第一章 異世界サバイブ

第1話 異世界事情

 扉に一歩踏み出した瞬間、光に包まれた俺は目を閉じた。


 次に目を開けると周りは森であり、後ろを振り返ると扉はなくなっていた。

 辺りを見回してみるがどこまでも森が続いており、道らしきものは見当たらない。


 魔物がいる世界と聞いていたがとりあえず周りにそんな雰囲気はない。木漏れ日が差すいたって普通の―それこそ日本のどこか田舎の山の中と言われても信じてしまえるような―森だった。


 それでも一応暫く身構えてみたものの、周囲からは鳥の鳴き声が聞こえるくらいでとりあえず何かにいきなり襲われるような危険は無さそうだ。そう判断した俺は漸く少しだけ緊張を解いた。


「そう言えば安全なうちにあれこれ確認しとかないと」


 扉をくぐる前に自称“神”から言われたことを思い出し、まずはプレゼントとやらを確認することにした。


「うーん、言語は人に会わないと確認出来ないとして、とりあえずは荷物の確認かな。えっと…アイテムボックスオープン! 」


 なんとなくそう言えばアイテムボックスが開くのが分かった。どうやらこれが異世界の常識ってやつの効果らしい。声に出してみると目の前に黒くて丸いバスケットボールくらいの穴が出てきた。


 俺が恐る恐るその穴に触れると、頭の中にアイテムボックスの中身が浮かんできた。中にはこちらの世界の服や靴、数日分の水や食料、ナイフと縄に小さい袋が入っているようだ。


 もう一度辺りを見回し、危険がないことを確認してアイテムボックスから服と靴を取り出す。そのまま手早く着替えてしまい、今まで着ていた向こうの服と靴はアイテムボックスに放り込んだ。


 服は麻と何かを重ねて縫い合わせた物のようで、ごわごわして着心地は良くなかったが、丈夫でちょっとくらい無茶をしても破れる心配は無さそうだ。


 更にアイテムボックスからナイフを取り出して腰のベルトに差し込む。同じように水が入った袋を取り出し、こちらもベルトに括りつけて小袋を出す。開けてみると中には小さな銀色の板と、硬貨が数十枚入っていた。


 とりあえず板は後回しにして硬貨を確認する。鉄貨が20枚、大銅貨が2枚、銀貨が1枚入っていた。


 異世界の常識によると貨幣の基本的なレートは、鉄貨10枚=銅貨1枚、銅貨10枚=大銅貨1枚、大銅貨10枚=銀貨1枚、銀貨10枚=金貨1枚、金貨10枚=白金貨1枚のようだが、含有量や供給量で多少レートに変化があるらしい。


 貨幣価値も物価が異なるため一概に言えないが、大体鉄貨1枚が10円前後、白金貨は1枚で100万くらいの価値があるようだ。


 一般的な平民の月収は銀貨7枚ほどなので7万円前後。少なく感じるが光熱費は薪代とロウソク代くらい、家賃が平均銀貨2枚程度なのでこの収入でも4~5人家族は充分生活していけるみたいだ。


 金貨は平民が見ることはほとんどなく、白金貨ともなると大商会や上級貴族が大きな支払いをするときくらいしか使わないらしい。


 とりあえず今の所持金は日本円で1万2千200円。平均的な宿屋が素泊まりで大銅貨3枚、朝夕の食事が付くなら大銅貨4枚~5枚ほどみたいなので、食事付きなら3~4泊程度というところ、早急に何らかの仕事をする必要があるだろう。


 仕事をしつつ、自衛できるだけの戦闘力を身に付け、勇者候補を見つけて協力してもらえるように説得しなければならない。分かってはいたがなかなかハードなようだ。




 お金の確認が済んだので、次は一緒に入っていたカードを取り出す。


 これは所謂【ステータスカード】というやつで、この世界では身分証明書になるものだ。10歳になれば誰でも教会で銀貨1枚で発行してもらえる。


 ステータスカードと言っても記載されているのは名前、年齢、ジョブ、犯罪歴くらいで、ゲームみたいに能力値やスキルのようなものが表示される訳ではないらしい。


 この世界の人は多かれ少なかれ魔力を保有しているので、その個別のパターンをカードに登録すると、本人が触れることでカードに登録情報が表示される。

 各種手続きの際には本人が触れたものを目視確認するか、専用の読み取り機で登録内容を読み取るらしい。


 早速カードに触れてみると俺の登録情報が表示された。


 名前:ノブヒト=ニシダ

 年齢:17歳

 ジョブ:万能戦士マルチファイター

 犯罪歴:なし



 ジョブというのは所謂職業のことで、複数取得することもできるようだ。このジョブによって職業の習熟度や使用する道具の性能に差が出てくる。


 例えば【剣士フェンサー】なら剣の習熟度が高く、性能をフルで発揮出来るが、【騎士ナイト】のように盾を使ったりフルプレートメイルを装備してもその性能を100%発揮することは出来ない。


