第16話 鍛治革命

 俺がこの世界に放り込まれてひと月が過ぎ、俺のランクは一つ上がりアイアンになっていた。


 ギルド講習には必須講習以外の戦闘講習にもほぼ全て参加した。普通は自分のジョブに合わせた武器の講習くらいしか参加しないものだそうで、最初は受付にも教師役の冒険者にも不思議な顔をされたがジョブの話をすると納得してくれた。


 実際にその武器を使用するかは兎も角、自分以外の勇者候補がどういったジョブを持っているか分からない。いろいろな武器の訓練に参加したことは扱い方以上に対峙した際の立ち回りに非常に参考になった。


 講習が終わった後も大河の森へ行くのは午前中だけにした。依頼も極力半日でこなせる討伐系を選んだが、そもそもストーンには討伐依頼が少ない。そこはイリスに協力をお願いしてパーティーでアイアンの依頼を受けることで実績を増やした。


 午後からはギルドの資料室での調べ物や引退した元冒険者に頼み込んで、剣と体術を教わったりするようになった。


 また、トロイヤ商会のロックスさんに行商人や商人ギルドの伝手を使って変わったことが起きている地域がないかをそれとなく聞いてもらうようにお願いしたり、ギルドで短期間にランクを上げている冒険者がいないかを聞いたりしている。


 イリスとは不自然にならない程度にパーティーを組んだり、週1、2回は彼女の家で晩ご飯をご馳走になったりしているが、それ以上は極力踏み込まないよう気を付けた。




「本日もありがとうございました」


 目の前の相手に敬意を込めて頭を下げる。


「うむ。だいぶ身体の使い方が馴染んできたな。今ならパールクラスの冒険者とでも一対一ならそれなりの勝負が出来るだろう」


 この人は俺に体術を教えてくれているヨース・ウェインさん。ジョブは【格闘家グラップラー】で、元エメラルドクラスの冒険者だ。


 病気で長時間の激しい動きが出来なくなったため冒険者を引退したそうだが、対人戦闘ではルビークラスとも互角に戦えたと言われていたそうだ。今は街で道場を開いていて俺もそこに参加させてもらっている。


「しかし、【万能戦士マルチファイター】っていうのは凄いな。体術まで使いこなせるとは」


「専門のジョブに比べると見劣りしますけどね」


 ヨースさんの言葉に苦笑いで返すが、実際俺も体術にまで影響するとは思っていなかった。


「じゃあ次はまた来週だな。森に入るときは気を付けろよ! 」


「はい! ありがとうございました!! 」


 本日の稽古を終えて道場を出る。宿に戻るには少し早いので帰り道のギルドに顔を出す。


 さすがにひと月も過ごすとイリス以外にも親しい冒険者が増えて、ギルドにいた知り合いに掛けられた声に返事しながら掲示板の前に移動する。


 明日の午前中に出来る適当な依頼はないかと調べていたら後ろから声を掛けられた。


「ノブヒトさんここにいたんですね! 」


「イリスさんどうかしました? 」


 振り返って返事をする。彼女はかなり慌てている様で、走ってきたのか薄ら汗を掻いている。


「オグズ親方から試作品が出来たので時間のあるときに工房に来て欲しいと連絡がありました! 」


「本当ですかっ! 」


 前にお願いしていた剣の試作品が出来たらしい。


「じゃあ時間もあるし今から行ってみます! わざわざありがとうございます!! 」


 知らせてくれたイリスにお礼を言う。


「私もご一緒していいですか? 」


「いいですよ。早速行きましょうか」


 正直イリスとはある程度距離を空けておかないと後々厄介なことになると思うのだが、別に嫌いな相手という訳ではない。わざわざ知らせてくれたのに断るのも悪いので一緒に行くことにした。




■□■□■□■□■□■□■□■□

「親方、試作品が出来たそうですね! 」


 俺とイリスは工房通りのローダン工房にやってきた。


「おう! なかなか面白いもんが出来たぜ! 」


 ニヤリと笑うのは相変わらずの髭面、熊のようにデカいこの工房の主、オグズ親方だ。


「わざわざ親方が作ってくれたんですかっ!? 」


 なんとなくあまり乗り気な反応ではなかったので、てっきり見習いの人に作らせるものだとばかり思っていた。


「最初は見習いの奴にやらせてみたんだがいろいろと面白いもんが出来てな。俺も試してみたんだ」


 言って親方は頬を搔く。


「面白い? 」


 これは俺の予想通りの物が出来たのだろうか?


