第10話 考察

 ソフィアさんがイリスの部屋に入っていった。一人の時間となった俺は、イリスに家に誘われた際に考えていたことの再検証と考察、これからの行動計画について考えることにした。


 まずは再考。

 

 ソフィアさんやイリスの言う通り、こちらで厄介になるかどうかは別にしてやはり街に滞在することを前提に考えた方がいいだろう。少なくとも一人では野営の際の見張りもままならない。


 クリーチャーが来ないのなら木の上で寝るのも有りだろうが、あれだけ木々の間を飛び移るクリーチャーがいたんじゃそれも不可能だ。つまり冒険者として路銀を稼ぎつつ戦闘技術を身につけていくしかない。




 次にあの自称“神”との会話を思い出し、疑問点やそれに対する推察や考察をまとめることにする。


 俺はアイテムボックスからこの世界に転移した際に着ていた高校の制服を取り出す。内ポケットを探って入れっぱなしにしていた手帳とボールペンを取り出して思い付いたことを箇条書きにしていく。



 ❮勇者候補について❯

 ①今この世界に勇者候補は何人いるのか? (何人生き残っているか? )

 ②俺より先に転移したのは何人か?

 ③勇者候補達の現在の強さは?

 ④こちらの世界の住人で勇者候補の協力者はいるのか?

(そもそも異世界人だと伝えることは出来るか?

 出来たとしてどうやって信頼を得るか? )

 ⑤俺以外で勇者候補全員で協力しようと考えている奴はいないのか?


 とりあえず思い付くままに書き出したことを眺める。


 あのとき奴は「13人の候補に勇者の欠片を」と言った。。つまり過去形だ。


 問題はその13人がいつこちらに転移したか、だ。あの時点で13人を同時に転移させた可能性ももちろんあるが、すでに何らかの事故か病気で最初に勇者の欠片を埋め込まれた候補者が死んで俺が補充要員だった可能性もある。


 奴の様子からあまりにアンフェアになるようなタイミングでの転移であれば、もう少し戦力が均等になるように転移時点で戦闘技術も与えられるような気がする。少なくとも今の時点では俺が一番弱い可能性が高いと思っておいたほうがいいが、追い付けないほどの差ではないということか?


 こちらの世界の住人やクリーチャーに殺されて欠片が取り込まれている奴がいる可能性もある。クリーチャーが取り込んでいる場合、少なくともフェルガント大陸で大河の森のクリーチャーならば『大移動スタンピード』が発生する可能性が高い。西側であればすぐに分かるし、東側で発生した場合もすぐに伝わる可能性は高いので情報はこまめに収集することにしよう。


 現地協力者がいる可能性はどうか?


 少なくともこちらの世界の住人に異世界人だと告げることが封じられているような感じはない。


 ならば魔王や勇者候補のことを伝えて協力を得ることは可能だろうか? いや、少なくとも異世界人や勇者候補であることを証明する方法がないと難しいか?


 今日街を歩いてみた感じ、多くはないが別に珍しくもないくらい黒髪黒目の人間がいた。容姿から異世界人だと訴えることは難しいだろう。かと言って勇者の欠片も勇者候補もステータスカードには表示されない。

 表示させることが出来れば、勇者候補という立場を利用して国とかに他の勇者候補の捜索を協力してもらうことも出来るかもしれない。だが、こちらが戦争等に利用されるリスクだってゼロじゃない。これは今のところ保留だな。


 俺以外で勇者候補全員で協力して魔王を倒そうと考える奴がいるか。いたとしても他の候補者を説得する方法が思い付かない。俺が他の12人の願いを叶えてもらうよう願うことは可能だが、12人の中に誰かを殺すことを願ったり不幸にすることを願う奴がいないとも限らない。そもそも俺が他の12人の願いが叶うことを願っても「それが本当に受理されるのか? 」という問題もある。


 もっと限定的に「12人の中で真っ当な願いだけを叶える」とかにしてみるか?


