第148話 裏通りにて

 細い裏道を急ぎ足に進んでいく。先ほど撃退した連中の逃げて行った方角に敵の本隊がいるだろうと当たりをつけて目指した。激しく黒煙をあげ燃えている家があったので、それを迂回するために遠回りをする羽目になる。何人かの盗人どもと行き会ったが、俺が小汚い格好をしているせいか、誰も気に留めなかった。


 路上に倒れている数人も見かける。服にはどす黒いものがこびりついていた。そのままにするのは忍び難かったが、任務を優先する。弔うのは、このクズどもを追っ払ってからでも遅くはない。少しぐらい待たせても死人は気にしない。まずは生きている者の心配をしなくては。


 倒れていた男の一人の顔に見覚えがあった。ゾーイの叔父で貸家業をしていたムーアだ。額から血を流してカッと目を見開いている。少し離れたところに黒焦げの遺体があった。盗人どもと交戦し、一人は倒したが多勢に無勢でやられたというところだろう。俺は首を振って無念そうな顔を意識の外に追い出した。


 路上に落ちていたネックレスを拾いあげる。大ぶりだったが、略奪者が捨てていくぐらいの安物だった。何か持っていた方が家探しをしているように見えていいだろう。遠目には値打ちものに見えなくはないはずだ。めぼしいものを探すふうを装って周囲を見回しながら路地を横切った時だった。


 上から何かが降ってくる。前方に身を投げ出し一回転してかわした。起き上がるが勢いが付きすぎていたせいで石壁にぶつかり、風音を感じて横に跳ぶ。跳ね返ったものが耳元をかすめて地面に落ち、耳たぶに鋭い痛みを感じた。チャリンと音を立てたものはナイフ。視線を上げると隻腕の男が身構えている。デニスだった。


「ははは。予想した通りだぜ。せっかく家に訪ねてやったのに居なかったんで、待ち伏せしたらばっちりだ。俺のナイフには毒が塗ってある。体が痺れてきただろう? へへ。お前の首には賞金がかかってるんだ」

 風向きが変わったのか黒煙が流れて来て、デニスが顔をしかめる。


「時間をかけたいところだが、横取りされてもつまらんからな。首を落とさせてもらうぜ。そうそう、お前の家には火をかけといてやった。どうせ死んじまうお前には必要ないだろう? もうちょっと悔しそうな顔をしてくれよ。ハリス。そうだ。お前が大事にしていた奴隷女。いずれバラして後を追わせてやるから安心しな」


 デニスが右手にマンゴーシュを握って近づいてきた。恍惚の表情を浮かべ、口からは奇声とも笑い声ともつかない声が漏れている。

「じゃあな。ハリス」

 立ち尽くす俺の喉元を狙って腕が水平に振られた。


 その腕が空中にあるうちに踏み込んで肘から先を切り飛ばす。驚いて大きく開けた口に向かって肘を叩きこんだ。前歯が数本折れて血が吹き出す。その目が馬鹿なと語っていた。よろよろと後ずさるデニスに向かってショートソードを突きだす。咽喉を貫かれたデニスはそのままどうと後ろ倒しになった。


 ティアナに危害を加えると言いだした時は怒りを抑えるのに苦労したが、体がきちんと動かないフリは見破られなかったようだ。正々堂々と戦ってもいずれデニスを倒すのは間違いないとしても、こんなところで余計なことに時間を割く余裕が無い。一刻も早くスノードンの所にたどり着かなくてはならなかった。


 デニスの首に指を当て、死んだことを確認して周囲の様子を伺う。黒煙にうまく紛れたようで、この騒ぎには誰も気づいていないようだった。ほんの少しだけ感じた体の違和感も元通りになる。ティアナの作った肌着や下着に救われるのは何度目になるのだろう。先日、ジーナから聞かされた効果の中には強力な解毒作用もあったことを思いだす。


 デニスの発言について考えながら移動を再開した。まさか俺を殺すためだけのために大挙してやってきたとは考えにくいが、その目的の一つぐらいではあるようだ。デニスがマールバーグに潜り込んでいたのなら、俺の狙いを予測して奇襲の可能性を伝えていると考えた方がいい。いや、大丈夫かもしれないな。


 ここでデニスが単独で待ち伏せしていたということは、発言通り手柄を独占するつもりだったのだろう。だとしたら、デニスの性格上、俺が単独でスノードンを狙うという見込みは胸の内にしまっていたはずだ。まあ、どちらにしても俺が退くわけにはいかない。


 めぼしいものを漁り終えたなら、盗人どもの注意は神殿に向かう。逃げ込んだ住民が居るのは分かっているだろうし、そこに女子供が多いことも分かっているはずだ。町の中心で頑張っている集団を潰せば後はいかようにも料理できる。いくらサマード達が活躍しようとも60倍の人数は相手にできまい。


 そうなれば、神殿にいるティアナ達に残された運命は悲惨なものになる。自死を選んだ方がまだ……。くそ。余計なことを考えるな。俺がそうさせない。所詮マールバーグの連中は力でスノードンに押さえつけられているに過ぎない。忠誠心なんて皆無だろう。スノードンが死ねば、手にしている稼ぎを持って逃げ出す奴が大半だ。


 人ひとりがやっと通れる狭い路地をすり抜ける俺に怒鳴り声が聞こえた。口汚く罵っている。自然と笑みがこぼれた。この下品な声はスノードンだ。用心しながら声の方角に進んでいく。ゴミや排泄物の異臭をこらえ、物音を立てないように距離を詰めていった。


 角から覗き込む。広場の一角に締まりのない体つきの巨漢がいた。どこからかかっぱらってきたと思われる豪奢な椅子にふんぞり返っている。周囲には細長いチェストの上に金やキラキラしたものが積み上げられていた。その前で慌てた様子で身振り手振りを交えて説明する男にその巨漢スノードンが手にした容器を投げつける。男は飛び跳ねてそれをかわすが、中身がひざ下を濡らした。


「馬鹿め。50人程度にいつまでてこずっているんだ」

「へえ。そうは言っても手練れなんでさ。おっかねえ婆あを中心に何人か腕の立つのがいるんで。でっけえ斧を持ったのも加勢してきたし、魔法も……」

「絶え間なく突撃しろ。魔法なんざすぐにタネ切れになる。さっさと行け!」


 俺はスノードンの周囲の連中を観察する。20人ほどいるが、阿諛追従するしか能が無さそうなのがほとんどだ。スノードンはその1人から新たな杯を受け取るとグビリとあおる。酒を飲んで命令するだけか。いいご身分だ。さて、わめく以外の能力があるか見せて貰おうか。強欲王さんよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る