勇者ゲーム ~13人の勇者候補は願いを叶えるため異世界で殺し合う~
玄野 黒桜
プロローグ
「うっ……」
頭の痛みで意識が浮上する。
地面からは固い感触、どうやら倒れているらしい。
目を開けてゆっくりと身体を起こす。
辺りを見回すが薄暗い。夜なのだろうか?
目を凝らしてみるがどこまでも薄暗い空間が広がっている。
「ここは…どこだ…? 」
意識が戻る前の一番最後の記憶を辿ってみる。
確か学校帰りにいつものように近所の神社で野良猫を撫でていたはず。
その後は…
「確か別の猫が咥えて持ってきたものを受け取って……」
どうにもそこからの記憶が曖昧だ。こんな場所に見覚えはないし、来たこともない。
――拉致とか何か事件に巻き込まれた?――
嫌な想像が頭に浮かぶ。
――助けを呼んでみるか?――
しかし、犯人が近くにいると危険かもしれない。
「そうだ! スマホ!! 」
ズボンの後ろのポケットを探るが、入れてあったはずのスマホがない!
それどころか持っていたはずのカバンも見当たらない。
手足は縛られていないようだが、かなり広い部屋に閉じ込められているようで、どれだけ目を凝らしてもドアも窓も見当たらない。
「そもそも窓も照明もないのになんで真っ暗じゃないんだ……? 」
――こんなところ早く出て家に帰らないとっ!――
パニックになりそうな心をなんとか落ち着けようとしたとき、
「お目覚めかな? 西田 信人君」
声に振り返ると、薄闇の中にその男は立っていた。
「くっ! 」
いつからいた?
先ほどまだこの空間には自分しかいなかったはずなのに。こいつが誘拐犯か? 一気に汗が吹き出す。
男は身長が180cmくらいのひょろ長い体型で、ボサボサの黒髪にメガネ、くたびれたシャツに弛めた黒のネクタイをしてその上からヨレヨレの白衣を羽織り、白衣のポケットに手を突っ込んでいる。
疲れたどこかの研究員といった風貌なのだが、薄暗い部屋なのにレンズが反射して瞳はよく見えない。
「あ、あんた、誰だっ? こ、ここはどこなんだっ? 」
とにかく何でもいいから情報を聞き出さないといけないと思い、警戒しつつ男に投げ掛けてみた。
「まあまあ、少し落ち着いてよ。西田 信人君」
男は苦笑しながらもう一度俺の名前を呼んだ。
名前が知られているということは人違いなどではなく、俺を狙って拉致したということか?一気に警戒度が上がり身構える。
「そう構えないでくれたまえ。僕は君に危害を加えるつもりはないよ」
男は白衣のポケットから手を出し、安心させるようにホールドアップして両手を上げてひらひらと振ってみせた。
「あんた一体何が目的だ! 」
俺は警戒したまま強い口調で男に問う。
少し右足を後ろに下げて姿勢を低くして、男に何か不審な動きがあればすぐに動けるように構える。
「そんなに構えなくてもいいんだけどなぁ」
男はまた苦笑いしながら頬掻く。
「僕は君たちが言うところの“神”ってやつだ。まあ君たちが住むこの世界の“神”ではないんだけど」
「神? 」
研究のし過ぎだろうか?理系も行き過ぎると宗教にハマる人とかいるし。
「今日は“神”として君にお願いしたいことがあって、失礼ながらこんな場所に君を招待させてもらった」
「神様が人間にお願い? 人体実験のモルモットにでもなれってか? 」
自分を“神”言うどう見ても人間の、しかもマッドっぽい危なそうな男、刺激しては不味いと思いつつ苛立った口調で返してしまう。
「信じられないとは思うんだけど、僕が管理する世界で勇者として魔王を倒してくれないか? 」
男は気を悪くした様子もなく、しかし、真面目な顔で意味のわからないことを言ってきた。
「勇者? 魔王? いい歳して小説かアニメの見過ぎじゃないか? 」
男はどう見ても20代後半から30代前半、それが勇者とか魔王とか言い出せば困惑するし、やはりちょっと危ない奴だと警戒する。
「信じられないのは分かるんだけど、ちょっと僕の話を聞いてくれないか? 」