 それだって受理されるか分からないし願いが叶えられなかった奴は協力するだけ損だ。


 この際、俺が代わりに12人全員の願いを叶えるよう願うと言って欠片だけ集めて、魔王を倒したあとに真っ当な願いだけを叶えてもらうように願うか? しかし、そんな騙すようなことはしたくない。


 第一あの自称“神”が真っ当だと思う基準が分からない。復讐だって時代によっては真っ当な行いだ。奴がそれを肯定する可能性だってある。


 ダメだ。この辺は実際の為人を見てみないといい説得方法が分からない。最悪、人を不幸にするような願いの奴は屈服させて欠片を譲渡させるしかないかもしれない……。俺にそれが出来るだろうか……?


 とにかく当面の目標は、『俺自身が殺されない程度に強くなること』だな。


 俺は堂々巡りになりそうな思考を断ち切って、勇者候補に関する考察を打ち切った。




■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 勇者候補についての考察を一旦打ち切った俺は、次に魔王について考えることにした。


 ❮魔王についての考察❯

 ①魔王はいつ生まれるのか?

 ②魔王誕生の兆候はあるのか?

 ③本当に魔王は勇者にしか倒せないのか?


「ふむ…」


 魔王に関しては勇者候補以上に前情報がない。奴は「もうすぐ魔王が生まれる」と言っていた。そして、魔王のことを「バグやウィルスのようなもの」とも言っていた。つまり少なくともこの世界では、今まで魔王というものは存在してなかったことになる。


 そうなると過去の文献なんかを調べてもあまり意味は無いかもしれない。ならば何か魔王誕生の兆候のようなものがないか調べてみるほうがいいかもしれない。行商人などに他の地方で過去に起こったことがないような現象などが発生してないか聞いてみるか。


 しかし、本当にこちらの世界の人間に魔王を倒すことは出来ないのだろうか? 少なくとも今日冒険者ギルドで聞いた話ではダイヤ級の冒険者は化け物みたいな戦闘力を持っているのだろうと想像できる。そういった英雄みたいな存在を集めればこちらの世界の人間だけでも魔王を倒せるのではないだろうか?


 奴はこちらの世界の人間を「抗体や免疫のような自浄作用」で「そういったもので対処出来ないから勇者候補という修正プログラムや薬を投与する」と言っていた。


 しかし、免疫力を高めることで病気を予防したり薬に頼らないことで自浄作用を高めることも出来るはずだ。


 ただ、奴は「魔王を倒すには13個の勇者の欠片が必要」とも言っていた。つまり勇者の欠片は魔王の弱点、或いは魔王に対する切り札の可能性が高い


「結論はやっぱりこちらの世界の人間だけでは魔王を倒すのは難しいということか……」


 そもそも魔王が誕生する切っ掛けとはなんなんだろうか? 【ウィルス】はまだ分かる。ほとんどの場合、ウィルスとは外部から侵入した要因、つまり俺たちのような存在だろう。


 しかし、【バグ】となるとエラーなどの蓄積による内部要因ということになる。


「単なる比喩で、外部からの治療が必要ということを説明するために使ったのかもしれないが……」


 外部要因にしろ内部要因にしろ魔王が誕生する要因さえ分かれば、それを取り除くことで魔王の誕生自体を阻止することが出来るはずだ。


「外部要因であるならば管理者権限しかなくて世界に干渉出来ないからって、外部からの侵入を阻止するのは内部干渉にはあたらないはずだ」


 外部からの侵入を阻止することが内部干渉にあたるならば、外部から俺たちを送り込むことだって内部干渉になるはずだ。少なくとも俺たちを送り込んでいる以上、外からのアプローチは『世界に干渉しない』という禁則には触れないはずだ。


「いや、そもそも外部から侵入した要因が内部で起こす事象自体は必要している、一部の事象のみが不要という可能性もあるか? 」


 そこから数十分あれこれと悩んではみたがパラダイム・シフトは起こりそうもない。


「ダメだ……情報が足りなさ過ぎて、今の段階ではどれも『可能性がある』という憶測でしかない」


 魔王もそうだが勇者もこの世界に存在しているのだろうか?


