第15話 素材回収

 一通りの買い物を終えてギルドにやってきた。思わぬ収入があったとはいえ、今後のことを考えると武器の習熟は必須である。どのみち装備の使用感を確かめる必要があるので予定していた大河の森へ行くことを変更しようとは思わなかった。


 やってきたギルドでは殆どの冒険者が既に依頼を受注するか大河の森に入っている時間なので受付は閑散としていた。


 俺達も今から依頼を受けても今日中に達成出来ないし、俺のランクが低いため受けられる依頼も限られるため掲示板には行かず買取窓口にある買取表を見ていた。


 ギルドでは依頼主が冒険者に出す依頼とは別に依頼以外で冒険者が討伐したクリーチャーの素材を買い取って商会や商人ギルド、工房などに卸している。


 昨日イリスが討伐した森山猫フォレストリンクスを売ったのもこの手続きになる。この素材回収は依頼ではないため冒険者ランクを上げることには直接的には繋がらない。


 また、依頼はギルドがある程度調査した上で対応が可能な冒険者のランクを決めているため自分のランク以上の依頼は受けられない。だが、素材回収の場合は依頼ではないため、ストーンのランクの冒険者がルビーやダイヤの冒険者に依頼が出るようなクリーチャーにも挑戦出来てしまう。


 この『自分の実力を把握して適切な獲物を選択する』という能力も冒険者を評価する一つの基準になっているようだ。


「どのクリーチャーを狙いますか? 」


 クリーチャーの知識が乏しく異世界の常識も信用出来ない部分があるため、俺は先輩冒険者のイリスに判断を委ねることにする。


「そうですね。一角兎ホーンラビット暴れ羊バーサクシープはどうでしょう? 」


 一角兎ホーンラビットはその名のとおり、額に一本の角を持った体長80cmほどの兎である。魔石の他に角は錬金術の触媒に、肉は食用に、毛皮は衣類に、と骨以外は全て素材になるクリーチャーだ。


 森の浅いところの生息しており、基本的に群れを作らず一匹で行動し、攻撃も角を使った突進のみ、と初心者でも対応しやすいため新人に人気の獲物だ。


 暴れ羊バーサクシープは見た目は普通の羊と大差ないクリーチャーだ。こちらも魔石の他に毛は防刃に優れているので冒険者のインナーの素材に、肉は食用に、角は装飾品に、と骨以外は全て素材となる。


 森の広範囲に生息していて群れで行動するが、仲間意識が薄いのか仲間が攻撃されても自分が攻撃されるまでとくに関心を示さない。攻撃されると暴れ出すが、攻撃方法は突進のみで動きも直線的なので対処がしやすい。剣による攻撃は防刃効果のある毛に阻まれるが、それ以外の攻撃方法がある場合は比較的狩るのが容易である。


「いいと思います。どちらもあてはあるんですか? 」


 一応すぐに見つかりそうかも聞いておく。


「はい。どちらもすぐに見つかると思いますよ」


 その辺も抜かりがないようだ。


「では、問題なければすぐに行きましょうか」


「ギルドで魔法の袋マジックバッグを借りて行きましょう。昨日のように魔石と特定部位だけの剥ぎ取りでは勿体ないですから」


魔法の袋マジックバッグ】とはアイテムボックスのような効果のあるアイテムだ。大型のクリーチャーだと一匹か二匹くらいしか入らないらしいが、それでも高価なため基本的にはギルドで貸し出している物をレンタルする。


 高価なため借りたまま持ち逃げされないのかと思ったが、持ち逃げすると全ギルド支部へ指名手配されてしまう。問答無用で討伐対象になるそうでリスクが高過ぎてそんなことをする人はいないそうだ。それでなくても一般人は購入出来ない物なので、持っているだけでもかなり目立ってしまうらしい。


