第1話 白羽の矢

時は遡り、AD.800~。カミサマ達の力によって、これまで一度も飢饉が起こらず、旧日本、即ちヤマトノクニは西暦800年にも関わらず、その倍の速度で文明を発達させた。


食べ物は決して不作にならず、毎年常に豊作が続く。その為食料を求めて争うことは無く、ただ生命の営みに感謝する。


カミサマの意思は常に絶対であり、人間はその加護を授かり、祀る為の神社を造り供物を捧げる。




「浄化の儀」

カミサマと一つとなって、その魂を清める儀式。

聞こえは良いが、その実態はただの生贄。昔は本当に魂が浄化され、不変なものとなっていたが、今では何も残らない。


そして、儀式の柱人となる人物は年に一度、カミサマの無作為な選別によって選ばれ三日三晩持成された後、社に行ったきり誰も戻ることは無かった。

基本的に殆どの住民は柱人に肯定的なのだが、数万人に一人の割合で、柱人を拒否することがある。一度でも拒否した場合、どこからともなく「御使い」が現れ強制的に社へ連れて行かれる。

また、「御使い」の出現はカミサマへの信仰の揺らぎであり、その家族ともども「異端者」として迫害を受けることになる。






ある朝、少年の家に白羽の矢が立った。


東雲しののめねいに、柱人の命を仰す」


真っ白な矢に括りつけられた一通の手紙。そこには、妹の寧が柱人になる命が記されていた。


両親は泣いて喜んだ。柱人になる事は、とても喜ばしいことで、偉い事なのだと。


自分はよくわからなかったが、両親が言うならそうなのだろう。

寧がえらいと、兄として鼻が高い。でも、やっぱり寧がいなくなってしまうのは寂しい部分もある。


「仕方がないわよ、それがカミサマの御意思なのだから。でもねひろ、柱人になるってことは、カミサマと一つになるってことなの。あなたにはまだわからないかもしれないけど、これはとっても素晴らしい事なのよ。」


母は言う。寂しさもあるが、それよりも娘が柱人に選ばれた嬉しさでいっぱいのようだ。


東雲家は祖父母を合わせて両親、寧、そして紘である僕の六人家族。

代々東雲の者は生まれてくる子供が少なく、平均で2~3人との事だ。実際他の家族はカミサマの御陰で子宝に恵まれて5人6人生まれてくるのは普通の事らしい。


そうして祭りが始まった。家には大量の米や祝議の宝石が届けられ、妹には立派な着物が着せられた。

それまで麻布で作られた服を着て、普通の庶民の暮らしをしていたはずの妹が、光沢のある絹の着物を纏う姿は、とても可愛らしかった。


一日、二日と時は過ぎ、三日目の夜。

こっそり家を抜け出し、近くの星が良く見える丘へ妹と向かった。

明日になると、妹はいなくなってしまう。その前に、このお気に入りの景色を一緒に見たかった。


「寧、怖くないか?」

「ううん、大丈夫。私ももうすぐ大人だから」


11になる寧。母の厳しい指導のお陰で、年齢よりもかなりしっかりしている。見た目こそ幼なれど、その心はしっかりと座っている。


それからしばらく二人で星を眺めた。

白羽の矢は毎年必ず夏に射られ、宙を仰ぐと天の川が見ることができる。もとよりここにカミサマがいる以上、天の川という単語は存在しないわけだが。


その幻想的な景色を目に焼き付けていた。



一時間ほど経っただろうか。そろそろ抜け出したことに気付くかもしれない。



「さ、帰ろう。」

「うん。」


手を繋いで来た道を戻る。


もしこのまま家に帰って寝床に着くと、次目が覚めた時にはもう寧はいないかもしれない。


そう考えると、寂しさが一気に押し寄せてきた。涙が堪えきれず零れだす。足が震え倒れそうになるが、寧の支えによって何とか保つことができた。


嫌だ、サヨナラなんて嫌だ。


「ハハハ…お兄ちゃんは駄目だな。寧がしっかりしてるのに……」

「お兄ちゃん……」


妹に抱き着く。涙で着物が濡れてしまうが、それどころではない。


「寂しいよ……今までずっと一緒だったのに……急に行っちゃうなんて……」


「私も寂しいよ、でも死んだ魂はカミサマの元へ行くっておじいちゃん言ってたから、きっとまた会えるよ。」


寧は強い子だ。寂しい気持ちを真っ直ぐ受け止めて、それでも自分の足で社まで進むのだろう。別れは一時のもの、必ずまた出会えると。


だが、残された彼にとって、その数十年はあまりにも長すぎた。

足の震えを止め、妹と向き合う。


「でもっ!!! 寧!! やっぱり僕は……!!!」




瞬間、警報が鳴り響く。


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