第2話 初採集!初戦闘!

 どのくらい歩いただろうか? 体感ではそろそろ2時間くらいだと思う。太陽が少し傾いてきた気がするので、どうやら西に向かって歩いているようだ。


 進みながら目に付いた薬草や木の実、果実なんかを採集していく。このあたりは異世界の常識があって助かった。【薬師メディスン】のような専門知識は無いが、見分けるのが簡単な物は採集しておく。数がないと大した金額にはならないだろうが、それでも街に着いた際に売れば多少の路銀にはなる。


 採集した物は肩にかけたカバンに放り込んでいる。薬草にしろ果実にしろ怪我した場合やこのまま野営になった場合は自分でも使えるので、どれだけ採集しても損にはならない。


「しかし、なかなか森から抜けないなぁ。どれだけ広い森なんだけど……」


 どこを見ても木、木、木の風景に少し飽きてきた。今のところクリーチャーにも出会っていないので、ちょっと気も弛んできた気がする。


「おっ、ここにも薬草発見~! 」


 かなりの数の薬草が群生しているので、少し足を止めて採集していく。買取価格はそれほどでもないとはいえ、かなりの数を採集している。さすがに宿代にはならないだろうが食事代くらいにはなるのではないだろうか?


 そんなことを思いながら採集した薬草を束ねてカバンにしまい、さあ移動を再開しようと思ったとき、背後の茂みがガサガサと動いた。


 担いだカバンを足元に置き、腰からナイフを抜いて身構えた瞬間、茂みから影が飛び出してきた。


「くっ! 」


 咄嗟に横に転がり影の突進を躱す。素早く起き上がり影の方を見ると、そこには130cmくらいのデカいネコが毛を逆立ててこちらを威嚇していた。


「あれは確か森山猫フォレストリンクスだったか? 」


 森山猫フォレストリンクス

 森に広く分布しているクリーチャーで、単独で狩りをするらしい。それほど強いクリーチャーではないそうだが、木々を飛び移りながら死角から攻撃を仕掛け、獲物の体力を奪い仕留めるなかなか狡猾で、嫌らしい狩り方をする魔物だ。


 暫く睨み合っていたが、奴は再び突進してくる。慌てて横に転がり躱すが、今度は突進の勢いのまま後ろの木にかけ登っていく。そのまま目にも止まらぬ速さで木から木へと飛び移り、こちらの隙を伺っているようだ。


 俺は奴から目を逸らさずに少しずつ後ろに下がり、木を背にする。これで背後は気にしなくても大丈夫なはずだ。


 なんとか奴に攻撃を仕掛けようと思うのだが、俺には格闘技はおろかケンカの経験すら殆どない。それでももっとまともな武器でもあればどうにか出来るかもしれないが、小さなナイフ一つでは接近しないと攻撃出来ない。そして、俺に自分から飛び込んでいく勇気は…ない。


(どうすれば…どうすればいいっ!? )


 俺が恐怖にパニックを起こし掛けている間にも奴はどんどん加速していく。そして、こちらの目が追い切れなくなった瞬間、奴は矢のような速さで飛び掛ってきた。


 こちらもなんとか奴が飛び込んできたときに反撃しようとするが上手くいかない。急所は守っているが、四肢や胸などが奴の鋭い爪で引っ掻かれていき、細かい傷が増えていく。


 俺のジョブ【万能戦士マルチファイター】はどんな武器でもその性能を落とさず使用できるが、それはあくまで『使』だけであり、戦闘技術までサポートしてくれる訳ではない。結局そのあたりは訓練や経験を積まないと向上しないということだ。


 俺が何度目かの突撃を躱すと、奴はまた木々の間を移動し始めた。


 もう何度も繰り返されいる展開に少し気が弛んだのかもしれない。じんじんと痛む身体中の傷が熱を持ち、頭がぼうっとしてくる。


 なのでほんの一瞬、奴から目を離してしまった。


「ヤバいっ! 」と思ったときにはもう遅かった。奴は俺が背にした木に飛び移ると上から落下してきた。まさか自分が背にしている木から攻撃が来るとは思っていなかった俺は咄嗟に手で頭を庇ったが、そのまま上に圧し掛かられる様にして押し倒された。


「かはっ!! 」


 倒された衝撃で口から空気が漏れ、頭をぶつけた衝撃で、目の前がちかちかと点滅する。


 奴は前脚で俺の両肩を抑える。

 マウントポジションを取られ身動きが取れない!

 なんとか体を捻って暴れる。奴の爪が肩に食い込むが気にしていられない。

 強引に右肩を拘束から外す。


 奴が喉に食らい付こうと口を開いたところを、抜け出した右手を顎の下から押し退ける様にして間一髪ガードする。押し倒されたときに落としたのか持っていたはずのナイフがない。


 なんとか身を捩り出来た隙間。そこに自由に動く脚を強引に捻じ込んで下から腹を蹴り上げた。ちょうど巴投げの様な要領で奴は後方へと飛ばされていく。


「ぐっ! 」


 蹴り飛ばした瞬間、奴に抑え込まれていた左肩を爪で切り裂かれる。痛みで蹲りそうになるが強引に起き上がった。


 蹴り飛ばした奴は空中で姿勢を立て直し、地面に上手く着地した様だ。


 再度睨み合いの膠着状態になる。ちょうど奴と俺との中間に持っていたナイフが転がっている。なんとか奴の攻撃を躱してナイフを拾わないと攻撃手段がない。


 奴から視線を逸らさず、切り裂かれた左肩を抑える。傷の深さは分からないが、ぬるぬるとした血の感触が右手に伝わってくる。長引くとそれだけこちらが不利になる。ここは一か八か、飛び込んでナイフを拾い奴を仕留めるしかない!


 後から考えれば恐ろしい話だが、このとき俺はハイになっていたのだろう。

 最初あれほど怖かったことなどすっかり忘れ、覚悟を決めて飛び込むタイミングを計る。奴もこちらに飛び込もうと身体を沈めた瞬間、「ヒュンッ」という音とともに奴が崩れ落ちた。


「へっ? 」


 一瞬何が起きたのか分からなかった。頭の中が真っ白になる。


 暫く呆然と奴を見つめ、漸く首に一本の矢が刺さっているのに気付いた。どうやら誰かが矢を放って奴を仕留めたらしい。


 一気に緊張が解けてその場に座り込む。


 まだこの矢を放った何者かがここに来るかもしれないので、早くナイフとカバンを拾って立ち去ったほうがいいのだが、一度力が抜けてしまった体はうまく動かない。それどころか今更になって恐怖に体が震え出す。


(ク、クソッ! 落ち着けっ!! )


 なんとか移動しようと体を動かし掛けたとき、背後から足音が聞こえた。


 腹をくくって身構える俺に聞こえてきたのは、


「大丈夫ですか? 」


 という意外にも透き通るような綺麗な声だった。

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