第13話 マーケット

 中央通りに出て魔道具を置いている商店を何軒か回ってみたが、やはり魔法銃は高い。中古もあるのだが需要が高いため市場に出てもすぐに売れてしまうそうだ。


「はあ……」


 思わず溜息が出てしまった。分かっていたことではあるがなかなか厳しい。新品の属性無しの魔法銃が銀貨8枚、つまり平民のひと月の収入とほぼ同じである。


 貯めるにしても明日からギルドの講習が始まるため暫くは一日中森に入ることは出来ない。その上、宿泊費や消耗品の費用や今日頼んだ試作品の支払いだってあるしギルドでの調べ物もある。


 いくら普通の平民より実入りの大きい冒険者とはいえ、このままだとひと月後でも購入できるかは怪しいところだ。


(なるべくなら早めに購入して戦闘スタイルを確立しておきたいんだけど……)


 俺が頭を抱えていると、


「ノブヒトさん、マーケットに行ってみませんか? 」


 イリスがそう提案してきた。


「マーケットですか? 」


「はい、南門の中央通りから南東側には行商人や商人以外の人が物を売る市が立っているんですが、そこがマーケットと呼ばれているんです」


 フリーマーケットみたいなものか。


「そうなんですね。ですが、何故マーケットへ? 」


「マーケットには部品取り用に壊れた魔道具なんかを売りに出している人もいるんです。もう販売されていないような魔道具や普通の人には用途が分からない部品なんかも売られているので偶に掘り出し物があったりするんですよ! 」


 ジャンク品ってことか。確かに修理したり他のパーツと合わせてば使えるものもあるかもしれない。


「そうですね。行ってみましょう! 」


 今はまだ第2外壁の手前にいる。ここからマーケットの位置まではかなりあるため歩くと30分以上掛かる。


 先程三つ目の鐘がなったので今は10時過ぎくらいだろう。午後からは森に入りたいので一度ギルドにも行かないといけない。出来れば四つ目の鐘がなる頃には北門に戻ってきたい。あまりゆっくりは見られないので急いでマーケットに向かうことにした。



 かなり早足で南門までやってきた。イリスが付いて来られるかと思ったがそこは冒険者、とくに息が上がることもなく付いて来た。


 さて、中央通りから南東へ道を一本入ると、左右にびっしり商品が並んでいる。スペースは1人半畳くらい、ゴザを敷いて商品を並べただけの人もいれば荷車を陳列棚にしている人や本格的な屋台を出してる人もいる。


 人通りも多く進むのも大変そうだ。時間もあまりないのですぐさま人の流れに乗る。イリスにははぐれないように腕を掴んでもらった。顔を赤くしながらおずおずと腕を掴んでくる様子は、それほど年齢差はないのに妹を見てるような気分で微笑ましかった。


 目当ては魔法銃だがジャンク品や部分だけの可能性もある。魔道具のような物が置いてあるところを片っ端から見て他は全て無視して進む。


 販売してる人は片側で30人近く、左右合わせると60人(店)近くが出店してることになる。商品が少ないところはいいが商品数が多いと念のため細かく確認する必要がある。人出も相俟って片側を確認するだけでも結構時間が掛かった。


 イリスはまだ腕を掴んでいることに慣れないのか顔を赤くして俯いているので俺が主導でとにかく見まくる。右側はめぼしい物がなかったので続けて左側をチェックしていく。


 今日はハズレの日なのか元々そうなのかは分からないが、ジャンク品とはいえ魔道具を扱っている人が少ない。元々値が張る物なので家庭に普及している数が少ない上に高価な物なので普通は壊れても修理して使ったり不要になっても人に譲ったりするのだろう。


 もうあと数軒でマーケットを抜けてしまう。こりゃ今日のところは諦めたほうがいいかなぁ――そう思っていたときよく分からない物を売っている人を見つけた。


 それほど大きくない何かの部品、イリスの手でも握れば隠れてしまうだろうと思われるガラス玉のような物が付いている。純度は高く無さそうだが恐らく魔石だろう。


 売っているのは20歳を越えたくらいだろうと思われる茶髪のお兄さん。見る限りでは冒険者ではなさそうだ。


(イリスさん! イリスさん! )


