第2話 異端者
「な、何だ…!?」
妹を引き留めようとした途端、村内に警報が鳴り響いた。
その音は異常なまでに不気味で、少しでも油断すると意識を持って行かれそうだった。
「うっ……あああっ………」
頭を抱えて倒れ込む寧。
脳内を直接揺さぶるような音は次第に止んでいくが、いつまでも反響しているようだった。
「寧!! 大丈夫か… っ!!!」
寧に近づこうとした瞬間、目の前に「御使い」が現れる。
先程までここは自分と寧の二人だけだったはずだ。自分はまだ14とはいえ、狩りに参加している以上、ある程度の気配察知と遮断は可能だったはずなのに。
瞬間移動のように現れた「御使い」達は、寧を取り囲み無理矢理連れていこうとする。
「お兄ちゃんっ!!!!」
「寧を離せ!!!」
「御使い」の一人に掴み掛ろうとするが、触れようとした瞬間手元に電流が走ったように弾け、後ろへ飛ばされる。
理解が追いつかない現象に混乱するが、そんなことはどうでもいい。
寧を、妹を取り返さなければ。
「寧を離せ……!! 離せよ…っ!!」
何度掴み掛ろうとしても、触れることすらできない。
カミサマに仕え、手足となって催事をこなす謎の人物「御使い」。
その姿は真っ白な法衣に、顔には布が被せてあり表情はわからない。
誰も「御使い」達に逆らうことはできず、だからこそ逆らおうとしなかった。
時間にしてみれば一分と経たないが、紘にとっては数時間の事だった。
「御使い」に触れる度に手元から体中に電流が走り、少しずつ動けなくなっていく手足。それでもなお寧を取り返すべく挑み続ける。
体は見るも無残な状態であり、所々打撲と擦り傷だらけで血まみれの状態。
奇跡的に頭への直撃は避けられた為、意識はまだある。
段々と遠のいていく寧と「御使い」達。
行かせない、行かせるものか。
無理だと理性は訴える。本能がそれを肯定する。
だが、それでも、今この瞬間だけは諦められない。
もう寧は戻ってこない。寂しさはやがて絶望に変わり、呪いとなって紘を蝕み続ける
「お兄ちゃんっ!! お兄ちゃんっ!!!!!!」
「御使い」達の隙間から手を伸ばそうとする寧。
動かない足を必死に動かして、その手を掴もうとする。
あと三歩。
視界が揺らぐ
あと二歩。
体の感覚が消える
あと一歩。
足が、止まる
動け、動け俺の足。駄目だ、動かないと連れていかれてしまう。
あの手を握らなくては。
動け………動けええええええええええええええ!!!!!!!
「寧いいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」
最後の一歩は、
間に合わなかった。
伸ばした手は空を切り、地面に倒れ込む。
「うっ………ぐっ………」
涙が溢れる。もう二度と寧と会うことはできない。永久の時を、孤独に生き、再開の時をただひたすら待つのみ。
「ねいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!」
叫びは虚しくこだまし、消えていく。一人の少年の努力は、何も成すことは無かった。
……どのくらい経っただろうか。
星の進みからして二時間ほどか、ふと村の方を見る
彼は絶句した。
「家が…燃えている…!?」
夜も更けているというのに、村は橙色に明るく、空に雲を伸ばしていた。
まさか、そんな。嫌な予感が巡る。
道を戻り、村に着く。
そこには
東雲の家が燃える姿、そして見世物のように殺された両親と祖父母の姿だった。
その姿は見るに堪えない無残なもので、散々痛めつけられた後殺されたことが伺える。体中に腫物ができ、皮膚は殆どが紫色に変色していた。
磔にされ、抵抗も出来ないまま村の住民に
あの警報。前に両親が言っていた「禁忌」。
―――カミサマに逆らうことは、「異端者」として迫害を受ける―――
狂ってる、そんな、そんなことってあり得ない。
何故今まで受け入れてこられた? 親しいものとの別れ。今思い返してみれば、これまで白羽の矢が立った者たちは、みな家族を持つ者たちばかりであった。
それも当然。カミサマの加護によりみな子宝に恵まれ、誰一人として家族を持たぬ者はいなかったからだ。
望まれる犠牲。それがさも当然のように受け入れてこられた。
誰一人として疑問にも思わなかった。
それからの事は、あまり覚えていない。
このままでは自分も殺されると思い、重たい体を引きずって一目散に村から逃げた事だけだ。
そして、どれほど走ったかもわからずに、疲労で意識が途切れた。
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