第17話 湖畔の街

「うりゃっ! 」


 気合いとともに放った斬撃が赤い残像を残してすれ違いざまに一刀を浴びせた獲物は羽を広げたまま真っ二つになった。


 死骸から魔石を拾ってポーチから油の瓶を取り出して死骸に振り掛けると、そのまま線を引くように油を地面に垂らしながら少しだけ離れる。


 瓶を仕舞うと相棒が生活魔法の灯火トーチを詠唱し、指先の火を先ほど動きながら垂らした油の端に近付ける。炎が走り、その先にある獲物の死骸を燃やすのを確認して移動を始めた。


「今日はそろそろ帰りましょうか? 」


 俺は相棒イリスに話し掛ける。


「そうですね。結構な数の魔石も集めましたし」


 イリスの了承も得られたので、俺たちは森の外を目指して歩き始めた。



 赤棘刀せききょくとうを作ってもらってから1ヶ月が経った。この剣のおかげでかなり楽にクリーチャーを討伐出来るようになり、おかげでランクもイリスと同じパール級になっていた。


 先程倒したのは【鎧甲蟲アーマーカナブン】というデカいカナブンのクリーチャーだ。『鎧』の名のとおり外皮が硬く、飛びながらの突進攻撃が厄介なクリーチャーである。


 本来ならあのような倒し方は難しいのだが、この剣だと魔力を通せば比較的楽に狩ることが出来てしまう。おかげでひと月程でアイアンからパールになり、そろそろ昇格試験のために護衛依頼を受けておこうかと思っているくらいだ。


 ただ、2人パーティーで受けられる護衛依頼というのは殆どないので、即席パーティーを組むか複数パーティー募集の依頼を受けるかは迷うところである。


 また、行先も問題で、ガルド帝国方面、ウィルゲイド王国内、海洋連邦方面のどこへ行く依頼を選ぶかも悩みどころであった。正直イリスとのパーティーで行くならば比較的危険の少ない王国内を選びたいところではある。


(ギルドに着いたら調べてみよう)


 そんなことを思いながら森を抜けた。




 ギルドで精算を済ませ掲示板を確認しようとしたところで、


「ノブヒトさん、少しお話を宜しいでしょうか? 」


 と、職員のクララさんから声を掛けられた。クララさんは俺の冒険者登録を担当してくれた職員さんだ。


「構いませんが、俺だけで聞いたほうがいいでしょうか? 」


 隣のイリスに目を向ける。


「いえ、イリスさんもご一緒で構いません。付いて来てください」


 そう言われて2人で彼女の後を付いて行くと個室に案内された。


「どうぞ、おかけください」


 言われて俺はクララさんの正面の席に、イリスは俺の隣りに座る。


「突然お呼び立てして申し訳ありません。実はノブヒトさんにトロイヤ商会から指名依頼が来ております」


 ロックスさんからの指名依頼のようだ。


 基本的に指名依頼は断れない。これは前もってギルドで依頼内容(虚偽、当事者同士の過去のトラブルの有無、依頼人の信用度等)を審査しているためである。

 ただし、依頼の受付から締切までの期間が短い場合は審査が間に合わないため、断ることが出来るようになっている。


「内容を伺っても? 」


 ロックスさんからの依頼なら断る理由もないので内容を聞く。


「湖の街エーシアまでの護衛依頼です」


 次のランクアップを考えれば受けておきたい依頼だ。


「それは俺たち2人だけでしょうか? 」


 護衛依頼で2人は厳しい。せめて4人、出来ればその倍は欲しいところである。


「いえ、他にエメラルドクラスの『蒼穹の翼』にも指名が来ております」


『蒼穹の翼』は5人パーティーで、重騎士ヘヴィナイト盗賊シーフ戦士ウォーリア銃士ガンナー魔術師キャスターの男性3人、女性2人のバランスのいい中堅冒険者だ。


 治療師ヒーラーはいないが、魔術師キャスターの女性が水属性の回復魔法で治療師ヒーラーを兼ねていたはずだ。


「往復10日、エーシアで2日滞在の12日間の予定で、報酬は経費込みの銀貨8枚となっておりますがいかがなさいますか? 」


「出発は何時いつでしょう? 」


「3日後の一つ目の鐘に出発予定です」


 十分準備の時間もあるし問題無さそうだ。


「ロックスさんからの依頼ですし俺は問題無いと思いますが、イリスさんはどうですか? 」


 イリスに確認する。最悪イリスが無理そうなら1人で受けるつもりだ。


「大丈夫です! 参加します!! 」


 イリスも参加するということで、集合場所を確認して個室を出た。




 3日後、まだ薄暗い時間に集合場所のギルド前にやってきた。既に『蒼穹の翼』のメンバーやロックスさんも集まって挨拶をしている様だ。


「おはようございます。今回は宜しくお願いします」


 俺たちも挨拶に加わる。


「ノブヒトさん、イリスさん、今回は指名依頼を受けていただき、ありがとうございます」


 相変わらずロマンスグレーなロックスさん。


「宜しく頼むな! 」


 こちらは『蒼穹の翼』のパーティーリーダーで重騎士ヘヴィナイトのハワードさんだ。


 ハワードさんは20代中頃くらい、灰色の全身鎧にカイトシールド、武器は主に槍を使用した盾役で、守りには定評がある。身長は170cmくらいだが、がっしりとした体型で盾を構える姿は『要塞』と呼ばれている。


