第5話 瘴気
禰宜さんに案内されるままについて行く。
向かうは八分村の中央にある大きな山。村の中央に山と聞いて不思議に思うかもしれないが、この時代ではまだ「市町村」という表現は無く、集落が「村」という単位で括られていた。その為山々に囲まれたこの僻地全てが「八分村」であり、紘が迷い込んだのはその一部だったのだ。
不釣り合いに膨れ上がった上半身を支えるには、その足取りはあまりにも頼りなく、いつも通り何度も倒れそうになっていた。
山道を登っているが、舗装されていない道は自分ですら足をとられそうな状況だ。
本人曰く慣れっこだそうだが、怖くてとても見ていられない。
途中から一瞬にして空気が変わる。
特に変哲もない山道のはずだが、その場所を境に異境と化した。
背筋が凍る。 あまりの寒気に震えが止まらない。
「大丈夫か?」
「は、はい。」
案内できるという事は、あれ以降も彼も何度かここに訪れたのだろう。
歩みを進める内に、嫌な空気は一層濃くなっていく。
息を吸うたび肺の中が凍り、指先の感覚が無くなっていく。
禰宜さんを見ると、ぽたぽたと膿がこぼれていた。
足元に零れ落ちる黄色と白色の混合物。最早体中の白血球が全てそれに費やされてもおかしくない状態。
あまりの呪いの密度に体が耐えきれず、拒否反応を起こしている。
それでも呪いのせいで死ぬことを許されず、ひたすら自分の体が醜く果てるのを眺め続ける生き地獄。
救ってやりたい。そう思った時体が少し軽くなった気がした。
辿り着く。山の頂上。
枯れ木の山のはずなのに、複雑に絡み合った樹木が昼にも関わらず辺りを夜に変えていた。
眼前には瘴気の塊。
どす黒いそれは、全ての生気を吸い込む『孔』。
漏れ出る瘴気は放射状に広がり、まるで根を生やしているかのようだ。
「これが……」
「生気を吸い取るこの地に満ちた呪い、その始まりじゃ。」
目を凝らしてよく見てみる。
瘴気の発生源となっているのは、一本の棒状の何かで、それが前に聞いた「アレ」だという事はすぐにわかった。
――――――――――――
「前に一度、唯一「異端者」ではない者がこの村に訪れた事があっての、不思議なことにその者が右手で触れた物は呪いの影響が抑えられたんじゃ。
それから彼は一人で中央の山の頂上へ登ったんじゃ。儂らの中でも禁忌とされとるあの山にな。
一応責任者兼監督役として付いて行った儂は、そこであるモノを見つけたのじゃよ。」
――――――――――――
禰宜さんが立ち止まる。
もはや支えることすら不可能となった足は、呪いによって今も尚萎み続けている。
そして、こちらをじっと見つめた。
その目は、どこか嬉しそうであり、悲しげであった。
意を汲み取り、中心部へと向かう。
恐らくこれ以上は自分しか行くことができないという事だろう。
余りに濃すぎる瘴気によって、近寄っては魂すら取り込まれかねない。
一歩、足を踏み出す。
瘴気がねとりと足に絡みつき、少しずつ内側に入り込んでくる。
もう一歩、もう一歩。
進める度に、瘴気の侵食は速度を増す。
いくら自分の体がこの地の呪いに適応しているとはいえ、これほどまでの濃度では耐えられない。
四肢の皮膚が黒染み出し、やがて萎み始める。
筋肉がタンパク質に分解され、吸い込まれて行く。
だが,足を止めることは許されない。
ここで引いたら、何のために禰宜さんは、何のために両親は、祖父は、
―――――寧は、
瘴気の侵食に必死で耐え、大本に辿り着く。
おもむろに塊に手を突っ込み、引っ張り上げる。
瞬間、世界が暗闇に包まれる。
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