夏の終わりが寂しい理由を、君は知っているか?

@denkibiribiri

第1話

夏の終わりは寂しい。


そんな風にぼやいている大人を見て思う。俺にはわからないと。

高校二年生になった俺には、夏の終わりが寂しいという感情はないのだ。


何かが終わる時は、いつだって寂しいものだから。

大人になれば、もう夏休みのような長く続く休みがないから。

あの頃のような若さが、大人にはもうないから。


大人たちが口々に言う夏の終わりが寂しい理由を聞いたって、

俺の中にはそんな感情はきっといつまでも湧いてこない。

本当の理由が別にあるのを、俺は知っているからだ。


神社の石造りの階段を登る。

蝉が鳴いて、木々が夏の湿った風に揺れて、その隙間から青い空が見えた。

視線を落とすと、麦わら帽子と白いワンピースが目に映る。


「……なんで、まだ見えてるんですか」


女の子の声がした。

それはどこか懐かしい、けれど確かに知っている声だった。


「残念だったな、今年も俺は夏の終わりが寂しいなんて言わないぞ」


言うと、女の子が顔をあげた。

大きな黒のガラス玉みたいに澄んだ瞳が俺をとらえる。

どこか困ったような、けれどほんの少しだけ嬉しそうなその表情。


「は、早く大人になってくださいよ」

「俺だって早く大人になりたいさ。……え? なんか、ちょっと嬉しそうな顔してない?」

「んなっ!? な、なにをばかな! なってませんよ!」


俺は手に持っていたペットボトルのひとつを女の子に放ってやる。

炭酸が飲めないらしいので、いつものりんごジュースだ。

夏にラムネが飲めないだなんて、人生損してるよな、とほんの少し思った。

彼女はなんとかそれを受け取ると、両手でそれを握ったまま、また困ったようにつぶやく。


「……べつに私は、寂しいわけじゃないんですから」


何も言わずに俺はペットボトルのキャップを開けて口をつける。

爽やかな微炭酸が喉を抜ける。夏の日差しで熱を帯びた肌が、しんと冷えていく。

何と言うべきかと少しだけ迷って、思ったことを口にする。


「いいだろ、一人くらいずっと友達のやつがいたって」


蝉の音がまた一段と大きくなる。

目の前でまた困ったように微笑んだ彼女は。


潮凪葵は、人ではない。


彼女は夏のかみさまだ。

誰もが小さい頃から彼女を知っていて、彼女と共に夏を過ごし、そして彼女を忘れていく。

潮凪の言葉を借りるなら、大人になるとみんな彼女のことが見えなくなって、

いつの間にか彼女のことを忘れていってしまうらしい。


俺の友達も、周りの奴らも、潮凪のことが見えるやつはいなくなってしまった。

俺にだけ、まだ彼女が見える。

その理由はわからない。


けれど、俺にだけ分かることがある。


夏の終わりは寂しいと誰かが言った。

切なくて、悲しくて、どうしようもない気持ちになると。

夏の終わりでなくとも、他の季節に夏の写真を、物語を見るだけで同じ気持ちになると。


違うだろう。

みんな、忘れてしまっているのだ。

小さな頃からずっとそばにいて、一緒に遊んでくれた彼女のことを。


夏の終わりが寂しい理由を、君は知っているか?

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