第3話 八分村

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目を覚ます。とても嫌な夢を見ていたはずだが、内容が思い出せない。

その方が幸福なのかもしれない


辺りを見回す。確か、村から逃げている途中で力尽きて気絶してしまったか。

そこは廃屋のような場所で、蜘蛛の巣だらけだったが住めないわけでは無かった。

一応雨風を凌ぐことはできる。

うっすらと窓から入る月光から読み取れるのはこのぐらいだった。


後は、月の角度からあと3時間ほどで夜が明けるという事か。


誰かが運んでくれたのか…? だとしたら、別の村に…


「いや、どの村もボロ屋敷なんて無かったはずだ。という事は、ここは…」



「やっと目が覚めたかい。」



戸を引いて誰かが入ってくる。

月光に当たったその顔は、異形そのものだった。


膿だらけで肥大化した頭部、むき出しの歯は異様に鋭く、筋肉の付き方も遠巻きでも分かるほど左右非対称で、不気味だった。


「八分村」

「異端者」達が集まる村。「異端者」の扱いは各々の村で異なるが、その中で村八分にされた者たちが辺境に集まって作った村。悪鬼の獣道の向こう側を道なりに進んだ先に存在すると言われ、村の子供が偶然迷い込み、その異形から鬼と勘違いし一目散に逃げる姿を見た「異端者」が泣く姿から「鬼鳴村」とも呼ばれている。


実際は東雲家と同じ「異端者」達の集まりであり、伝承の「鬼」のように人を食べることはしないのだが。


「うわっ…!! ご、後生だ!! 食べないでくれ!!!」


必死で命乞いをする紘。無理もない、幼少期からそう教えられた以上、彼にとってはそれが真実なのだ。


「あんたぁ、「異端者」だろ? 名前は?」

「!!!!」


向こうもただの集まりではない。大方紘の服装などから事情は把握している

何より彼は今裸足なのだ。革靴ほど文明は進んでいないが、靴という概念は存在し、貴族が履くような履物は無いが、草鞋くらいならどの家も持っている。

その為、血だらけの紘の足はそれだけで逃げてきたことを伺える。


「ひ、紘だ。東雲の紘。」

「儂は禰宜ねぎあくた禰宜だ。よろしくな、若造。」


名を言った異形は笑顔…のような仕草をとる。その奇天烈な容姿故に年齢や性別もわからないが、口調から察するにお爺さんなのだろう。


呼吸を整え、体の震えを落ち着かせる。足はまだじんわり痛み、体の感覚もあまり戻っていないため、力が入らない。

回復するまでここを少し借りよう。


「ところで禰宜…さん、この村は…?」

「ここは「八分村」。大体察しはついてると思うが、「異端者」達の集まりじゃわい。お前さん、一人で逃げてきたんじゃろ? 大方生き残っているのはお前さんだけ。違うか?」


寧は「御使い」に連れ去られ、両親や祖父母は村の面々から暴行を加えられた後、磔にされ殺されていた。当たりだ


「…いえ、そうです。」

「ここにはお前さんみたいな者たちが結構おっての、儂はここでかれこれ200年以上も見ておる。他の八分村にも、儂のような最初の「異端者」がおるじゃろう。」



意識がまた朦朧とし始めたのでもう寝なさいと言われ、お言葉に甘えることにした。


次の日の朝、辰の二刻午前8時くらいに、禰宜さんが朝食を持ってきてくれた。

米をふやかしたものに、少量の味噌と野菜。ごく普通の朝食だ。


が、決定的な違いがあった。



「うっ……… おぇっぷ」



不味い!!!!!! 圧倒的に不味い!! カミサマはそこに「在る」だけで周囲を豊作にするため、不味いわけが無いのだ。

だから、多少の不味さは覚悟の上だった。


しかし、この不味さは格が違ったというわけだ。

米はスカスカで、殆ど栄養分が抜けている。

味噌は発酵というよりも腐りかけている。

野菜は灰汁の塊だ。



食物の旨みはその殆どが栄養分に由来するものであり、ここまで酷いという事はあり得ない。


「あの、ここのご飯っていつもこんな感じなんですか?」

「ほっほっほ、誰もが初めはそう言っておったわい。じゃがの、仕方がない。カミサマの御加護が得られないこの異端の土地では、作物すら育たない。否、育ったものを全て奪われているのじゃよ。」

「そんな……そんなことって……」


酷すぎる、と思ったが、現に彼らはこうして生きている。ならあの村の連中のように嬲り殺しにするよりかは幾分か良いのかもしれない。


何とか胃に納め、吐き気を堪えながら水で流す。

幸い水はまだ飲める部類で、特にお腹を下すといった症状も無かった。

「カミサマ達はワシ等「異端者」が出ることを予見しておったのかもしれんの。」

生かすも殺すも、彼らカミサマの指先一つ。というわけか。


ふざけている。



それから、村を案内してもらった。

辺境ゆえそこまで広くは無く、山を利用し上手く周囲から隔絶された環境を造りだしていた。


「新入りの紘じゃ、仲良くしなされな。」


禰宜さんと村の家々に挨拶に回った。禰宜さんはこの村で一番の長寿のようで、「異端者」として村を追われてからかれこれ200年以上生きていることになる。カミサマの加護も無く、常に凶作な土地で80、いや20年生きることすら難しいのに、何故そこまで長生きできるのか疑問に思ったが、今は今後の生活をどうするかが問題だ。


幸いにも一軒だけ空き家…ほぼ廃屋があったので、そこに住まわせてもらうことにした。


まずは、生きなければ始まらない。

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