第11話 扱いの難しいジョブ

 遠くで鐘の音が聞こえて薄らと目を開ける。薄暗い部屋の中、体の下からはいつもと違う感触がする。どこで寝てたっけ?昨日の記憶が曖昧だ。嗅ぎなれた自分の部屋とは違う匂いがする。


 ゆっくりと意識が浮上して、身体を起こして周りを見回す。少しずつ記憶が戻ってくる。そうだ、昨日はイリスの家に泊めてもらったんだ。


 時間がはっきりしないので何時くらいに寝たか覚えていないが、たぶんそんなに寝れてない。そんなに繊細だったかな?比較的どこでも寝れるのが特技だったのに。


 もう一度寝直そうかと思ったら、昨日食事をしたダイニングの方から微かに物音がした。まだ薄暗い時間に誰だろうか?


 ベッドから降りて靴を履く。部屋の入口からダイニングを覗くと、ソフィアさんがいた。


―ガタッ―

 

 薄暗かったため、入口で足をぶつけてしまった。


「あら? ノブヒトさん、おはようございます。起こしてしまいましたか? 」


 イリスがまだ寝ているからだろうか? 少し抑えた声でソフィアさんが挨拶をしてきた。


「いえ、鐘の音で目が覚めてしまったみたいで。それよりこんな朝早くからどうしたんですか? 」


 もしかして俺がベッドを借りてしまったためゆっくり眠れなかったのかと少し申し訳なく思う。


「ああ、私はこれからお仕事なんですよ」


「こんな早い時間からですか? 」


 あの鐘はたぶん一つ目の鐘だから、恐らく今は朝6時頃だと思う。こんな時間から仕事なんてどんな仕事だろう?


「ええ。亡くなった主人の友人がしている食堂で働いてまして、もうすぐ朝食のオープン時間なんです」


 さらっと「亡くなった」とか言われてしまった……


「でしたら、俺も一緒に出ます」


 ソフィアさんが出掛けてしまうと寝ているイリスと2人きり…うん、あんまりよろしくない気がする。


「あら、まだゆっくりしていていいんですよ? イリスが起きてくるのはもう少し後ですし」


「いえ、年頃の娘さんが寝ている家に男がいるのはさすがに良くないと思いますし」


「気にしなくていいんですよ? どうせなら一緒に寝てもらっても構いませんから」


 口元に手を当てて「おほほほほ」と上品に笑っているが、この人朝から何を仰ってるんでしょう? 昨日の夜と言ってることが全く同じだ……


「そんなことしたらさすがにイリスさんに怒られてしまいます。そろそろ出勤されるんですよね? 家の前まで一緒に出ますので行きましょう! 」


 俺は極力からかわれて苦笑している風に装ってソフィアさんを促す。


「本当にしてもらってもいいのに」


 ソフィアさんがまだニヤニヤしているので、「はいはい、早く行きますよ! 」と見ないふりをして家を出た。


 玄関を出てからも「今ならまだ~」とか「鍵を渡す~」とか言ってくるソフィアさんを軽くあしらい、漸く建物の入口まで来た。昨日立てた行動方針に合わせて、彼女にこの街に目的の施設があるか聞いてみた。


「ソフィアさん、少し伺いたいんですが、この街に図書館か本屋はありますか? 」


「図書館か本屋ですか? 領主様のお屋敷なら書庫くらいあるかもしれませんが街にはないですねぇ。何せ本は貴重ですし、文字を読める方も限られてしまいますから」


「そうですか……ならどこかこの時間からでも開いている喫茶店か無ければベンチがある公園なんかはありませんか? 」


 とりあえず座って昨日の考察や行動方針などを読み返したい。


「この時間でしたら中央通りの第2城壁前の広場はどうですか? 朝食の屋台がそろそろ出始めてる時間ですし、テーブルやイスを出してる屋台もありますよ。今ならまだ空いてると思います」


