第144話 タック

「おっちゃん」

 久しぶりに会ったタックは迎えに行った俺に呼びかけるとすぐにしまったという顔をする。

「ハリスさん」

 言い直したタックを見てステラの顔が緩んだ。


「えっらーい」

 アリスが軽い調子でタックを褒める。頭を抱えるようにして抱きしめてるが、ガキには少々刺激が強すぎねえか。

「申し訳ないが、ちょっとだけ二人にして貰いたい」

 ステラは俺の顔をチラリと見るが何も言わず部屋を出る。


「ハリス。私も後でお話がしたいなあ。二人っきりで」

 甘い声を出すアリスを戸口から顔を出したステラが怒鳴った。

「何のろのろしてんだい。さっさとこっちに来るんだよ」

「はーい」

 音のしそうなウィンクをしてアリスも部屋を出て行く。


 タックと俺はテーブルに向かい合って座った。単刀直入に切り出す。

「この間の、父親になってくれという話だがな。悪いがそれはできない」

 俺の言葉にタックの顔が強張った。気にせず続ける。

「お前の父親はトマスさんだ」


「じゃあ、アイツはなんなんだよ?」

「あのなあ。タック。アイツは無いだろ。気持ちは分からんでもないが」

 タックは増々表情が硬くなる。俺は心の中でため息をついた。

「なあ。お前は聖騎士になりたいんだろ? だったら口のきき方考えろ。強いだけじゃなく誰にも親切丁寧、それが聖騎士。そうだろ?」


「それはそうだけど」

「まあ、俺も悪かった。ゼークトは俺と話すときは、割と言葉遣いが昔に戻るからな。俺とゼークトは古い友達だ。他の奴とは違うんだよ。俺もこれからは少し話し方を変えなきゃいけないな。なんといっても伯爵様だ。平民が気安く話しかけていいわけじゃない。分かるな?」


「うん……」

「それでだな、お母さんがお前に謝りたいそうだ。これからはお前と一緒に居られる時間が増えるから喜んで貰えるだろうと思って、ちゃんと話をしなくて悪かったと。ノイマンさんも怒鳴りつけて済まなかったと言ってる」


 俺は椅子を持っていきタックの隣に行った。

「あのな。これから話すことは秘密だぞ。まだティアナにも話したことが無い話なんだから」

 タックは怪訝そうにしながらも、首をこくりとする。


「俺はな、両親の顔を覚えちゃいない。捨てられたのか、死んじまったのか。お前ぐらいの頃は路上暮らしで、道を歩くガキが羨ましくってならなかった。屋根があって、ちゃんとした服を着れて、飯が食えるってもそうだったが、父ちゃん、母ちゃんと呼べる相手がいるってのがな」


 タックのほっぺたを軽くつねる。

「お前は幸せなんだぞ。素敵な母ちゃんがいるんだ。世の中にはな邪魔になった子供を売っぱらう、そういうひどい親もいるんだ。そんなのと比較するのもどうかと思うが、ミーシャさんはお前のことを愛してる。だから、つまらない意地を張るんじゃねえ」


「別に意地を張ってるんじゃないよ」

「そうか。だったら、大人しく母さんのところに帰れ。まあ、もし、ノイマンがどうしても気に入らないとか、意地悪をされるようなら俺に手紙を書けばいい。スカウトになる修行をしたいっていうんでもいいぞ。特別に弟子にしてやる」


 しばらく考えていたタックは小さな声で分かったと言った。いつもの生意気な顔に戻る。

「だけど僕がなりたいのは聖騎士なんだ」

「スカウトも悪くはねえと思うがな。まあ、いいさ。よっしゃ、腹ごしらえしようぜ」


 タックを連れてステラの所へ向かう。カーテンをくぐる前から騒々しい音と声がしていた。

「それ俺が食おうと思ってたやつ」

「早い者勝ちだろ、とろいんだよ」

「あんた達うるさい」


 4人のガキどもがテーブルの上の物を奪い合いしていた。

「あんた達、慌てなくてもまだ料理はあるんだから」

 ステラがよそってやったスープにがっつくとトムが叫ぶ。

「あっつ」


 洗いざらしとはいえ、せっかく着替えさせて貰った服に色んな汁が跳ねている。タックを空いている椅子に座らせた。ガキどもは食事を続けながら、値踏みをするような視線をタックに向ける。友好的な雰囲気じゃない。まあ、こいつらからすればタックでもいいところのお坊ちゃんに見えるのだろう。


 タックが料理を食べ始めたので、俺は厨房に行ってステラに礼を言った。

「どうも無理を言ってすいませんでした。今まで面倒を見て頂いてありがとうございます。タックは母親の元に帰るそうです」

「そうかい。そりゃよかった」


「それと、あんな煩いガキどもにも食事を出していただいて」

「なに。いつものことさ。それより、あんた見直したよ。ティアナちゃんに親切にしてるのは下心とばかり思ってたけど、あの4人も引き取るっていうんだからさ」

 奥で鍋の様子を見ているティアナを見るステラの目は優しい。

「まあ、成り行きってやつですよ」


 アリスが料理を運びながら、ステラから見えない位置で俺に合図を送っていた。改めて礼を言い、そそくさと厨房を後にする。

「おい。タック行くぞ。それから、お前達、俺が戻って来るまでの間、迷惑かけんじゃねえぞ」

 ガキどもは食事に夢中なのか返事もしない。


 タックを連れてミーシャが住むノイマンの家に向かう。出てきたミーシャは詫びを言い、何度も俺に頭を下げていた。タックを押しやると抱きしめながらごめんねと言う。ぎこちなく立っていたタックもその腕をミーシャに回した。あとは時が解決してくれるのを祈るばかりだ。


 少し離れたゼークトの屋敷に向かい、ジーナ達と合流する。ゼークト夫妻には既に別れを告げてあったので、そのまま出立した。ゼークトは何かの用事で呼び出されて忙しくしていたし、エレオーラ姫も俺が踏み込んだ館の後始末の為に王城に出かけている。館の主が有力貴族の一門だったということで結構面倒なことになっていた。


 レッケンバッハ伯爵の屋敷に寄って、ティアナとガキたちを引き取る。伯爵にはこの間迷惑をかけっぱなしだったことを謝罪した。

「いや。なかなか楽しかったよ。ゆっくり話をする時間が無かったが、また機会はあるだろうしね。近いうちに」


 意味ありげに言う伯爵にあいまいな返事をしていると、アリスが籠を持ってやってきた。

「ステラが道中食べてってさ」

 手渡ししながら、被せた布を少しめくる。中に封書を認めた俺にアリスはにっこりとほほ笑む。その目は逃がさないからね、と言っていた。



 

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