第4話 決意

一週間ほどこの村で過ごし、わかったことがある。


ここでは、「生」も「死」も存在しない。ただ悠久の時を生きるだけだということ。

禰宜さんが齢200と聞いた時、方便と思ったがそんなことは無く、彼は本当に200年以上生きていたというわけだ。

平均寿命が120年ほどという事を加味すると、300年は行くかもしれない。

ましてや最初の「異端者」だ。その歴史は百年単位で続いている。


この土地はあらゆる生を許さない。それは絶対に栄養を持たない作物や、すぐに腐り始める木材から推測できる。だが、かと言って死んでしまうわけではない。


村の住人達は、全員が痩せこけていて今にも死にそうだった。しかしどれ程老いぼれ、どれ程病に侵されようと死ぬことは無い。

禰宜さん曰く、「落とし子」の地との事だ。その昔、伊邪那美命いざなみのみこと伊邪那岐命いざなぎのみことという二人の最初のカミサマが居り、そこから今までに至る全てのカミサマが生まれたという。


しかし、子作りの際に伊邪那美の方から声をかけてしまった為、最初に生まれた子供は不貞の子となり、その地を追わされてしまったという。


「ヒルコ」と呼ばれるその落とし子は、とある説では流れ着いた場所で拾われ、幸福のカミサマとして祀られたそうだが、この世界ではそうでは無かった。


捨てられたヒルコは誰にも拾われることは無く、その呪いを土地に伝染させた。やがてその呪いはヤマトノクニ全域まで広がり、カミサマの加護が無い土地は全て影響を受けることとなった。

更に捨てられたカミサマはヒルコにとどまらず、多くの奇形児達が捨てられ、流された。八分村を漂う流行り病は、その奇形児たちの怨念がヒルコの呪いを介して現世に影響を与えているからである。



――――――ただ、奇形児の数は100を超えたのにも関わらず、呪いの地は依然として10示したままだったが。



そしてもう一つ。それは自分の体に変化がない事だった。

明らかに栄養不足な食物。この地に着いた時点で足は血だらけになり、呪いは捲れた皮から中に入り、3日もしないうちに変化が出てくるはずだった。


禰宜さん曰く、遅くても一ヶ月、傷口があると一週間も経たないうちにその場所が腫れ始め、次第にどんどん体中に広がっていく。恐ろしい熱と痛みに耐えながらも死ぬことを許されない生き地獄。40年ほどで痛みは治まるそうだが、その間ひたすら苦しみ続けることとなる。


しかし、紘の足に変化はない。寧ろ、段々と治りかけている。当然通常皮膚が傷ついた場合、まず傷口から菌やウイルスが入らないよう皮膜が形成され、それが瘡蓋となり、何日かかけて内側から治していく。それも外側だけで内側の皮膚は年単位で治癒に時間がかかるはずだった。


血まみれになるほど捲れた皮膚が一週間程度で治るはずが無く、ましてや栄養も摂れていない状況で悪化しないだけでも異常なのだ。


紘の足を診た禰宜は当然その治癒速度に驚くと共に、疑念を抱く。

「(これは……呪いに適応しておるのか……? ありえん。紘…お前さん、何者じゃ?)」




紘の内にあるのはカミサマへの憎悪。

溢れんばかりのその怨念は奇跡的にも八分村を覆う呪いに適合した。

土地から吸い上げられた生気が、少しずつ紘に与えられている。


憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い

妹を奪った母親を奪った父親を奪った祖母を奪った祖父を奪ったあいつらが憎い

殺したい根絶やしにしたい首を裂きたい腕を千切りたい足を潰したい爪を剥がしたい

皮を剥ぎたい目を抉りたい歯を折りたい舌を抜きたい髪の毛の全てを毟りたい


俺から全てを奪っていったあいつカミサマを、殺しつくす。



恐ろしいことに、紘の思考は今までにないほど冴え渡っていた。

足の治癒も進み、空腹も無い。



それから数日が経過し、足に残った僅かな傷も、完全に消えていた。

いつものように井戸に溜まる僅かな水を組み上げ、採れた痩せすぎた作物を配り、家に向かう。

八分村に来る前―――寧が柱人になる前も、こうやって村の手伝いをしていたことを思い出す。

実った作物に殆ど栄養が無くとも、枯れることなく確実に採取できるというのは、唯一の救いだった。


帰路の途中、禰宜さんと会った。


「お前さんがこの村に来てからもうすぐ十五の日じゃ。そろそろお前さんの身の話を聞こうと思ってな」





「何?カミサマを滅する? ははは、冗談にしてはかなり顔が怖いではないか!!」

「冗談じゃ無いです。禰宜さんも「異端者」ならわかるでしょう?」


それから家の中で話をした。

村の話や、狩りなどの背景。そして妹が柱人になり、八分村に逃げ込んだ経緯。


そして、カミサマを必ず殺すと誓ったこと。


「確かにわからんでもない。儂も、この呪われた地に追い出され、日に日に醜くなっていく自分の姿と、耐え難い痛みには憎悪の心が芽生えようとしたかもしれん。

じゃがな、これも運命よ。あの時柱人になる事を拒まなければ、儂はこうして生きてお主やこの村に来る者たちと会えなかったじゃろう。


…であれば、儂にとっては生きているだけでも幸せなものよ。

一度痛みと飢えに慣れてしまえば、死ぬことは当分ないじゃろう。後は、命を廻し、その時が来るのを待つだけじゃ。」

「……」

「お主はまだ成人十六ではないのじゃろう? まだまだ若い。人生何があるかわからんぞ。もしかしたら、お主の妹にまた会えるやもしれん。」


「っ…!!」


痛いところを突いてくる。可能性は低いが皆無ではない。しかし、無謀とも言えるこの目的が達成されれば、そのわずかな希望も無に帰してしまう。


それでも。



葛藤する。称賛の無い戦い。挑めば最後、あり得たかもしれない可能性を見捨てることとなる。



それでも、なお。



本当にそれで良いのか? 今自分は何のために生きている?



それでも、なお、諦められなくて。



不可能だ。カミサマに挑むなど、死にに行くことと等しい。

無謀だ、諦めろ。お前では無理だ。



それでも、なお、諦められなくて、前に進むと決意した。



「それでも、僕…いえ、俺はやります。…それに、この村に居たらいつかは俺も病にかかるかもしれない。妹にそんな姿、見せられないです。」

決意は決まった。もう後戻りはしない。


「ほっほ、嫌味を言いよって若造が。

………なら、案内しようか。」


「え?」


突然禰宜さんが立ち上がる。

一体どこへ…


「決まっておろう。」




「この土地の呪い、その始まりの地じゃよ。」

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