「第2外壁前の広場ですね! ありがとうございます。行ってみます。お仕事頑張ってください。いってらっしゃい! 」


 ソフィアさんと家の前で別れる。ニコニコしながらこちらに手を振っているので、軽くお辞儀をして第2外壁方面へ向かう。



■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 この世界では大体夜明け前に起き出して、夜明けとともに仕事に向かう人が多い。

 そして、日が落ちる頃に仕事を終えるという具合だ。


 俺が起こされた鐘は日の出に最初の鐘『一つ目の鐘』(今の時期は6時頃・季節によって前後する。)を鳴らし、それから大体一刻毎(約2時間・太陽の傾きで判断する)に、『二つ目の鐘』、『三つ目の鐘』と鳴らし、夜10時頃の『九つ目の鐘』が一日の最後の鐘になる。


 周りを見ながらゆっくりと第2外壁へ向かう。まだそこまで行き交う人は多くない。


 しかし、本屋どころか図書館もないのは誤算だ。これだけ大きな街なら図書館くらいはあるかと思ったが……


 だが、冷静に考えれば重要な書類以外はまだ羊皮紙が現役の世界だ。図書館なんてあっても下手したら羊皮紙のまま寄贈されているか、運良く写本されていても『大移動スタンピード』が起こって街に侵入されたりすれば、貴重な本が失われてしまうかもしれないような都市に図書館を作って本を保管したりするはずないか。


 となると、もっと内陸の都市に行くか大河の森に隣接していない地域に行かないと本を読むことは難しいかもしれない。一応ギルドにも聞いてはみるが、しばらくは行商人や旅人からの情報を重点的に調べよう。どの道ギルドの講習や装備を整えないと動けないしな。


 頭の中で昨日考えた方針の修正をしていると第2外壁前の広場が見えてきた。


 昨日夕方に見たよりも少ないがすでに数軒の屋台が出ていてちらほらと屋台のカウンターや店が用意したテーブルで朝食を書き込んで客の姿が見える。


 さすがに朝なのでガッツリとした肉ではなくシチューやサンドイッチの屋台のようだ。サンドイッチは食パンのような柔らかいパンではなく、バゲットのような硬めのパンの表面を軽く炙って生野菜を挟んだものだ。


 俺はシチューを一つ注文することにした。屋台の親父に声を掛けると木の器にシチューを入れて、木のスプーンと一緒に渡してくれた。1杯で鉄貨5枚、日本円で約50円である。採算が採れるんだろうか?


 シチューの器を持って少し離れた噴水の縁に座って屋台を眺めながらシチューに口をつけた。恐らく夜の料理の仕込みのときに出たクズ野菜や肉の筋なんかを放り込んで煮たんだろう。それならあの値段でも採算が採れるのかもしれない。よく煮込まれていて野菜の甘みや肉の旨みがシチューに溶け込んでいた。


 ゆっくり食べるつもりが一気に食べ切ってしまった。屋台へ向かい親父に器とスプーンを返すとまた噴水の縁に戻ってきて腰を下ろす。


 頭を切り替えて持ってきた手帳とペンをズボンのポケットから出す。気を付けないと人通りが多いので手帳を見られると面倒事になるかもしれない。何か手元を隠せるものを持ってくるんだった。


 勢いで出てきたことを後悔しながら昨日書いたメモを読み返す。図書館と本屋のところを一旦バツ印で消して行商人や旅人のところを丸で囲む。


 あとこの街で調査が可能なのはギルド、とくに過去に強力なクリーチャーを討伐したり、多くの人を救ったりした高ランク冒険者の資料がないか確認してみよう。それに講習の申し込みもしておかないと。


