第7話 パーティ追放?

 今日もいい天気だが、朝から書類と格闘しなければならない。

 それでも昨夜頑張ったので、机の表面が見えている。

 ただそれもアリスが一抱えもある羊皮紙を運んでくるまでだった。

「机に置くと混ざりそうなのでこちらに置きますね」

 アリスは応接テーブルの上に巻物を積む。

 その中から封書を摘まみあげて机に運んできた。

「これは早く見た方が良さそうですよ」


 封を切るとギルド長会議の案内状である。

 まあ、万難を排して参加するようにとあるので実質的には招集命令だった。

「お返事はどうします?」

 読み終わったところを見計らってアリスが声をかけてくる。

 こういう気遣いと呼吸は凄いんだよな。

「ああ。会議の招待なんだが拒否権はないので返信はない」

 会議の日程を告げると頷いた。


「ミゲルさんにお伝えしておきますね」

「……ああ、頼む」

 確かに俺の不在はレッケンバーグの領主府に共有しておく必要がある。

 領主レッケンバッハ伯爵の右腕であるミゲルさんに話を通しておかないとまずいところだったかもしれない。

 こういうところに気が付くしアリスさん、マジで有能過ぎないか?


「わっかりましたあ。じゃあ、今日も頑張ってくださいね」

 バチンと音のするようなウインクをしてアリスさんは机から離れていく。

 昨日の今日でやると俺に嫌がられると分かっているのかスキンシップを取ってくることまではしない。

 それでも部屋を出ていくまでに俺に見せつけるようにシャナリシャナリと形のいいケツを振っていた。


 俺はすぐに視線を封書に落とす。

 気がかりなことがあって良かった。

 そうでもなければつい視線で追ってしまい扉を出るときに振り返ったアリスと目が合ってしまって気まずい思いをしたに違いない。

 アリスが期待に満ちた目で振り返ったことについては賭けてもいいが、残念ながら当人に見えたのは俺のつむじのはずである。

 これで少しは大人しくして欲しいと切に願った。

 まあ、無理か。

 ステラさんの長年に渡る教育にも関わらずあんな感じだもんなあ。


 待てよ。他人のことはともかく俺のスケベ心は何とかしなくてはならない。

 素敵な新妻が居るというのに、余所の女性を目で追ってしまうのは問題だ。

 こんな浮気性なことをティアナに悟られる前に鉄の意志を持って見ないようにしよう。

 なんとも情けない決意を固めたところで、封書に視線が戻った。


 別にギルド長会議に出るのが嫌というわけじゃないが、サマードの婆さんも来るんだろうな。

 というか発案者が婆さんでも驚かない。

 一体どれぐらいの力を持っているんだろう?

 まあ、俺に選択肢が無いことを悩んでも仕方ないな。

 それよりも書類を片付けなくては。


 昼飯前には応接テーブルの上のものを机に移住させられるぐらいには処理ができた。

 俺を苦しめる書類たちよ、ようこそ我が机の上へ。

 昨夜はご馳走だったので昼飯はスープだけにする。

 路地を挟んで隣に立つステラの店から料理を取り寄せられるというのはありがたい。

 ティアナはお昼を作って届けると言ってくれたが、そこまでしてもらうのは忍びなかった。

 そうじゃなくても家が無駄に広くなったので掃除が大変なはずである。

 ガキどもが手伝っているとはいえ、戦力としては期待できない。内容によってはそうでもないか。


 ゆっくりとスープを飲んでから器を部屋の外の台に置いておく。

 書類仕事に戻ったところでドアをノックする音がした。

 小さく溜息をついて入る許可を与える。

「失礼します」

 ぞろぞろと入ってきたのはこのギルドで売り出し中のパーティ5人だった。

 応接テーブルから書類を片付けておいて良かったと思いながら、ソファに座るように促す。


「で、何のようだ?」

 サマードの婆さんに倣って威厳を感じられるように声を出した。

 5人は譲りあった挙げ句、ようやく1人の男が口を開く。

「あの……、俺たちが話をしていたら受付の人がギルド長にも相談した方がいいって言ったんです」

 敢えて合いの手を挟まず男をジッと見つめた。

 男は尻をもぞりと動かす。


「えーと、俺たちはパーティからサムソンを追放しようと決めたんです。でも、受付の人からギルド長に話を通してからにしなさいって言われて」

 追放か。そいつは穏やかじゃないな。

「その理由は?」

「アイツ、強い魔法使えねえんだもん。地味な魔法ばかりでさ。俺ら、第3層に挑もうと思ってるんだ。、剣が効かないモンスターとか出てくるらしいのにアイツじゃ力不足だと思って」