 イリスの提案を聞いて総合窓口で魔法の袋マジックバッグの貸出申請を行う。


「薬屋に寄ってもいいですか? 少し早いですが昨日依頼した薬が受け取れるなら受け取っておきたいですし、まだなら別で薬を買っておきたいので」


 イリスに確認して薬屋に寄らせてもらう。薬が完成していたので昨日もらった引換証と交換してもらった。


 さて、時間もないし森へ向かおう。



■□■□■□■□■□■□■□■□

「むぅ……」


 街を出てからもイリスの機嫌が悪い。


「機嫌直してくださいよぉ……」


 さすがにこれから森に入るのにこれでは困る。なんとか機嫌を直してもらおうと宥める。


 何があったかと言えば、街を出る前に俺が宿を取ったのだ。資金に余裕が出来たのでギルド近くの宿に一週間で部屋を取った。朝晩食事付きで1泊大銅貨4枚、一週間で銀貨2枚を前払いしてきた。


 さすがに何日もソフィアさんにベッドを借りては申し訳ない。

 しかし、どうもイリスにはそれがお気に召さなかった様で、「うちに泊まればいい」と今も頬を膨らませて「ツーン」とそっぽを向いている。


「今晩はイリスさんの家で一緒に食べますから」


 とりあえず今晩はイリスの家で食べるからと宥める。


「今晩だけじゃダメです! 料金を払ってしまったから毎晩とは言いませんが、たまには家に晩ご飯を食べに来てください!! 」


 追加で要求されてしまった……ここは大人しく「分かりました」と返事をしておく。


「じゃあ許してあげます! 」


 なんとか許されたようだ。


「イリスさんは明日以降どうされますか? 俺は少なくとも半日はギルドの講習がありますから一日中森には入れませんけど? 」


 なんとなくイリスの予定を聞いてみる。別にパーティーを組んでいる訳でもないので彼女の予定を把握しておく必要もないのだが、まあ森に着くまでの雑談だ。


「指名依頼が無ければノブヒトさんに合わせます」


 イリスは当然といった様子で俺に合わせると言う。


「そこまでしていただかなくてもいいんですよ? 」


 申し訳ないので無理に合わせる必要はないと伝える。


「ご迷惑ですか? 」


 イリスは悲しそうにこちらを見てくる。


「とんでもない! すごくありがたいです!! ですが、俺の都合に合わせてもらってたらイリスさんのランクが上がらないでしょ? 」


 イリスは俺よりランクが2つ上のパールだ。俺に合わせると1つ下のアイアンの依頼しか受けられない。次のエメラルドへランクアップする実績を得るのにパールの依頼をこなす倍以上の時間が掛かる上、必須の護衛依頼が受けられない。


「別に私はランクアップを急いでませんから。ノブヒトさんが同じパールに上がってから一緒にランクアップ試験を受けてもいいんです」


 そう事も無げに言う彼女を見て、(なぜそこまで? )と内心首を傾げる。彼女の言葉から自分に対する好意のようなものは感じるのは確かだ。しかし、その理由が分からない。


 昨日たまたま森で出会っただけなのだ。しかも、助けられたのは自分なのである。これが逆ならまだ分かる。危ないところを助けられた相手が王子様に見えた、なんて言うのはイリスくらい初心なら「そういうこともあるか」と思う。だが、助けられたのは自分の方なのだ。


(もしかして所謂“だめんず”好きか? いや、それはそれで自分を“だめんず”と言ってるみたいでヘコむけど……)


 彼女の将来がちょっと心配だ。悪い男に引っかからないといいが……


 現実逃避はこのくらいにして、実際のところもし俺に好意を抱いてくれているとしてもそれに答えることは出来ない。俺は目的があってこの世界に来たのだ。いずれはウィーレストを離れて勇者候補を探すつもりだし、その事情に彼女を巻き込むつもりはない。それに目的を達成すれば元の世界に帰るつもりでいる。


(これ以上距離感を詰められないようにしないと……)


『彼女のために』と言えば聞こえはいいが、結局は情が湧いてこれからの行動に迷いが出るのを恐れているだけだ。


 そんなことを考えながら遠くに見えてきた森に向かって歩を進めた。



■□■□■□■□■□■□■□■□

 大河の森の手前には兵士の詰所がある。丸太の塀で四方を囲み、10人程度が寝泊まり出来る小さな木造の兵舎と物見櫓だけの簡単なものだ。


 この兵舎の役割は森の監視だ。森に大移動スタンピードの兆候が出た際はすぐに早馬でウィーレストへ知らせる役目がある。


 今日は魔法銃しか使わない予定だが、一応接近されたときのために左右の腰に剣を、投擲用のナイフを右の太ももに、魔法銃はベルトにホルスターを付けてちょうど腰の後ろくるように装備をしている。