男は困り顔をしながら諭すように言ってくる。
ここまでの会話は少なくとも落ち着いた理知的な話し方、情緒が不安定ということはなさそうだ。
ここは一旦男に話させてきっちり空想と現実の区別を理解してもらってから解放の交渉をしたほうがいいかもしれない。俺は少しだけ構えている身体の緊張を解いて、了解の意志を示すため男に頷いてみせた。
「ありがとう。
さて、僕の管理している世界、と言ってもとくに名前はないんだけど…。まあそこにはいくつかの大陸と国があって文明はこちらの世界で言えば中世くらいかな。クリーチャーと呼ばれる魔物がいる剣と魔法のよくあるファンタジー世界ってやつなんだけど、最近ね、その世界でもうすぐ魔王とでも呼ぶべき存在が誕生することが分かったんだ」
話ながら上げていた手を下ろして左手を白衣のポケットへ戻し、右手でメガネをくいっと上げる。
「生まれるのが分かっているなら、その前に対応すればいいんじゃないか? 神様ならそのくらい簡単だろ? 」
俺は思ったことをそのまま聞いてみた。
「残念ながら僕はあくまで管理者でね、直接的に世界に干渉することは出来ないんだ」
また男が苦笑する。
「別の世界から人を送り込めるんだろ? そんな面倒なことをするよりその世界の人に神の加護とかを与えて勇者になってもらえばいいじゃないか」
なぜわざわざ別の世界から人を送り込むのか分からない。
「そう出来ればいいんだけどね。魔王というのは―この世界で言うウィルスとかバグとかを想像してもらえば分かりやすいかな。
その世界の住人っていうのは抗体とか免疫とかの自浄作用のみたいなものと考えて欲しい。健康なときは彼らも力を発揮出来るけど、一定以上の症状になっちゃうと薬を飲むとか修正プログラムを打ち込むとか外部からの治療行為が必要となるでしょ? それと同じわけさ」
そう言って肩を竦める。
「つまり俺にその薬だとか修正プログラムの役割をしろってことか? 」
「そういうことだね。もちろん成功すれば報酬は出すよ? 」
「報酬? 何をくれるんだ? 」
俺がそう言うと、男はニヤリと口元を歪めて言った。
「望むものなら何でも一つ願いを叶えよう」
「何でも? 」
「そう、何でも! 富でも! 名声でも! 世界でもっ! そして、誰かを生き返らせること、でもね」
男は大袈裟に両手を広げ歌う様に高らかに言う。
そこで一旦言葉を切った男は、今度は声を抑えると「ただし」と付け加えた。
「例え外の世界から送り込むとしても勇者そのものを送り込むことは出来ないんだ。だから、君には勇者候補としてあちらの世界に行ってもらいたい」
「勇者候補? 向こうで鍛えて本物の勇者になれってことか? 」
格闘技や武術の経験がない人間にそれはハードルが高いのではないだろうか?すると男は首を横に振った。
「もちろん鍛えてもらうことにもなるとは思うけど、それとはまた別のことなんだ。
君はあの神社でメダルを拾ったよね? 」
メダル? あの猫が咥えてたやつか?
「あのメダルは“勇者の欠片”と言って、まあ勇者の種みたいなものなんだ。僕は“勇者の欠片”を君を含めて13人のこちらの世界の人間に渡した。これはそうしないとあちらの世界が勇者を受け入れられないからだ。
そして―魔王を倒すためにはこの13の勇者の欠片を合わせる必要がある」
「つまりその13人の勇者候補って人たちと協力しろってことか? 」
俺がそう言うと自称神は少し困ったような顔をした。
「うーん、それでもいいんだけど、僕が願いを叶えられるのは一人だけなんだよね」
えっ、それって…
「つまり13人で協力して魔王を倒しても願いを叶えてもらえるのはその中のたった一人ってことか!? 」
「まあ、そうだね」
また困った顔でそう頷いた自称“神”だが、なぜかその顔は少し作り物めいて見えた。
空想としてはそれなりに作り込んだ設定だと思うが、話としては13人の勇者が協力したほうが英雄譚っぽいのではないだろうか。それともこういうのが最近の流行りなのか?
