとかお願い出来ないですか? 今日中に峠に入らないと納期に間に合わないのです! 」


 男性が懇願する。しかし、ハワードさんはそれでも街で助けを頼むからと言って馬車を進め始めた。


 横を通り過ぎる俺たちを男性と護衛の冒険者たちが恨めしそうに見てくる。俺は後ろめたい気持ちになりながら、馬車の横を通り過ぎると俺はチラッと振り返り、遠くなる馬車を見た。


 それからすぐに聞いていた林が見えてきた。ハワードさんから馬車の近くに固まるよう指示が出る。隊列をコンパクトにして林の横を抜けようとしたとき、林の中から馬車に向かって矢が放たれた!


 前方のメンバーが盾や剣で馬やロックスさんに向かう矢を弾く。すると林から10人程の男たちが飛び出してきた。全員肌は浅黒く、薄汚れた革鎧や服を着て、手にはあまり手入れされてなさそうな剣や斧、槍なんかを持っている。


 俺があまりの事態に驚いていると、後ろからも足音と馬の駆ける音が近付いてきた。振り返ると先程別れた商人風の男性と護衛の冒険者たちが武器を手に迫ってきていた。


 先頭の馬に乗った男が手網から手を離し弓を構えている。と、イリスが素早く矢を放って馬の胴体を射抜いた。驚いた馬が暴れ、男が地面に落ちる。


 暴れる馬に驚いたのか後ろから駆けてきていた男たちが慌てて立ち止まるが、そこに『蒼穹の翼』の魔術師キャスターマリーさんが詠唱を終えた魔法の矢マジックアローを放つ。


 男たちは殺到する魔法の矢マジックアローに慌てて左右に散っていく。俺は剣を抜くと男たちの中に飛び込んで峰打ちで気絶させていった。


 後ろの5人を全員気絶させるとそのまま反転、前方の助っ人に向かう。そのとき目の前で血飛沫が舞った。馬車の影で見えないが誰か切られたのかもしれない!


 俺は更に加速して馬車の前方へ出ると、そこには盗賊たちが全員倒れていた。明らかに死んでいる者もいるがまだ息のある者もいる。


 俺は急いで自分のポーチからポーションを取り出して息のある者を抱え上げ、口元に瓶を持っていこうとした瞬間、男の心臓を槍が貫いた!


 驚いて槍の先に視線を向けると険しい顔のハワードさんと目が合った。


 周りを見ると他のメンバーも次々と倒れた男たちに剣や斧、ナイフを突き立てている。


「何してるんですかっ!! 」


 俺は思わず声を荒らげた! ハワードさんを睨み付ける。


「もう彼らに抵抗は出来ません! あとは縛り上げて街の衛兵に引き渡すべきです! これじゃあ私刑じゃないですかっ!! 」


 どうしてここで殺す必要があるのか分からない。

 しかし、俺の声に誰も、イリスさえも手を止めず黙々とトドメを刺していく。


「止めてください! こんなこと許されません!! 俺は街で衛兵に訴えますっ! 」


 俺が尚も強い口調で訴えるとハワードさんが俺の前に立った。


「ノブヒト、お前がどういうつもりか知らないが野盗は重罪だ。街で引き渡しても処刑になることには変わりないし、ここで返り討ちにしても問題にならない。死体を引き渡せば懸賞金だって貰えるんだ」


 なんだそれ?

 なんだそれ?

 なんだそれ?


「いやいやいや、そんなのおかしいでしょっ! この中には俺くらいの歳の奴だっていた!もしかしたら無理やり仲間にされたり、親に棄てられてしょうがなく野盗の仲間になった奴だっていたかもしれない! ちゃんと調べてそういう奴には更生の機会を与えてやるべきでだッ!! 」


 俺がそう訴えると周りは顔を見合わせた。何を言っているか分からないって顔だ。後ろからロックスさんが言う。


「ノブヒト様の仰られることも分かりますが、この国の決まりでは理由はどうであれ野盗も盗賊も泥棒も捕まれば死罪です。そういう決まりなのです」


 おかしい!

 そんなのはおかしい!


 どうして誰もおかしいと思わない? どんな理由も一律同じ刑罰なんてそんなのおかしいだろうッ!!


「自分じゃどうにもならない理由で野盗になるしかなかったかもしれないじゃないですかッ! 今回初めてのことだったかもしれないじゃないですかッ! それを確かめもしないでみんな死罪だなんておかしいと思わないのかッ!!! 」


 俺は訴える。初犯か常習犯かも、理由も確かめず全員が同じ罪なんて不公平だと、そんなのはおかしいんだと。


 しかし、ハワードさんは俺を真っ直ぐ見つめ、


「初めてだろうが常習だろうが罪は罪だ」


 そう言って死体を馬車に載せるように指示をした。


 俺は助けを求めるようにイリスを見たが、悲しそうな顔で首を横に振るだけだった……

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