「まあまずは見てみろ」


 そう言うと親方は2本の剣を見せてくれた。どちらも片刃で僅かに反りがついている様だが見た目はほぼ直刀だ。


「こっちのは随分赤いですねぇ」


 左の剣はナイフの刀身と同じくらい薄ら赤みがかっているが右の剣は更に赤みが強い。


「まあ元々切裂蟹リーパークラブの甲羅は熱すると赤くはなるんだが、そっちは魔石の粉末を混ぜた方だ」


「どんな魔石を混ぜたんですか? 」


 興味があったので聞いてみた。


「そいつには切裂蟹リーパークラブの魔石を混ぜた」


「えっ!? そんな純度の高い魔石を混ぜたんですかっ!? 」


 さすがに驚いた。切裂蟹リーパークラブは胴体が小さいため魔石のサイズはそれ程でもないが純度は6度以上のはずだ。


 魔石の等級というの色・魔力量・透明度で評価される。


 色は魔石の色なのだが、実はこの色がどういうものなのかははっきり分かっていない。


 例えば切裂蟹リーパークラブの魔石は赤なのだが、火属性なのかと言うとそうとも言えない。確かに熱を受けると甲羅の強度は増すが切裂蟹リーパークラブ自体が火属性の攻撃をしたりすることはない。


 また、俺が最初に遭遇した森山猫フォレストリンクスは緑の魔石だが、一般的に緑で表される風属性の魔法や特殊攻撃を使用したという記録はない。


 クリーチャーには肉食のものも草食のものもいるが、通常の動物のように栄養を摂取しているのではない。空気中からでは足りないマナを食事により直接取り込んでいるのではないかと言われている。その過程で取り込んだマナの何らかの作用で魔石が色付くと考えられているが、まだまだ研究が必要な分野である。


 次に魔力量だが、これはA~Fまでの6段階で評価され、Aが一番高評価となる。魔力量は魔石の大きさに依存することが分かっており、大きければそれだけ多くの魔力を貯めることが出来るので魔力量が多くなるようだ。


 最後に透明度だがこれは1~10までの10段階で評価され、数字が大きいほど評価が高く、魔石の透明度が高いほど純度が高いと言われている。この純度は高いほど貯めた魔力を使う際のロスが少なくなり、魔道具にした際の燃費が良くなると考えられている。


「最初、屑魔石の粉末を吹き付けたときに極僅かだが剣が魔力を通すのが分かってな。それで次に製鉄の時に混ぜてみたらそっちの方が魔力の通りがいいらしいことが分かった。ただ、そもそも鉄自体があまり魔力を通さなくてなぁ……」


 そこで親方は鉄に他の金属をいろいろな比率で混ぜた物に魔石を足してみたそうだが上手くらしい。更に魔石の純度を変えてみたりもしたがやはり上手くいかなかったそうだ。


 そもそもこの世界で魔法の武器と言えばほぼ例外なくミスリル製の武器のことを言うそうだ。ミスリルは鉱石として採掘される訳ではないらしい。純度の高い銀に純度の高い魔石を使用した高価な触媒を混ぜることで精製される合金で、精製量が少ないため希少で高価になってしまうとのことだった。