しかし、どちらにしても一人しか願いが叶わないのなら協力なんて出来ないだろう。そこのところを男に聞いてみると、男はさも当然のように「譲渡してもらうか奪えばいい」と言った。そして、こう付け加えたのだ。
「ああ、奪うって言うのは当然“殺す”ってことだよ? 」
それまでの困ったような顔とは違い、何でもないことのように言われたため最初は言葉の意味が頭に入ってこなかった。
そんな俺の様子に不思議そうに首を傾げる男を見て、だんだんと言葉の意味を理解した俺は思わず男を睨みつけた。
「あんた神様なんだろう?言ってる意味が分かってるのか? 」
自分でもびっくりするほど低く冷たい声を発した。だが、男は更に不思議そうな顔をして、
「もちろん。悲しいことだけど、それは必要な犠牲だからね」
そう何でもないことの様に続けた。
「君が怒るのも分からなくはないけれど、この方法じゃないとあちらの世界は救えないんだよ。そうなれば何千万という人が犠牲になるんだ。
それに例え君たちが魔王を倒したとしても、やっぱりあちらの世界にだって犠牲になる人はいるんだよ? 」
男はそう諭すように言った後、取って付けたように言った。
「もちろん君が頑張って残りの12人に願いを諦めるよう説得して、君か他の誰か一人に欠片を譲渡してもらうことも不可能ではないよ? 」
最後に「まあ出来るものなら、ね」という言葉を付け加えて。
「さて、ここまでが概要だけど他に何か質問はあるかな? 」
男は空気を変える様に表情を緩めて言った。
実際にこの自称“神”の話が本当だとして、それでも自分と同じ世界の人間を犠牲にしてまで他の世界の人間を救おうと考えるような人間がいるだろうか? それも「どんな願いでも叶える」なんて不確かな約束で。
正直ここまで話を聞いても俺には空想と現実がごっちゃになってしまった人間の与太話にしか思えなかった。
俺が改めてこの男の話が胡散臭いと考え始めていると、質問がないと思ったのか男は次の説明を始めた。
「じゃあ次は注意事項の説明をしよう」
「ちょっと待て! 俺はまだ参加するとは言ってないぞ? 」
もうこんな妄想を聞くのも飽きてきたのでそう告げると、
「まあこれも可否の判断の参考にしてもらえばいいから」
そう言ってヘラヘラと笑いながら説明を始めた。
「まず君たちに渡したメダル、あれはすでに君たちの身体に吸収されている。だから獲得するためにはさっき説明したように相手から譲渡してもらうか殺して奪うしかない。
譲渡するには相手に触れた状態で“譲渡”と念じればいいし、相手を殺した場合には勝手に自分に取り込まれるから」
俺の様子を気にすることもなく、男はさっさと話を進めていく。
「次に勇者候補以外に殺された場合だけど、この場合も殺した相手に取り込まれる。ただ、現地の住人やクリーチャーには欠片を取り込むだけの器がないから、人であれば暴れるだけの狂人になったり、クリーチャーであればより強力な個体へ変異しちゃう。
まあそうなっても取り込んだ現地人なりクリーチャーなりを勇者候補が倒せば、倒した勇者候補が欠片を取り込むことが出来るから」
「病気や事故で死んだ場合はどうなる? 」
「その場合は一旦欠片を僕が回収して、新しい候補者に与えてまた送り込むことになるね」
なるほど。つまりあちらの世界でこちらの世界の人間が同時に存在するのは最大で13人までってことか。
「最後にいくら勇者候補とはいえ今まで戦闘なんて経験したことがある人はほとんどいないだろうから、あちらの世界に行く人にはささやかながら僕からプレゼントをあげているんだ。
まずコミュニケーションが取れないと困るだろうから向こうの言語で話せて聞こえる言語能力、それから向こうの常識なんかの知識、魔力量によって収納力は変わっちゃうけどアイテムボックスもだね。あっ、中にあちらの標準的な着替えとお金、とりあえずの武器も入れてあるから。
