第145話 姉
久しぶりに帰った我が家は懐かしい匂いがする。ついこの間までは寝に帰るだけの場所だったが、今ではすっかり俺が寛げる場となっていた。窓を開け、ティアナがてきぱきと掃除を始めると、トムとテオを含めた4人組も親鳥を追いかけるひなのようにくっついて回っている。旅の間にティアナにすっかりなついてしまっていた。
ミーシャに貸していた部屋を4人組にあてがうことにしていたが、中を覗いて歓声を上げる。
「うお。ベッドがある」
ピーチクパーチクと騒いでいたが、ティアナに何か言われたのか静かになった。
部屋から出てきたティアナが買い物に行きたいと言う。
「俺も行く」
「兄ちゃんが行くなら僕も」
「当然ついてくぜ」
「私もお店見たい」
ティアナが俺の方を見るので4人組に言い渡す。
「一緒に連れて行ってやるが、余計なことはするなよ。道行く人のポケットや店の商品が勝手にお前たちの手の中に移っていたなんてことが無いようにな」
精一杯怖い顔をすると4人組は唇を尖らせる。
「俺達だってそこまでバカじゃねーし」
家に戻りティアナの作った料理を食べていると、トムが珍しく真面目な顔をした。
「あのさ。ハリスさんて、やっぱり偉いんじゃねえのか? 町行く人の態度を見てもみんな顔を知ってそうだし、若い兄ちゃん姉ちゃん達がすげえ丁寧にあいさつしてたじゃんか」
「古株の冒険者ってだけだ」
「ハリスは有名なバラスを倒した一人なのよ」
俺とティアナの正反対の答えに子供たちは顔を見合わせる。そこにチーチが加わった。
「まあ、ハリスは有名人だね。許嫁のあたいも鼻が高いよ」
「そうだよ。それだよ」
トムが興奮した声を出した。
「おっちゃん。正直見た目はパッとしないのに、周囲にこんだけ美人が揃ってるってのが不思議なんだよ」
「いやあ。それほどでも」
「ハリスは素敵な人ですから」
「子供には分かんないでしょうけど、顔だけじゃないってことよ」
三者三様の答えにトムは首を傾げた。
「そんなことより、せっかくのティアナの料理だ。味わって食え」
「こんなに美味いもん毎日食ってるってのも信じられねえよ」
「そりゃティアナが料理が上手なだけだ。しゃべってて食わねえなら俺が貰うぞ」
「待てよ。食うって」
腹いっぱいになると子供たちは眠くなったようでベッドに直行する。後片付けをするティアナに声をかけて俺はギルドに今後の予定の確認をしに出かけた。教え子の家を回るというジーナが途中まで同道すると言う。急ぎの用とも思えなかったが、ティアナとチーチに見送られて出かけた。
「なんだか前より賑やかになったわね」
「ああ。4人もいるとうるせえな。遠慮もないし」
「ところで、こんな場所でする話じゃないけど、いい機会だから聞いちゃうわね」
ジーナをチラリと見ると真剣な顔をしていた。
「ハリス。あなたとティアナに何があったの?」
「なんだよ急に」
「あの子の新作の下着の名前は『私の旦那様の下着』になってたわ」
ジーナがその効果も並べ立てる。ああ。くそ。魔力検知したのか。そこまで気が回らなかった。
「あの子が勝手にそう思ってるとは思えないんだけど」
「ああ。先日、求婚した」
「そう。やっぱりね。おめでとう」
お祝いの言葉をつぶやき、ジーナは逡巡する。
「あと一つだけ教えて。もし、あなたとティアナが出会わなかったら、私にもチャンスはあった?」
しばらくお互いに無言で歩く。一見冷静さを装っているジーナの中で渦巻く情念が垣間見えた。
熟慮の上で答えを告げる。
「ないな」
残酷だがはっきりと否定した。ジーナは一瞬だけ顔を歪ませると白い雲がぷかりと浮かぶ空を見上げる。そして、笑い出した。
「はっきり言ってくれるじゃない。まったく、これだけのいい女を手厳しくはねつけるなんて何様よ。でも、あなたらしいわ。ありがとう。これで未練を残さず先に進めるわね。可愛い妹のために身を引いてあげる。感謝なさいよ。これで、心配するのはあと2人で済むんだから」
ジーナは手を上げて俺に別れを告げると道を曲がっていった。顔を上げて背筋を伸ばして去っていく後ろ姿は全く傷心を伺わせない。
「まったくだ。本当にいい女だよ」
届かぬセリフをつぶやく。申し訳ない気持ちでいっぱいになると同時に、コンバが上手くやってくれるように願った。
気を取り直してギルドの建物に入る。
「ああ。ハリスさん。お久しぶりです。戻ってきたと伺って待ってたんですよ」
「なんだ? 新人育成の件か?」
「ええ。身元のはっきりしている人を厳選したんです。指導の再開をお願いしたいんですけど」
「とは言っても、王都で何かの儀式があるとかでエイリアさんがまだ戻ってないぞ。神官無しで潜るのは気が進まないがな」
「第1層を巡るならコンバさんとジーナさんと一緒に前にもやってるじゃないですか。全くの初心者3人をお願いします」
先ほどの気分を引きずって浮かない俺を見てジョナサンは悪い笑みを浮かべる。
「報酬は弾みますよ」
指を1本立てて見せた。
「金貨1枚出します」
「はあ? 俺にそれだけ払うってことは……。ギルドの取り分も含めりゃ、俺なんかと一緒に組まなくても、ベテランパーティ雇って隅から隅まで探索できるじゃねえか」
「世の中にはバラスマッシャーとパーティをどうしても組みたいっていう方が居るんですよ」
「ダンジョンは観光地じゃねえんだぞ」
「そんなことは分かってますって。いつ死が牙を剥くか分からないでしょ? 大丈夫です。金に物を言わせて我がままを言いそうな人は除外してますよ。ちゃんとハリスさんの指示に従うよう誓約もさせますから」
脳裏に食い盛りの子供たちの顔が浮かぶ。一人は女児だったがトム顔負けの量を食べていた。いつになるかは不明だが、ティアナと式を挙げるとなればその金も必要だ。稼ぎはあるに越したことはない。カウンターに寄りかかって皮算用をする俺にジョナサンはダメ押しをした。
「分かりましたよ。銀貨5枚追加で出しましょう。どうです?」
「7枚だ」
「決まりですね。それじゃ日付を決めましょう」
ジョナサンは商売人から生真面目な事務員へと表情を変えた。
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