 そろそろイリスの家を出て1時間くらいだろうか? ここから冒険者ギルドによってイリスの家に戻れば着く頃には彼女も起きてるだろう。


 俺は立ち上がると中央通りをギルドへ向かって歩き始めた。





■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 中央通りを歩くこと30分ほど、ギルドが見えてきた。完全に夜も明けて道行く人も増えてきた。中央通り沿いは店舗が多いので飲食店や宿屋など朝食の提供をしている店舗ではすでにそれなりに人が出入りしている。商店も商品の搬入や品出しに追われているようだ。


 ギルドが近くなるにつれて冒険者っぽい風貌の人間も増えてくる。ちょうどタイミング的に今が朝の受付のピークらしい。もう少し時間をずらしてくればよかった。少し後悔する。


 護衛依頼などは場所によってもう出発していたりするだろうし、大河の森の森に入るにしても移動もあるのでそれなりに探索しようと思えばそろそろ出発しないと拙いのだろう。


 昨日大河の森での採集だけで稼ぐことを想定したとき夜明け前の出発を考えていたが、今後依頼を受けるときは本当にそのくらいに出たほうがいいかもしれない。


 パーティーの依頼受付待ちなのか、ギルドの前に集まる冒険者たちにぶつかりそうになりながら総合受付が空いていることを祈ってギルドの入口を開ける。


 入ってすぐ上の案内を確認すると総合受付には誰も並んでなかった。ちょっと安心してすぐに受付へ向かう。


 チラッと見るとカウンターには今日もおじさんおばさんばかりだ。ここのギルド職員には若い人はいないんだろうか? 若干ギルドの職員採用基準に首を傾げながら受付へ向かう。


「いらっしゃいませ。本日はどういったご要件でしょうか? 」


 ここもおばさんか、なんて思いながら要件を伝える。


「新人講習を受けたいんですが受付をお願い出来ますか? 」


「では、恐れ入りますがギルドプレートを確認させてください」


 一応首から下げてはいるんだが念のため外して受付のおばさんにギルドプレートを渡す。おばさんは手元にある昨日登録の時に使っていた機械の簡易版みたいな、二回りくらい小さな機械で登録の確認をしている様だ。


 やがて確認が終わったのかプレートを差し出してくる。


「お待たせしました致しました。確認させていただきましたので、プレートはお返しします」


 ギルドプレートを受け取り首から下げる。


「それでは受講料は銀貨1枚となります」


 胸元に入れた小袋から銀貨1枚を出して渡すと書類を2枚と羊皮紙を1枚渡された。


「こちらの1枚は受講契約書になります。もう1枚は控えになりますので、内容に間違いなければどちらにもサインをお願いします」


 内容は講習に参加する旨と受講料銀貨1枚に同意するといった内容だったので2枚にサインしておばさんに渡す。


 他の書類のときと同じように割印を押され、1枚は控えとして返却された。


「こちらは講習内容になります。受講が必須のものは講習の横に丸が付いてるので必ずご参加ください。参加には予め予約が必要です。定員になり次第、予約は締切となりますので予約は前日までにお願い致します。こちらの羊皮紙は全講習が終了後に返却していただきますので、無くさないように保管してください」


 渡された羊皮紙を見る。学校の時間割の様なもので、ひと月の講習内容が書かれている。午前と午後で同じ内容の講習がありどちらかを受講すればいいようだ。


 早速明日の講習内容を見る。ちょうど明日は受講必須の基礎①の講習があるので午後の講習の予約をしておく。合わせてギルドの資料の閲覧が可能か確認する。


「すみません。講習のこととは別に過去の高ランク冒険者の経歴や依頼内容、クリーチャーの資料等は閲覧出来ますか? 」


「はい。閲覧許可が出ている資料でしたら二階の資料室でいつでも閲覧可能ですよ」


「分かりました。ありがとうございます」


 受付のおばさんにお礼を言って受付から離れる。よし!少なくとも高ランク冒険者については調べることが出来る!!



 二つ目の鐘が聞こえてきたので、一旦ギルドを後にしてイリスの家に戻ることにした。次は装備についてイリスに相談しないと。

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