 未だ俯いているイリスに小声で話し掛ける。


「はっ、はいっ! 」


 イリスが慌てて顔を上げる。大きな声だったので驚いた。


「うおっ!びっくりした!! 」


「す、すみません……」


 また顔を赤くして俯いていモジモジしているので彼女が掴んでいる手を少し引いてこちらに意識を向けさせる。


「大丈夫です。それよりもうすぐ前を通るあの茶色の髪のお兄さんが売ってる物、どう思います? 」


 とにかくイリスにも一度確認してもらいたい。彼女は俺の方に少し身体を寄せる様にして身を乗り出すと前方を確認する。


「まだはっきりとは見えませんが……魔道具の部品のようですね」


 やっぱりそうか。


「ちょっと話を聞いてみましょう」


 俺の提案にイリスも頷く。ちょうど茶髪兄さんの前に来たので立ち止まって話し掛けた。


「ちょっと伺いたいんですが、これは何ですか? 」


 俺はそう言いながら部品を指差した。


「あ、いらっしゃい。うーん、皆に聞かれるんだけど、僕にもよく分からないんだ」


 お兄さんはちょっとうんざりといった様子で困り顔。もう少し探りを入れてみるか。


「どういう物なんでしょうか? 」


「この前死んだ爺さんの部屋から大量のガラクタと一緒に出てきたんだけどさ、他の物は処分出来たんだけどこれだけ余っちゃって。よく分かんないんだけど魔力を集めるだけの魔道具みたいなんだ」


 ビンゴォォォォッ!

 当たりを引いたみたいだが、念のため小声でイリスにも確認する。


(どう思います? )

(魔法銃の物かは分かりませんが、魔力の集積回路のようですね)

(魔法銃にも流用できると思いますか? )

(そこまでは何とも……)


 ふむ、流用出来ない可能性もあるのか……とりあえず値段を聞いてみて安ければ買ってみるか。


「えっと、おいくらなんですか? 」


 恐る恐る聞いてみる。


「何に使う物かは知らないけど一応魔道具だからね。大銅貨8枚くらいで考えてるよ」


 思いのほか高い!殆ど手持ちの資金と同額だ……ここはなんとか値切りたい!


「俺も詳しい訳じゃないので確かではないですけど、それって魔道具の部品ですよね? 照明ライトの魔道具でも大銅貨5枚くらいなのにさすがに高過ぎませんか? 」


 ちなみな照明ライトの魔道具とは魔力を込めると2時間くらいだけ点灯する懐中電灯みたいな魔道具のことだ。


「そうなの? じゃあこれも大銅貨5枚くらい? 」


 ここはもう一押しか?


「いやいや、照明ライトは魔道具ですけどこっちは部分ですよね? それも魔力を集めるだけですよね? それとも貯めておけたりするんですか? 」


「魔力を流して集めるだけだよ。流すのを止めたら拡散しちゃう」


「そうでしょう? なら精々大銅貨1枚くらいじゃないですか? 」


「いくら何でもそれは安すぎるんじゃない? パーツって言うけど魔力はちゃんと集めるんだから立派な道具だよ! 」


 ここが勝負どころ!


「でも、集めるだけで使い道ないんですよね? たぶん他の部品も組み合わさないと意味のない物だと思うんですよ。魔石の純度もそんなに高くないようですし、ここは俺が大銅貨3枚で買いますよ」


「3枚? 5枚じゃダメかい? 」


「3枚です。俺も他の部分と組み合わせたら使えるかもしれないと思ってるだけで、もしかしたら本当に使い道がないかもしれないんですよ。3枚がダメなら諦めますけど、たぶん俺以外買わないと思いますよ? 」


「うーん、分かったよ! 大銅貨3枚でいいよ! 」


 遂に茶髪兄さんが折れた!


「ありがとうございます! ちなみにお釣りありますか?今銀貨1枚しか手持ちがなくて」


 銀貨1枚を見せる。大銅貨7枚は持ち合わせがないとのことなのでイリスに頼んで立て替えてもらった。


 商品を受け取ると何となくお兄さんもホッとした様子だった。実際は売れなくて困っていたのだろう。




 マーケットから離れて中央通りに戻る。


「すいません、代金を立て替えてもらって」


 イリスにお詫びする。


「大丈夫ですよ。今日の森での成果を分配するときに精算すればいいですから」


「ありがとうございます。あっ、もう腕離しても大丈夫だと思いますよ」


 イリスがまだ腕を掴んだままだったので一応つっこむ。


「あっ! す、すいませんっ!! 」


 慌てて掴んでいた手を離して顔を赤くして俯いていモジモジしている。うん、とりあえずこのラブコメっぽい空気を変えよう。


「ギルドに行く前にさっき寄った商店に寄ってもいいですか? 先にギルドに向かってもらってもいいんですが……」


「何かあるんですか? 」


「この部品が魔法銃に使えるか確認して、使えるなら工房を紹介してもらおうと思いまして」


 せっかく手に入れたのだ。魔法銃に使用できるのか確認しておきたい。


「確かにそうですね。私は構いませんよ」


「ありがとうございます」


 イリスも付いて来てくれるようなので、急ぎ北門へと歩を進めた。

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