外伝2-3 じゃじゃ馬の正体

 まさかグラハム伯配下の私に手を出してくる者がいるとは迂闊だった。確かに私は伯爵が聖騎士ゼークトだった頃から副官を勤めている。ただ、裏方に徹していたし、所詮はただの秘書に過ぎないと目されているはずだった。グラハム伯に思うところがある勢力にしても、私を標的にするのは割が悪い。価値の低さに反して確実に敵対行為となる。


 理性で考えればそう考えるはずだ。しかし、現に私はこうして監禁されている。思えば路地で不審者に襲われている女性を助けようとした時から罠にかかっていたわけだ。後ろに庇ったはずの女性から耳の付け根を鈍器で強打され、気が付いた時には目隠しと猿ぐつわをされていた。


 周囲の雰囲気からするとカンヴィウムの町から外に連れ出されてはいなさそうだ。その考えは時を告げる鐘の音が鳴り響いたことからも裏付けされる。鐘の数からするとまだそれほど時間は経っていないはずだ。もっとも、知らないうちに翌日になっていれば別だが、それはないだろう。


 しかし、私を昏倒させた技は見事なものだ。確かに私は騎士としての技量は最低の部類に入る。それでも人に大きな怪我を負わせずに意識を失わせるという芸当はそう簡単にできるものではない。そして、あの薄暗がりで見た女性のシルエットには見覚えがあるような気がする。


 いったい誰がという考えは、扉が開く音で中断させられ、聞き覚えのある声が耳を打った。

「ホフマンさん。お久しぶり。手荒なことをしちゃって申し訳ないわね」

 同時に誰かが後ろに回って目隠しを取った。


 首を横に曲げると浅黒い野性的な顔立ちの女性が私を見下ろしている。

「あまり意外そうな顔をしないのね」

 マーキト族長の娘チーチ殿が面白そうに私を見ていた。手で合図をすると背後にいた誰かが私の上半身を抱え起こす。


 チーチ殿の後ろにはよく似た顔立ちの女性が二人。以前見た使用人たちだろう。ということは背後の一人も同類か。連携して行動することでかなりの実力を有すると報告されていた。チーチ殿の護衛を兼ねているから当然だろう。なるほど。私では敵わなかったはずだ。


「じゃあ、あたいも時間を無駄にしたくないから状況を説明するね。これから質問することに正直に答えたら開放してあげる。嘘をついたり拒否するようなら、残念だけど今日がこの世の見納めになるかも。ちなみに、こんなことをしてタダで済むと思ってるのかなんて陳腐な台詞は無しにしてね」


 私の目を覗き込むとチーチ殿は満足そうに頷く。

「頭がいい人を相手にしていると話が早くて助かるわ。一応、念のために確認しておくけど、これ分かるわよね?」

 差し出した布切れは端が千切れていて、特徴的な紋章が描かれている。


「そう。スミノフ公爵のものよ。これを手にした遺体が見つかったら、どういうことになるかは分かるでしょ?」

 いい笑顔を見せるチーチ殿。まさかこれほどの頭の冴えを隠していたとは盲点だった。まったく蛮族にしておくのがもったいない。


「しばらくはそのままでいて貰うから。はいなら首を縦に、いいえなら横に振るのよ。ハリスの居場所を知ってるわね?」

 私は素早く状況を考え、降伏することにした。首を縦に振る。

「そう。手間が省けて助かるわ。どこ?」


 チーチの目配せで猿ぐつわが外される。

「バーデンだ」

「なるほど。ティアナも一緒なのね。それで、この茶番は誰の発案なの?」

「ジーナ嬢と聞いている」


「そっかあ。道理で雑なはずだ。急ごしらえで死んだことにして追及をかわそうってことか。まあ、あたいも一時は騙されたから……」

 チーチ殿の目に憐憫が浮かぶ。

「そして自分は身を引くのね。ジーナさんらしいわ」


 私はよくここまで推理で到達できたなとわざと驚いた顔をする。

「なぜ分かった?」

「ずっと疑問はあったのよね。ハリスの代わりの血縁関係を提案してこなかったから。王国にとってみればこれは政治でしょ。なのに代案が出てこないなんておかしいもの」


 チーチ殿は私の目を覗き込んできた。

「でも、ある程度の確信に変わったのは、墓荒らしの報告をレッケンバッハ伯爵が受けてからね。あの態度は死者を冒とくしたことに対する反応としては、わずかだけど不自然だった。何かを真剣に考慮するときの顔よ」


 チーチ殿は手を後ろに回して髪留めを触る。

「そこから、墓の中にハリスが居ないって想像できたし、それがバレたらまずい相手も考え付いた。墓荒らしにスミノフ公爵の息がかかっているというのはすぐに分かったわ。でも、変なのよねえ」

 私の頭の中に警戒心が湧きおこった。


「ハリスが死んだことを疑う理由がないのよね。権勢はあるけど頭がいいタイプじゃないし。結果的に自分の望むハリスの死が実現すれば素直に喜んで忘れるのが大貴族様。なのに、わざわざ、手間かけて墓を掘り起こす真似をしたのか? 秀才さんに理由は分かるかしら?」


「ああ。もちろん」

「そりゃそうよね。頭への一撃で記憶が消えてなければ分かるはず。だって、あなたが漏らしたのだもの」

 私は表情を消した。少し調子に乗り過ぎていたらしい。完敗だった。


「それで、この後どうするつもりだ?」

「別に何もしないわ。あなたが姫様と結託して作ったジーナの計画の修正シナリオをグラハム伯に告げたら面白そうだけどね。ハリスの個人的な幸せを優先しそうだからさ。でも、それじゃ誰も得しないでしょ?」


「つまり、邪魔をする気はないということか。それにしちゃ、随分と私に手荒なことをしたな」

「まあね。あたいがあなた達のシナリオにも合致するってだけじゃなく、実力も知って貰った方がこの後便利だから」


 チーチ殿の笑みが大きくなる。

「名前を消されたあの方を知っているのが王国の民だけだと思わないことね。敢えて名前は出さないけど、私達の中ではあの方はまだ色濃く話が残っているのよ。禁令も関係ないし。それにさ、そもそも、私と一介のスカウトじゃ釣り合いが取れないと思わない?」


「知っていたのか?」

「幸運と偶然もあったけどね。もちろん、恩もあるし、一人の男としてもハリスを好きよ。でも、あたいは族長の娘。これは政治なの。まあ、あなたには無駄な説明でしょうけど」


 チーチ殿は胸をそらす。

「あなた達はハリスにこのまま隠遁生活をさせるつもりはないでしょ。スミノフ公爵の手が伸びれば、ハリスも立たざるを得ない。その時に、ハリスの横に相応しいのはあたい。そうでしょ?」

 私はその威厳に気圧されるのを感じていた。

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