「今日は隣村を越えて次のサリナスの街で宿泊予定です。明日はサリナス峠の手前で野営、3日目はサリナス峠の山頂辺りで野営の予定です。4日目はメルウォーク村で宿泊、5日目にエーシアに到着の予定となります。その後買い付けで2日程エーシアに滞在した後は行きとは反対のスケジュールで帰ってくる予定となります」


 とくに問題は無さそうなので、ハワードさんと一緒に頷く。


「それじゃ隊列について打ち合わせしておこう」


 ハワードさんに言われて頷く。今回の護衛依頼は彼がリーダーだ。


「馬車の前は俺たち4人がつく。2人とうちの魔術師キャスターのマリーは馬車の後方の護衛を頼む」


 これも問題無さそうなので頷く。


「野営の見張り番は当日確認しよう」


 打ち合わせが終わるとちょうど一つ目の鐘がなった。


「では、出発します! 」


 ロックスさんの号令に合わせて俺たちはウィーレスの街を出発した。





■□■□■□■□■□■□■□■□

 ウィーレストを出発して5日目、前日泊まったメルウォークの村を出てから4時間くらいだろうか。遠くにエーシアの街が見えきた。その向こう、森の奥に海ではないかと思うほど大きなエーシア湖が見える。


 街の名前にもなっているエーシア湖はアルガイア都市連合国との国境に広がる湖だ。観光地としても有名で湖で採れた新鮮な魚介類も売りになっている。


 それから1時間程で街に着き、入場の手続きを終えた俺たちはロックスさんが用意してくれた宿に入った。これから2日間は自由とのことで、2日後の朝、一つ目の鐘の前に宿屋の前に集合ということで解散となった。




 受付で気を回したロックスさんが俺とイリスで二人部屋で予約していたためちょっとした騒動はあったものの、それぞれ別の一人部屋に変更してもらっって事なきを得た。一人部屋が取れたとき、何故かイリスが残念そうな顔をしたのは見なかったことにする。


 部屋に入るとすぐに荷物を解く。装備も外してアイテムボックスに閉まっているとドアがノックされた。


「開いてますよ」と返事をすると、自分の部屋に荷物を置いたイリスがやってきた。


「ノブヒトさん湖に行ってみましょう! 」


 いきなり笑顔で言われた。イリスはあまりウィーレスト周辺から出たことがないみたいで初めてくる土地にテンションが上がっている様だ。


「いいですよ。天気もいいですし何か軽く食べる物も買って、湖畔でお昼にしましょうか」


 珍しく「やったー! 」と飛び上がって喜ぶイリスを横目に、俺は今外した剣と魔法銃を再び身に付け始めた。


 街の屋台で名物だという魚のすり身を捏ねてから串に刺して焼いた竹輪の様なものや串焼きの魚、タレに漬けた貝を炙ったもの等を買って街の裏手から森に入る。ここは大河の森のようにクリーチャーは生息していないそうで、森を切り開いて湖畔までの遊歩道が作ってあった。


 観光地だけあって俺たち以外にも結構人が歩いている。とはいえ、旅人以外で平民の旅行が一般的ではない世界なので、俺たちのような依頼の合間と思われている冒険者風のカップルや地元っ子以外では、商人風の家族連れ、貴族の子弟とその従者と思われる一団などの富裕層らしき人たちが多い。


 森の遊歩道を抜けると目の前にはキラキラと光る湖面が広がった。貸しボートもあるようで、ボート遊びを楽しむ人の姿が見える。残念ながら見えている範囲の桟橋には一艘もボートがない。全て貸出中の様だ。


 所々の木陰には東屋が設けられているので、近くの一つに腰を落ち着けてテーブルの上に買ってきた食べ物を広げる。ここにも屋台が出ている様なので、イリスに席をキープしてもらい飲み物を買ってくる。


 2人で湖畔を見ながら早速買ってきた食べ物に手を付ける。


「モチっとした不思議な食感ですね! 」


 イリスは串に刺さった竹輪もどきの様な魚のすり身焼きを食べてご満悦だ。


「ウィーレストだと大河の森を抜けないとなかなか魚介類は手に入りませんもんね」


 ウィーレストでも魚介類を食べられないことはないが、森を抜けて大河まで行けるパーティーでも水棲クリーチャーを狩れるのはひと握りだ。そのため魚介類が出回ることが少なく、出回ってもすぐに売れてしまうため魚を食べる機会は少ない。


「コリコリしてます~♪ 」


 次は貝の炙り焼きに手を付けた様だ。俺も食べてみる。醤油とは違う風味だが、タレが焼けて香ばしくて美味い。


 あっという間に買ってきた物を食べ終えて、屋台のお茶を飲みながらまったりする。


「綺麗な景色ですねぇ」


 イリスが水面を見つめて言う。透明度が高く、湖面に森を映し水面にグラデーションを描く。


「いつかお母さんにも見せてあげたいなぁ……」


 そんなイリスの呟きが風に乗って湖に消えていった。

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