あとは戦うための戦闘技術、これは向こうでは“ジョブ”って呼ばれてるものだけど、ちゃんとそれぞれの適性に合わせたものをプレゼントするから安心して! 」
そう言った自称“神”はニコニコと笑みを浮かべてる。
「さて、説明は以上だよ。今から少し考える時間をあげよう。ただ、申し訳ないけど、君がどちらかを決断するまではここから出してあげることは出来ないんだ。
僕は席を外すからじっくり考えて欲しい。もし、僕が戻る前に結論が出たならそのときは呼んでもらえればいいよ」
そう言って男が席を外そうとしたので呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ。最後に一つだけ確認したい」
「何かな? 」
俺はそこで初めて男の目を見て息を飲む。
何の感情もないような黒くて何も映してない瞳。
「ひっ―」
思わず挙げそうになった声をなんとか飲み込んだ。
カラカラになった喉になんとか唾を流し込み、声が震えてしまいそうになるのを抑えて、俺は漸く男に聞いた。
「断った場合、俺はどうなる? 」
なんとなく答えは分かっているが、男の瞳に耐えられず視線を外す。
そして、男は言った。
「申し訳ないけど……君という存在は消滅して魂はこの世界の輪廻に還ることになる。もう現実では君という存在は消えてしまってるからね」
途中からなんとなく分かっていた。つまり最初から俺には、俺たちにはこの部屋に呼ばれた段階で「YES」という回答以外用意されてなかったということ。
この男のあの目、一見優しげだが実際はこちらの命になどさほど興味がない様なあの目を見てしまった瞬間、男の話がとても嘘や冗談、戯言とは思えなくなっていた。
―何かないのか? 今までの全てがこの男の妄想、狂言だと証明できる何かがあれば―
そんな風に考えた瞬間、
「そんなものはないよ。だって現実なのだから」
そう言ってまたあの感情のない目が俺を捕らえた。
―こ、こいつ、おれの心を読んだのかっ!? ―
俺がそのことに慄いていると、
「ははは、“こいつ”は酷いなぁ。そりゃ一応“神”だもの。人間の心くらい読めるさ」
そう言ってくつくつと愉快そうに男は笑う。
クソッタレ! つまりどうしたって俺にはあちらの世界に行く選択肢しかないってことじゃないか!
でも俺は他の勇者候補を殺す気はない。もちろん殺されるつもりだったあるもんか! 必ず誰も殺さず・殺させず魔王を倒してこの世界に戻る方法を見つけてやる!! こんな訳の分からん自称“神”の思い通りになってたまるかっ!
そんな決意を込めて、俺は奴に「YES」と伝えた。
奴は安心したようにホッと息を吐いたが、俺にはもうその顔が作り物にしか見えなかった……
「ありがとう。
さて、それでは早速あちらに行ってもらうけど、先ほど教えたプレゼントは向こうに着けば分かるようになってるから。あとは――」
奴がそう言って指をパチンっと鳴らすと、目の前に3つの扉が現れた。
分かってはいたけど、やはりこいつは“神”か、それに準ずる者なのだと妙に納得した。
「さあ、この扉の中から好きなものを選んでくれたまえ。行き先はランダム、人里が近いこともあれば森や山、無人島なんてこともある。基本的にいきなり勇者候補と遭遇することはないと思うからそこは安心していいよ。
それでは君が叶えたい願いを持ってまた僕に会いにくることを願っているよ」
そんな奴の言葉を聞きながら、俺は目の前にある真ん中の扉を開けてその中へ一歩足を踏み入れたのだった。
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