第147話 ノルン襲撃

 何か異様な感覚がして目が覚める。迷ったのはほんの一瞬だった。跳ね起きて革鎧を身につけ始める。その僅かな気配でチーチが目を覚ました。

「ハリス?」

「ティアナを起こせ。それからリュー達に声をかけろ。何か変だ」


 手早く身支度をしてショートソードを腰に吊るし、ジーナに声をかけ、ガキどもを叩き起こす。同時にカンカンカンと激しい鐘の音が鳴り響いた。緊張した面持ちのティアナがニックスを抱きしめている。ガキどもは意外と平然としていた。居間に集まった全員に告げる。

「何者かの襲撃らしい。神殿に避難する」


 家を出るともうすぐ夜明けという薄明かりの中でチーチ警護の騎士が周囲を警戒していた。移動を始めようとするとティアナが切迫した声をあげる。

「オーディさんに声をかけないと」

 乱暴に戸口を叩いて顔を出したオーディばばあを拉致するように連行した。


 坂道を駆け上がってくる5・6人の一団と遭遇する。

「へへへ。上物だぜえ」

 先頭を行くチーチの手下達に愚かにも襲いかかった男が昏倒した。リュー達の両手には短い棒が握られている。


 騎士たちも参戦し、この一団は難なく排除できた。しかし、明るくなりつつある町中に、薄汚い風体の集団があちこちにいるのが見える。中には血塗られた剣を振り回し、手に光るものを握っている者もいた。何か所から火の手も上がる。かなりの人数の集団が俺達に気づいて大声をあげながら突っ込んできた。


 これは相手にするのが骨だなと思った時に横合いからコンバが戦斧を振り回しながら突っ込んでくる。

「兄貴。姐さん。無事っすか?」

 見ればコンバは鎧も着ていない。


 コンバの来援のお陰で切り抜けられ、俺達はそのまま走って神殿に向かった。なんとか無事にたどり着き、細く開けられた門の間から中に入る。俺達の後ろで門が閉められた。顔見知りの役人を捕まえる。


「一体どうなっている?」

「良く分からんが、どうもマールバーグの連中のようだ。スノードンの姿を見かけたという話も聞いた。あいつら戦争をおっぱじめるつもりらしい。町の中心に敵の主力が居る。詰所の衛兵が中心になって頑張っているが……」

「そこを突破されたら終わりか」


 俺はチーチを呼んで後を託す。

「ティアナや子供達を守ってやってくれ」

「えー、ハリスはどうするの?」

「俺は衛兵の支援に行く。こうなったら虚名でも活用しなきゃな。時間がねえから四の五の言うなよ」


「しょうがないなあ。夫の頼みとあれば仕方ない」

 チーチがぎゅっと抱きついてくるので一瞬だけ背中に手を回す。振りほどくとほっぺが濡れた。にまっと笑う。

「おでこはティアナにとっといたげる」


 ガキどもをなだめていたティアナと目が合った。たたっと走ってきて背伸びをするとティアナはいつものおまじないをする。妙な胸騒ぎがした。身を離すティアナの頭を両手で抱え、軽く唇を合わせる。身をひるがえして門に向かうとチーチが頬を膨らませて拳を振り上げていた。


 外の様子を伺い、タイミングを見計らって通用口から3人で飛び出す。扉が閉まる直前にニックスが、そのでかい図体にも関わらずすり抜けてきた。閂が降ろされる重い音が響く。その辺りをうろついていた数人が俺達を見つけて襲い掛かってきた。俺が一人を切り伏せる間に残りはコンバとニックスが片付けている。ニックスの毛が赤く染まっていた。


 通りを中心部に向かって走っていくと50人ほどが固まって陣を組んでいる。

「ハリス!」

 弓を構えたシルヴィアが嬉しそうな声を出して手を振った。俺が受け持っていた新人冒険者の顔もチラホラ見える。


 集団の中からランサー執政官とサマード、それに神殿長が疲れた顔を見せた。

「ようやくお出まし?」

「ティアナ達を神殿に避難させてたんですよ。それで戦況は?」

「良くはないわね。一人一人は大したことないけど数が多すぎ。3千は居そうよ」


 武器を手にした味方の向こうには倒れた男たちの山ができていた。

「一応、2度ほど押しかけて来たのは撃退したわ。各自勝手に略奪してたりして統制が取れてないのが幸いね」

「救援要請は?」


 ランサーが力なく首を振る。

「東門が奴らの手に落ちていたんだ。早馬を出したが全員やられたよ」

「それで、何を期待して、ここで手をこまねいているんです?」

「神殿に籠城しても食料が尽きる。何とか勝機を探っているところだ」

「話は後よ。お替りが来たわ」


 見れば通りの向こうから200ほどの破落戸どもが向かってきているところだった。

「押されると面倒よ。こっちから仕掛けましょう」

 サマードが俺を含めた10名ほどの名を呼ぶ。シノーブやキャリーを含めて十分に武装しているメンツばかりだった。


 ジーナの呪文が完成し、巨大な氷柱が敵集団の真ん中に突き刺さった。以前に比べると明らかにでかい。それを合図にサマードが叫び声をあげて大剣を振りかざし突っ込んでいく。俺もすぐ後に続いた。

「こっちにはバラスマッシャーが複数いるんだ。蹴散らしちまえ」

 誰かが景気づけの声を上げる。


 敵さんはこっちが防御を固めると思っていたのだろう。魔法で先制され俺達が突出してきたのを見て明らかに怯んだ。サマードの大剣が無造作に先頭の男の首を刎ねる。シノーブのブロードソードが別の男の剣を弾きざまに左腕を切り落とした。キャリーの長剣を受けた男は俺が横に回り込んで無防備な脇にショートソードを突き刺す。


 一気に数名が切られ動きが止まったところで、後ろの集団が一斉に大声をあげ武器を打ち鳴らして気勢をあげる。その音に敵はたじろいだ。幾人かが背中を見せると烏合の衆は、あっという間に敗走する。逃げ遅れたのを始末してからランサーの所に戻った。多少は気が晴れたのかサマードが笑い声をあげる。ただ、深刻な表情は変わらなかった。


「今ので50ぐらい? この調子で相手をしてると、普通の武器じゃ刃こぼれもするし、脂が巻いて斬れなくなるわ。このままじゃジリ貧ね」

「じゃ、どうするんです?」

「戦争は大将の首を取ったら勝ちよ」


「分かりましたよ。俺に行けってんでしょ? 正面からは無理でも俺一人なら紛れて近づけるでしょうね」

 地面の土ぼこりを両手で集めて頭から被った。髪の毛をぐちゃぐちゃにする。

「これなら、あのクソどもと区別がつかんでしょう」


「兄貴……」

「お前はここで敵を引き付けて一人でも多く倒せ。そして、ジーナを守るんだ」

「了解っす。任せてください」

 俺は集団から離れて脇道に潜り込み、細い路地を駆けて行った。

 

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