「製鉄で完全に行き詰まったんでこりゃ無理かと思ったんだが、ふと鉄に金属以外の物を混ぜたら上手くいくんじゃないかと思ってな」


 そこで親方が使ったのが『クリーチャーの骨』だったそうだ。元々ドラゴン種などの一部のクリーチャーを除いて骨が素材になることは少なく、殆どは解体した後に処分されていた。


 しかし、そもそもクリーチャーはマナをエネルギーとして活動していると思われている。ならばその体はマナを通しやすいのではないかと考えたそうだ。


 早速比較的純度の高い魔石が取れるクリーチャーの骨を幾つか取り寄せ、削ったり焼いて灰にした物を混ぜて製鉄をしてみるとただの鉄に比べて魔力の通りがいいことが分かった。


 そこからは混ぜる前の加工法や配合、どのクリーチャーの骨が一番適しているか等を研究したそうだ。


「それで辿り着いたのが荊竜ソーンドラゴンの骨を砕いて製鉄のときに混ぜる方法だ」


 荊竜ソーンドラゴンとは体長2mほどの二足歩行の恐竜のようなクリーチャーだ。『竜』と付くが実際はドラゴン種ではなくトカゲのクリーチャーと考えられている。頭部から尻尾かけて背面を棘に覆われているが、これは骨ではなく鱗が硬質化した物だと言われている。


 素早い上、噛み付きや爪での引っ掻き、尻尾での薙ぎ払いと攻撃も多彩で、サファイアクラス以上の単体冒険者かエメラルドクラスの冒険者パーティーでないと討伐依頼を受けられないクリーチャーだが、魔石の純度が高く、牙や爪も武器素材のため頻繁に討伐依頼が出されている。


「牙と爪でも試してみたが骨とそう効果に違いがなかった。それなら今まで需要がなかった骨のほうがコストが安く済むからな」


 こうして完成したのがこの剣だった。


「まあミスリルと違って属性付与は出来ないみたいだからそこは欠点と言えば欠点だが、魔力を通せば熱した切裂蟹リーパークラブも簡単に切れたぜ!」


「ある程度予想してましたけどそこまでとは思いませんでした……」


 思った以上の効果だ。


「ミスリルの武器よりコストは安いしちょっとした革命だぜ? よくこんなこと考えたな」


「正直単なる思い付きで、親方と同じで『マナと親和性が高い物を混ぜれば魔力を通すかも』と思っただけだったんですが、骨を使うことは思い付きませんでした」


「じゃあ約束通り魔石を混ぜた長さ違いを2本だ。銘は『赤棘刀せききょくとう』だ。持っていきな! 」


 2本の赤棘刀せききょくとうを受け取る。


「ありがとうございます! おいくらですか? 」


 正直最近は資金に余裕が出来たとはいえ、試作の過程を聞くとかなりの額になりそうだ。もしかすると支払えないかもしれない……


「代金は要らねぇよ! 」


「えっ……」


 どういうことだ?


「さっきも言った通りこいつはちょっとした鍛治の革命だ。何せミスリルの魔法武器の数十分の一のコストしか掛からないからな。お前さんのより魔石の純度を下げても魔力が通るし刀身を強化しなくても問題ないことも分かった。しかも、今のところうちの工房でしか作れねぇ。今後稼がせてもらうことを思やぁ、剣の2本くらい安いもんだ! 」


 なるほど。確かに今後冒険者の武器はこの製法が主流になる可能性が高い。鉄の武器よりは多少高いがアイアンクラスの冒険者でも十分手の届く価格だろう。


 しかも、これから研究しないといけない他の工房に比べて、かなりアドバンテージがある。それこそしばらくは市場を独占するくらいには有利なはずだ。


「ありがとうございます! では、有り難く使わせて頂きます」


 親方にお礼を言って工房を出た。



 この数ヶ月、ローダン工房が販売を開始した『ソーンブレイドシリーズ』の噂は瞬く間に大陸中に広まり、多くの工房がその製法を得ようと研究や職人の引き抜き工作を行うが製法が広まるまでの間にローダン工房はかなりの利益を上げたという。

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