第146話 大貴族の横暴

 ジョナサンに頼まれていたメンバーを引き連れてギルドまで戻る。各人とも満足そうな表情を浮かべていた。想像していたよりは真剣に俺の話を聞いていたし、いくつかの小技にも感銘を受けていたようだった。最近はまともなスカウトが少ないので、基本を体系立てて学べるというのも意義があると言う。まあ、満足して貰えて良かった。


 帰ろうとするところをジョナサンに呼び止められる。

「戻ったらギルド長の部屋にお通しするようにきつく言われてます」

「なんだよ。お小言貰うようなことはしてないはずだぜ」

「さあ。私は言われただけなので」


 ジーナに先に帰っているように言おうとしたら、コンバが物凄い顔で話しかけていた。

「あ、姐さん。兄貴の用事が終わるまで、1杯どうっすか?」

「そうね。ちょっと喉も乾いたわね。じゃ、ハリス。コウモリ亭で待ってるわ」


 鯱張った動きでジーナを先導するコンバに心の中でエールを送って2階に上がった。ノックをして入ると我らがギルド長は厳しい表情をしている。

「えーと。何か御用ってことでしたけど。忙しいならまたの機会にしますけど」

「そうもいかないわ。あなたに大事な伝言よ」


「やだなあ。そんな顔をして脅かさないでくださいよ」

「こんな顔にもなるわよ。まあ、危ないのはあなただけどね。あなたが踏み込んで、あの悪ガキを救いだした館だけど、スミノフ公爵につながる一家の持ち物だったの。公爵はとても有力な一門よ」


「ああ。若い奴隷女に入れあげたとかいう?」

「そう。まあ、勢力があることをいいことに色々と他にも問題があるんだけど、そのことはとりあえずいいわ。今回の件で相当怒っているみたい。面子をつぶされたってことで、憎い誰かさんを吊るすって息巻いているそうよ」


 サマードはため息をつく。

「もうちょっと穏便なやり方はなかったの? いいえ。これは単なる愚痴。他の方法は無かったことは想像できるから言い訳は結構よ」

「どうみても向こうに非があると思うんですがね」


「そんな若造みたいなこと言わないで」

「単なるボヤキですよ」

「本当にもう。少しは真剣になりなさい。表向きは、あなたはエレオーラ姫の婿の親友ってことしか言えないんだから。あなたの弁護をしてくれてる人たちも苦労してるのよ」


「それで?」

「予断を許さないけど、あなたの罪を問うというのはさすがに無理ということで、内々にスミノフ一門にあなたを引き渡せってねじ込んできてるそうよ。で、お友達のグラハム伯が啖呵を切ったって」


 俺は視線をサマードから逸らす。ゼークトが何を言ったかだいたい想像がついた。

「なんか申し訳ないな」

「本当ね。お陰で処分保留ってことでほとぼりが冷めるのを待っているみたいね」

「それで、俺をわざわざ呼び出した本題ってのはなんです?」


 サマードは俺を睨みつける。

「そんな愚にもつかない話を聞かせるために呼んだわけじゃないでしょう?」

「まったく。その得意げな顔を見てたら1発ぐらい殴りたくなってきたわ」

「勘弁してください。それこそ死んじゃいます」


「私が匿名でスミノフ公爵に手紙を書いたわ。あなたから手を引きなさい、さもなくばオーロラの雫の件をばらすって。少しは感謝しなさいよ。手に入れた秘密をはじめて私的に使ったんだから」

 俺は口を開きかけてやめた。


 サマードは単なるギルド長じゃない。恐らく裏の顔は、すなわち貴族を秘密裏に監視する監督官だ。その過程で入手したスミノフ公爵の何かの弱みを俺の為に使うと共に、その隠すべき素性も明らかにした。俺はきっちりと頭を下げる。

「ありがとうございます」


 サマードは鼻を鳴らした。

「感謝する相手が違うわよ」

「あいにくと鬼籍に入っているもので」

「少しは見習ったらどうなの」


「色々とお膳立てして頂いたのは分かります。しかし、器量が違い過ぎますよ」

「違うわね。覚悟の問題よ」

「そうです。覚悟も無い。俺に何ができるってんです?」

「別に表だって行動しなくてもいいわ。今はエレオーラ様がいる。あの方を担ぐ形でもいい。やり方はあるでしょ」


 俺はサマードの力強い視線に気圧された。

「まあいいわ。長年、自堕落な生活をしていた盗賊に今すぐ立てというのも荷が重いでしょうから。でも、考えてみて。王国の桎梏になっているスミノフ一門の力を削ぐことができれば、あの下らない法律も廃止できるのよ」


 サマードは表情を和らげる。

「あの子だって女の子ですものね。ちゃんと花嫁衣装を着て、皆に祝福されて正式に夫婦になりたいはずよ」

「なんでそんなことが分かるんです?」


 攻め口を変えてきたサマードに疑問を呈すると、とても良い笑顔を浮かべた。

「そりゃ、私だって昔は女の子だったんですからね」

 俺が黙っていると納得したと思ったのか、サマードは手を振って帰っていいと示す。


 階下に降りた俺を見てジョナサンが同情の視線を向けた。

「随分と絞られたみたいですね」

「ああ。もう鼻血も出ねえよ」

 通用口を通って、コウモリ亭に顔を出した。


「よう。ハリス。不景気な面してんな」

 シノーブが声をかけてくる。割と可愛らしい女性の腰に手を回していた。名前は忘れたが最近ノルンに移籍してきた冒険者のはず。どうもシノーブはバラス討伐者のネームバリューを満喫しているようだ。


 あごをしゃくって奥のテーブルを示す。

「どうやら、お前さんはジーナに振られたみたいじゃねえか。いい雰囲気だぜ」

 少し赤い顔をしたコンバが身振り手振りを交えて話すのをジーナが相槌を打ちながら聞いてやっていた。


「そうかもしらんな」

「ちぇ。俺には他にもいい女がいるって余裕の顔をしてやがる」

 そうは言うもののシノーブの声に以前ほどの棘はない。

「ギルド長に絞られ、食い意地の張ったガキが増えて、それどころじゃねえんだよ」


 俺は奥に向かって歩き始め、俺の姿を目にしたコンバが立ち上がる。

「あ。兄貴。結構時間かかったっすね」

 嬉々として俺の分のエールを頼むコンバを穏やかな顔のジーナが見ていた。

「それで何の話だったの?」


「あの館の件で俺に腹を立ててるのがいるんだと」

 親指で喉を切り裂く真似をするとジーナは顔をしかめた。

「やーね。まあ、とりあえず飲みましょ」

 受け取ったジョッキに口をつけながら、ティアナの顔を思い出し、1杯だけにしようと心に誓った。 

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