 回りの4人も首をコクコクとした。


 俺はサムソンの顔を思い浮かべる。

 身長はコンバ並みに高いんだが、伸びた前髪が目を隠していた。

 話をするときも自信がなさそうにボソボソとしゃべる。

 そのくせ魔法のことになると聞き取れないほどの早口で話す冗舌さを見せた。

 ぶっちゃけ初対面の印象は良くない。

 目の前の連中よりも一回り近く年上でもある。


「そうか。まあ、確かに純粋な魔力で構成されたモンスターも出てくるな。アンデッドなら神官が滅することもできるが、そうじゃないのもいる」

 俺の発言を肯定と取ったのか、5人は勢いづいた。

「ということで、追放しても問題ないっすね?」

「このことでサムソンと事前に話をしたのか?」

「してません、話をする意味ないでしょ。アイツ役立たずだし」

「ほーん。で、後釜の当てはあるのか?」

「ジーナさんに頼もうと思ってます」

「承諾は取ってるのか?」

「前に手伝いを頼んだら、いいって返事でした。新人君の世話を見てくれるぐらいだから俺らなら全然文句ないんじゃないですか」


 この連中、理由を述べちゃいるが要はサムスンが嫌なんだろうな。

 もう1度全員で話し合えと言おうと思っていたが意味がなさそうだ。

 まだ若いし感情優先なのだろう。

「じゃあ、もういいですよね?」

 用は終わったとばかりに腰を浮かせようとする。

「まあ、待て。座れよ」

「なんですか? まさかダメとでも言うつもりですか?」


 俺は腕を上げ指を1本立てた。

「一緒にやりたくねえ、というのを俺も押さえつけるつもりはねえよ。だが、追放ってのは穏やかじゃないな。変なしこりを残されるのはギルド長として看過できない。ここは俺に預けてくれ。サムスンがパーティを抜ければいいんだろ?」

「まあ、そうすけど」


 2本目を立てる。

「ジーナにはもう1度確認を取れ。たぶん固定パーティを組むんじゃなくて単発の助っ人という意味でしか了承してないぞ。となると、この先魔法士が居なくなるがそれでいいのか?」

「それでも構わないです。サムスンぐらいのなら他にも人は居るんで」


 そして、3本目。

「これは少しだけ長生きをしているおっさんからの忠告だ。世の中には早熟なのもいれば晩成型の人もいる。長い目で見ないと後で後悔することになるぜ」

 5人は意味が分からんという顔をした。

 まあ、そうだよな。


 色々あって落ちぶれたおっさんが、天使のような女性と知り合ってバラスマッシャーになるとか想像できないだろう。

 この5人が仲間にしようと思っているジーナだって昔は冷属性の攻撃魔法しか使えない半端もの扱いだった。

 それがその1点を極めて今や魔法士としてはかなりの実力者である。

 だけど、1年前にはそんなこと誰も分からなかった。


 俺はソファから立ち上がる。

「まあ、無駄にもめ事にせず穏便に済ませた方がいいってことよ。とりあえず、この件は俺に任せな」

 5人組がぞろぞろ出ていくとしばらくは書類仕事に専念した。

 ギルドへの申請書の中にサムスンの名前のものがある。

 俺の記憶が確かならさっきのパーティの書類作成は全てサムスンがやっていたはずだ。

 単なる事務仕事と侮っているのだろうが、そういうところをしっかりしてないと信用が得られないというのも分からんのだろうなあ。


 ノックに続いて返事も待たずにアリスさんが入ってくる。

「お茶お持ちしました」

 机に上にカップを置いた。

「サムスンの件、悪いようにはしねえよ。本人見かけたら俺のところに寄越してくれ」

「了解しましたあ」

 弾むような声を出すとさっさと部屋を出ていく。

 うちのギルドの受付係は外見に反して人を見る目はあるので、舐めてると痛い目に遭う、という教訓もさっきの連中に垂れておいてやるべきだったかなと思った。

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