 ベルトの右側には薬を受け取るついでに購入したポーチを付け、その中にポーションの瓶を入れてある。鎧にグローブ、すね当てにヘッドセットも装備してマントを羽織る。


 持っていたカバンの中身は宿屋に入った際、部屋に置いてきたフリをしてアイテムボックスに放り込んだ。ついでに軽く魔法銃を抜く練習をしたが、何度か練習しただけで淀みなく動作出来るようになったのはジョブの効果だろう。


 装備を確認し終えたのでイリスにどの辺りに行くのか確認する。


「ここから南に少し入ると開けた場所があって暴れ羊バーサクシープの生息地になっています。そこまでに少し一角兎ホーンラビットを探して、見つからなければ暴れ羊バーサクシープを狩って帰りましょう」


 今、俺たちがいるのは大河沿いに広がる森が平原側に広がっている場所の南側、ちょうど昨日森を抜けてきた場所の反対側になる。北側に広がる森には入らず正面の森を南に向かって進んで行くのだろう。


 昨日は不意に遭遇したためそんな余裕も無かったがこれから戦闘しにいくと思うとやはり緊張してくる。


「今日の相手は余程のことがない限り対処が難しくないので大丈夫ですよ」


 そんなに表情に出ていただろうか? イリスが安心されるように笑顔を向けてくる。


「分かってはいるんですけどね……」


 情けない話だがここは無理やり笑顔を作る。


「慣れないうちは暗くなると危ないので行きましょう! 」


 イリスに促され森へ入っていく。

 陣形は前にイリス、後ろに俺だ。本来は前衛が前に出るべきなんだろうが生憎イリスは弓で俺も魔法銃しか使わない予定だ。遠距離攻撃が2人というバランスの悪いパーティー構成なのは仕方がない。


 幸いにしてイリスのジョブは【狩人ハンター】で森の中での気配察知に優れている。今回は俺の武器の練習がメインなので、予めクリーチャーを発見した時点で俺が前に出て魔法銃で牽制、イリスが仕留めるという役割分担を決めている。慣れてきたら役割を入れ換える予定だ。



 森に入って30分くらい経っただろうか?

 後ろに見えていた平原はとっくに見えなくなりどこまでも木々が続いている。


 たまに見掛ける薬草を採集しつつ、一応俺も周囲の気配を探ってはいるが全く分からない。一応生き物がいることくらいは分かるのだが、それがどういった生き物なのか、こちらを襲ってくるのかは全く分からなかった。


 ふと、前を丸くイリスが足を止め周囲を窺う。視線が動くのに合わせて俺もそちらに目を向けると、20mほど先の茂みから一角兎ホーンラビットが姿を現した。体長は80cmほどと平均的なサイズだと思う。ただ、あちらの世界の兎からすると倍くらいの大きさなのでやたら大きく感じる。


 俺は魔法銃を抜いてイリスの前へ出る。その気配に気付いたらしい一角兎ホーンラビットもこちらに向かって突っ込んでくる。俺は慌てて銃を正面に構えると魔力を込めて、突っ込んでくる進路上に向けて引き金を引いた。


 実弾銃のような反動はないがタイミングが合わず、弾は一角兎ホーンラビットが通り過ぎた後ろに着弾する。

 思った以上に素早い! 修正して何度も引き金を引くがやはり着弾前に狙った位置を抜けられてしまう。


 距離が5mくらいに迫ったとき、後方から『ビュンッ! 』という音とともに俺の隣を“何か”が通過した!