 俺のジョブ【万能戦士マルチファイター】はその名の通り、あらゆる武器を平均以上に使いこなせるが、それぞれの専門職に比べると習熟度、性能は劣る器用貧乏のようなジョブらしい。その代わり場面に応じて武器の持ち替えが可能なため、適応力は高いと思われる。



 とりあえず能力と荷物の確認は出来たので、そろそろ移動することを考えないといけない。


 俺はアイテムボックスの中から紐付きのバッグを取り出して肩に担ぐと、どの方向に進むか決めるために改めて辺りを見回した。


「さて、問題はここがどの辺りで、どの方向に進めば人のいるところに出るか、か……」


 もう一度辺りを見回しみるが、前後左右、どこを見ても森が続いているだけ。道も森の切れ目も見当たらない。


「うーん、太陽の位置を見ても今が何時くらいか分からないから参考にならないし……」


 異世界の常識によるとこの世界も太陽は東から登って西に沈むらしい。


 ただ、この異世界の常識の厄介なところは、常識しか分からないところだ。


 あくまで大多数が常識と認識していることしか分からないため、例えば学者や研究者などの一部の知識人が有している先端知識はこれに当てはまらない。


「とりあえず南の大陸ではないことは確かだと思うんだけど……」


 この世界には3つの大陸がある。

 一番大きなフェルガント大陸、その西にあるアーリシア大陸、2つの大陸の南にあるクロギア大陸である。


 この3つの大陸のうち、南にあるクロギア大陸は年間を通して気温が高く、大陸の5割が砂漠、3割が岩山でなんとか耕作が可能な地域は2割ほどしかないそうだ。


 鉱物資源が豊富な大陸だそうで、岩山にはドワーフと魔族が、砂漠には砂漠の民の国があるらしい。


 ちなみにここで言う魔族は、魔王の眷族という訳ではない。


 彼らは普通の生物と食性が異なるそうで、基本的にマナという魔力の素を糧としているそうだ。もちろん普通の食事も出来るらしいが、それも食事に含まれるマナを吸収しているらしい。


 そのため他の種族に比べ魔法適性が高く、ドワーフが作製する武具に魔法属性を付与する、所謂【付与師エンチャンター】を生業にしている者が多いそうだ。


「季節はわからないけど、周りを見る限りは南の大陸ではないよなぁ。そうなるとフェルガントかアーリシアなんだけど……どっちも森の多い大陸だからなぁ。」


 この世界最大の大陸、フェルガント大陸は最北端にある万年雪に覆われた山脈から湧き出る水が、そのまま大陸を横断し海まで続く大河になっている。この大河は広いところだと川幅が数kmにもなり大陸を東西に分けている。


 山脈の麓は樹海が広がっており、そこを抜けると平原がある。大陸中央では平原から南下するとすぐに大河に沿って森が広がっているため、大陸の東西を移動するためには樹海から大河の森までの間に架かる橋を渡るしかないらしい。


 大河に沿って広がる森はそのまま“大河の森”と呼ばれているようで、非常に豊かなのだがクリーチャーが多く開拓は進んでいないようだ。


 また、“大河”というくらいだから川幅も広く、水中にクリーチャーや獰猛な動物が多く生息しているため、新たに橋を架けたり舟で移動するのも難しいらしい。


 ただし、この大河やその支流のおかげで水が豊富な上、大地は肥沃で平地も多い。森の資源にも恵まれているので3大陸の中では一番人口が多く、他の大陸からの移住者も多いため、様々な種族が生活している大陸でもある。その分国も多く、ここ数年は落ち着いているものの戦乱の多い大陸でもあるそうだ。


 最後の西の大陸アーリシアは森と湿地の大陸と言われている。

 やはり耕作可能な地域が限られているため、主に狩猟や採集で生活の糧を獲ており、獣人種やエルフが多く住む大陸だと言われている。


 獣人種もエルフも種族ごとに小さなコミュニティを形成しており、縄張り争いなどの小競り合いが多い地域だそうだ。


 なお、この世界ではエルフ・ドワーフが精霊信仰、獣人種は祖霊信仰、人種は多神教で大きな宗教組織がないため宗教対立は少ないらしい。


「さて、周りの雰囲気からはたぶんフェルガントだと思うんだけど、森を出ないことにはこの後の行動も決められないし、とりあえず太陽の方角に歩いてみるかな。森を抜けるか大河にぶつかるだろうし。ついでに街に着いた時に売れるものも採れるといいなぁ」


 そんな皮算用をしながら、俺は空っぽのカバンを肩に担ぎ直すと太陽に向かって歩き始めた。

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