 少なくとも異世界の常識には該当するような知識はない。あちらの世界の場合、識字率や教育水準が低くても民間伝承や童話などで平民にも英雄譚などは流布していたはずだ。


 しかし、異世界の常識には勇者や魔王の該当がない。支配階級や知識人にはそういった伝承なども伝わってる可能性があるが、少なくとも平民レベルではそういった伝承は広まっていない可能性が高いということだ。


「また可能性の話ではあるがこちらは予想が当たっている可能性が高い。少し危険かもしれないが明日イリスさんに確認してみるか」


「そういえば勇者や魔王、英雄以上に“神”に関する常識が少ないなぁ」


 昼に確認した時には大陸内で東西の人の流れが限定されるため布教が十分行えず、どの宗教も狭いコミュニティの中でしか広がらなかったのではないかと考えていた。


 しかし、今日ウィーレストを見た限りでは人の行き来が少ない訳ではなく、大陸西側の商品も東側の商品も売られていた。これはつまり、西、という事だ。


「これは異世界の常識という知識はあまり信用しないほうがいいかもなぁ。情報を取得するのに何らかの制限が掛かっているかもしれない」


 今自分が持っている情報に信憑性がない以上、これ以上の思考は意味がないだろう。


 俺は思考を止めて、これからの具体的な行動方針を決めることにした。




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 自分が実際に見た情報以外は信憑性が持てないことが判明した。これからは自分を鍛えつつ、想定よりも多く情報収集に時間を割かなければいけない。


 ただ、これはあの神の言葉が信用出来ない可能性を示しており、奴の矛盾を見つければ他の勇者候補を説得出来る材料になるかもしれないということだ。そういう意味ではこの時間も全くの無駄では無かったということだろう。


 さて、とにかくこれから必要なことと行動を書き出してみよう。


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 ❮行動方針❯

 ①戦闘技術の向上

 →ギルド講習の受講、大河の森の探索(イリスに相談)


 ②この世界の常識の調査

 →それとなくイリスやソフィアさんなんかに聞いてみる。


 ③この世界の神についての調査

 →図書館や本屋の探索、可能であれば教会や聖職者への接触


 ④勇者や魔王、英雄についての調査

 →図書館や本屋の探索、冒険者ギルドで過去の高ランク冒険者なども調べてみる。可能であれば支配階級や知識人への接触


 ⑤魔王誕生の兆候に関する調査

 →行商人や旅人からの聞き取り


 ⑥この世界の国家についての調査

 →行商人や旅人からの聞き取り


 ⑦路銀の確保

 →ギルド依頼の受注、大河の森の探索(イリスに相談)


 ⑧装備の確保

 →メインはやはり剣か? (イリスに武具屋を紹介してもらう)


 ⑨勇者候補の行方

 →基本は行商人の噂や短い期間で冒険者ギルドのランクを上げている者などを探してみるか?

 最悪はあえて勇者候補の噂を流してみるのもありか?

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 とりあえずこんなところだろうか? ギルド講習を受けるにしても依頼や大河の森の探索をするにしても、やはり早急に装備を揃える必要があるだろう。


 どこでも入手がしやすく汎用性が高いのはやはり剣だろうか?確か相手のリーチの外から攻撃出来るため素人には槍も扱いやすいと聞いたことがあるような気もするが、森で使うには取り回しが不便だろう。


 あとは盾を装備するかどうかによっても変わってくるだろう。対人の際にはなるべく非殺傷にしたいので峰打ち出来る刀があればいいのだが、そこまで贅沢は言わないのでせめて片刃の剣があればいいのだが……


 ただ、武器ならある程度使えるジョブなので状況に応じて臨機応変に形状が変わるような武器があれば理想だな。


 イリスにはいろいろ聞きたいこともあるし明日は早起きしてイリスに予定を確認してみよう。


 ある程度行動方針も固まった俺は激動の一日の疲れからか泥に沈むように意識を手放した。

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