“何か”は一直線に一角兎ホーンラビットへ飛んでいくとぶつかった。一角兎ホーンラビットは数歩前進した後に足から崩れ落ちた。


 角の付け根に刺さっていたのは、いつの間にか俺の左後方に移動していたイリスの放った矢だった。


「はぁぁぁぁ」


 息を吐くと身体から力が抜ける。ほんの十数秒の戦闘のはずが、何時間も戦っていたような気分だ。


 俺が脱力している間にイリスは仕留めた獲物に素早く近付くと、隣に少しだけ穴を掘った。

 次に後ろ足を持った獲物を持ち上げると、腰のナイフを抜いて首筋へ突き刺す。

 ナイフを引き抜くと穴の中に血が滴っていく。血抜きをしている様だ。


 彼女は血が抜き終わると穴を埋め、ポーチから布と液体が入った瓶を取り出す。布に液体を染み込ませ、獲物付けた刺し傷に貼り付けてから魔法の袋マジックバッグに収納した。


 ようやく落ち着いた俺は処理を全てイリスに任せていることを思い出し、慌ててそばに駆け寄った。


「すみません、処理を全てお任せしてしまって」


「ちゃんとした狩りは初めてなんですから仕方ないですよ」


 謝る俺にイリスは特に気にした様子もなく答える。


「全然思った通りにいきませんでした……」


 進路上に着弾させ足を止めるつもりが全て後方に着弾させてしまった。


「牽制を意識し過ぎたのが良くなかったかもしれませんね。初めてですし毛皮がダメになることより当てるつもりで撃つように言うべきでした。すみません……」


「いえ! そんなことは! 俺も牽制くらいなら出来ると思ってましたから……」


 動く相手に対して動きを予想して牽制することは当てるより難しいと気付くべきだった。そもそも単発ではなく弾丸をばら撒いて弾幕を張るほうが牽制としては正しいのかもしれない。


「そういえば血抜きの後に貼っていたのは何ですか? 」


 戦闘についての反省はあるが、その後の処理についても気になった。


「たぶん講習で教えてもらうと思いますが、あれは防腐液という腐敗を遅らせる薬品を染み込ませたものです。あれを貼っておけば一日くらいなら腐敗を遅らせることが出来るんですよ。薬屋とか道具屋で売ってる物なので持っていると便利ですよ」


 魔法の袋マジックバッグは単に見た目より容量が大きなカバンで、中身の腐敗などが防げる訳ではないそうだ。そのため先程のような防腐処理をしておかないと素材がダメになってしまうらしい。そこはアイテムボックスのほうが便利そうだ。


 数日遠征などを行う場合は一日毎に処理が必要で面倒なため、護衛依頼以外で3日以上の遠征をすることは稀らしい。


(まあアイテムボックスは獲物を入れておけるほど容量がないから一長一短だな)


 処理も終わったので次の獲物を探して移動する。


 その後も何度か一角兎ホーンラビットに遭遇したので、最初の失敗を踏まえて弾幕を張ってみたり、当てるつもりで狙ってみたりと試行錯誤を繰り返した。


 やはり牽制するなら数撃ちで弾幕を張るのが正しいようだ。細かく狙いをつける必要がなく大凡の範囲を撃つことで誘導もしやすかった。


 当てるつもりで単発の牽制も試してみたが、こちらは避けさせることで誘導するほうがいいことが分かった。その中で結果として仕留めることが出来るようにもなったため、思ったよりスムーズに魔法銃の扱いを覚えることが出来た。


「そろそろ魔法の袋マジックバッグの容量も一杯ですし暴れ羊バーサクシープは次の機会にして今日は帰りましょう」


 一角兎ホーンラビットを15匹ほど仕留めたところでイリスからそう言われた。空を見ると太陽も西に傾いてきているため今日の狩りを終了して街に帰ることにした。


「半日でもうそれだけ狙いが付けられるなんて凄いですね! 」


 イリスが自分のことのように喜んで褒めてくれる。


「かなりジョブの効果に助けられてると思いますけどね」


 なんだか照れ臭くてそう返したが、射撃訓練もしないでいきなりの実戦、しかも半日でほぼ正確に狙いを付けられる訳がないのでかなりジョブの補正が効いているのだろう。


「ギルドの戦闘実習を受ければすぐにでも昇格出来そうですね! 」


 イリスのテンションが高い。行きに話していた「一緒に昇格試験を受ける」というのは本気なのかもしれない。


 いずれウィーレストの街を離れることをいつ伝えるべきか、頭を過ぎった憂鬱な気分を振り払い俺は遠くに見える外壁に足を早めた。

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