第5話 治療院
『冒険者の街』なんて言われているのでどれだけ猥雑な街かと思ったが、門を抜けた先に広がっていた目抜き通りは、意外にも整った街並みだった。
もちろん路地に入ると分からないが、何件もの宿屋が並び、その奥には大河の森の素材を使用した商店が軒を連ねている。真っ直ぐに延びた道の先、恐らく街の中央と思われる付近には噴水があり、屋台らしきものも見える。
ちょうど夕方に差し掛かる時間、俺たちと同じように森から戻ってきたと思わしき冒険者や今街に着いたであろう商人が行き交っている。
行き交う人に圧倒されて少し立ち止まっていたが、通行の邪魔になると気付き、道の脇で待っているイリスの元へ向かう。
「お待たせしました。すごい人の数ですね! 」
「ええ、この時間帯はとくに人通りが多い時間帯ですからね。ようこそ! 国境の街ウィーレストへ! 」
イリスが笑いながら答えてくれた。どうやら柄にもなく興奮していたらしい。恥ずかしくなり頭を掻いて誤魔化す。
「さて、本当は先に薬屋か治療院に行くのがいいですが、お財布に余裕がないようでしたら先にギルドで素材の売却を済ませてしまいますか? 」
そう言えば痛みも引いていたため怪我のことを忘れていた。確かに先程入場税で大銅貨2枚を払ってしまったため残りは鉄貨20枚と銀貨1枚のみ、正直心許ない。
薬屋なら銅貨5枚、治療院なら大銅貨3枚~5枚程度のはずだが、そうなると食費を切り詰めても安宿に精々2泊か3泊分しか残らない。
「あの~、念のために伺いますが……この街の治療院はいくらくらいでしょうか? 」
常識は分かっても地域毎の相場は分からない。ここは地元っ子のイリスに聞いてみる。
「この街は冒険者が多いので、他より少し安くて大銅貨2枚ですよ。薬は在庫や種類にもよるのですが、大体銅貨5~大銅貨1枚くらいでしょうか? 」
となると、日本円で8~9千円の残りか。安い宿で食事を付けて2泊、素泊まりだと3泊分しか残らない。最悪食事はアイテムボックスの中の携帯食糧を食べればいいが……
とはいえ、ここでしっかり治療しておかないと、明日以降の活動に支障をきたす可能性もある。薬の効果などは明日以降に自分で確かめるとして、資金に不安はあるがここは治療院に行っておこう。
「では、申し訳ありませんが、治療院へ案内してもらえますか? 」
イリスに治療院への案内を頼む。
「治療院ですね。すぐそこですよ」
そう言って彼女が歩き始める。
歩き始めて2分程で白く塗られた、何も書かれていない看板の前でイリスが立ち止まった。隣には瓶のようなマークの看板の建物と、盾に剣を二本クロスさせたようなマークの看板が掛けられた一回り大きな建物が並んでいる。なぜだかイリスがクスクス笑っている。
「ここが治療院です。すいません。実は隣が薬屋で、その隣は冒険者ギルドになります」
イタズラが成功した子供のような表情だ。
「なるほど。どちらも冒険者に需要が高い施設だから当然ですよね」
妙に納得してしまった。
「量が多いので私は先にギルドの方で換金の手続きをしておきますね」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
にっこり笑うとイリスは冒険者ギルドの方に歩いていった。
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「失礼します」
声を掛けながら治療院の扉を開ける。病院のようなところを想像していたが、中はどちらかと言うと整体院やマッサージ店のような形で、待つ人用なのか入り口の近くにベンチが一つと、板で簡単に仕切られただけの診察スペースが三つだけの簡素な作りだった。
「いらぁっしゃいませぇ」
おっとりした声にカウンターの方を見ると女性が立っていた。
金に近いピンクゴールドの髪はふわっと緩くウェーブしており、大きな翠の瞳は優しげな垂れ目、小さな鼻にぷっくりとした唇、身長はイリスよりも高く160cmくらい、年齢も恐らくイリスより上だと思う。
服装は白を基調に所々青の糸で刺繍がされているゆったりとしたローブでボディラインが出ないようなデザインだ。どこか意思が強そうな少しつり目で美人なイリスに対して、この女性は雰囲気が柔らかく可愛らしい感じがした。
「当治療院のぉ治療師をしておりますぅ、ラナ・クライスと申しますぅ。本日はぁどのような治療でしょぉかぁ~? 」
少し語尾を伸ばした独特な喋り方で、人によってはイラッとしそうなのだが、不思議とこの人だと嫌な感じがしない。
「俺はノブヒト・ニシダと申します。旅の途中、森の中で
「かしこまりましたぁ。ではぁ、一番右のぉ診察室にお入りくださぁ~い」
ラナさんに促されて一番右の仕切りの中に入る。
「こちらにぃお座りくださぁ~い」
促されて手前の椅子に座る。
「一番酷いのはぁ左肩のぉ傷ですぅかぁ~? 」
「ええ、そうです」
「傷のぉ具合を見るぅのでぇ~、包ぉ帯を外しまぁすねぇ~」
結んでいた布を切って、薬草を剥がされる。
傷口に張り付いていたようで、剥がす際に少し痛みがあった。
「う~ん、傷はぁ大きぃでぇすがぁ、深ぁくはなぁいようでぇ、もう出血もぉ止まぁってまぁすねぇ~。これならぁ初級治癒魔法を全ぇ体に掛けぇるだけでぇ、大丈ぉ夫そうでぇすねぇ~」
「よ、よろしくお願いします」
初めての治癒魔法のため、若干緊張する。
「そぉんなに緊張しなくてぇもぉ、大丈ぉ夫ですぇよぉ~。力をぉ抜いてぇ楽ぅ~にしてくだぁさぁ~い」
言われた通りなるべく意識しないようにする。
「我、ラナ・クライスが祈る 癒しの光を持って彼の者の傷を癒せ ヒール」
意外としっかりした口調でラナさんが詠唱すると、身体が温かい光に包まれた。とくに左肩は温かいような、なむず痒いような、不思議な感覚だ。
「はぁ~い。これでぇ治療は終ぅ~了ぉ~ですぅ~。気分が悪ぅくなったりぃしてませぇんかぁ~? 」
「はい、大丈夫そうです。ありがとうございました」
頭を下げてお礼を述べる。
「いえいえ~。ではぁ~、お代はぁ大銅貨2枚になぁりまぁ~すぅ~」
「ではこちらで」
銀貨1枚を渡す。
「大銅貨8枚のぉお釣りでぇすねぇ~。用意しまぁすのでぇ~、入り口のぉカウンターまでぇお越しくぅださぁ~い」
ラナさんはニコニコしながら一度奥の部屋に引っ込む。言われた通りに診察室から出てカウンターの前へ向かう。
「お待たせぇしまぁしたぁ~。こぉちらお釣りのぉ大銅貨8枚になりまぁ~すぅ~」
お釣りを確認して小袋にしまい、小袋を上着の内側に片付ける。
「ありがとうございました」
改めてお礼を述べる。
「いえいえ~。次はぁ怪我がないよぉうお気をぉ付けくぅださぁ~い」
「はい、気を付けます。ありがとうございました。失礼します」
ニコニコしているラナさんに会釈して治療院を出た。
時間にして10分も掛かってないと思うが、イリスを待たせても悪い。俺は足早に2軒隣の冒険者ギルドに向かい歩き始めた。
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