第136話 お姉ちゃんの問い

 ♡♡♡


 私は馬車の外を見て思わず歓声をあげてしまった。山の稜線を映す湖の周囲には色とりどりの花が咲き乱れていて美しい。湖の水は澄んでいて底まで見える。馬車は揺れながら山道を登っていきお城の中庭で止まった。湖を見下ろす丘の中腹に建つお城は少々古いけれど、多くの人が出迎えてくれ活気に満ちていた。


 左右に広がる棟のうちの東側の2階の部屋に私は案内される。窓からは湖畔が見下ろせた。案内してくれた女の人に聞くとエルとゼークトさんは1階上らしい。部屋の入口の他に横の壁にも扉があった。取っ手を捻って押しても引いても開かない。鍵穴を見ると向こうから鍵が刺さっていた。隣はご主人様の部屋だったはず、と思って一度廊下に出て訪ねてみる。


 ノックをするとご主人様が顔を出し、私を中に通してくれた。私のところとあまり変わりがない作りで、部屋の壁を見るとやっぱり想像していた場所に扉がある。近くに寄ってみると鍵が刺さっていた。

「開けてみていいですか?」


 ご主人様がうなづくので、鍵を回して取っ手を握る。今度は押すと扉が開いた。向こうは私の部屋だ。

「廊下に出なくてすむなんて便利ですね」

「……ああそうだな」


 振り返ってみると反対側の壁にも扉がある。扉をドンドンと叩く音がした。ご主人様が扉を開けるとチーチが入って来る。

「へえ。やっぱりそういうことなんだね。ティアナの部屋ともつながってるんだ。ふーん」


 ご主人様はなんだか渋い顔をしている。部屋に入るなりすぐに来ちゃったのは迷惑だったかな?

「夜にこの扉閉めたら、あたいはそういうことだと考えるからね。翌日はあたいの番にしてもらうから」


 そういうことって何だろう? ご主人様の顔が更に険しくなった。夜チーチさんの部屋との扉を閉めたら……? 2日前に馬車の中でエルから聞いた話を思い出す。知らず知らずのうちに頬が熱くなるのを感じた。それってつまり、私とご主人様がああいうことをしてるって考えるってこと?


「バカなこと言ってんじゃねえ。ティアナも困ってるじゃないか」

 ご主人様は両方の扉を閉めると鍵をかけて、それぞれを私とチーチさんに渡した。

「ほら。これで安心だろ。俺は扉を開けられない。それじゃあ、俺はゼークトに呼ばれているから自分の部屋に戻ってくれ」


 チーチさんは閉めたばかりの扉の鍵を開けようとする。

「お前何してんだ?」

「部屋の鍵おいてきちゃったから、こっちからじゃないとあたいの部屋に戻れないんだけど」


「ああ。そうだったな。ちゃんと向こうから鍵かけろよ」

 扉が閉まり、鍵穴に鍵が差し込まれる。ご主人様と一緒に部屋を出た。自分の部屋に戻ろうとすると、チーチさんが廊下に顔を見せる。ご主人様はため息をつきながら、廊下を歩いて行った。


 自分の部屋に入ってベッドに腰掛ける。自分の手の中の鍵が熱く感じられた。エルの話を思い出して困惑する。話していた内容はとても信じられなかったけれど、あのとき、ご主人様が私の首に口づけをしたのは……。想像が変な方向に行きそうになって枕に顔を埋める。誰も見ていないからいいけれど顔が真っ赤だろう。


 気づくとすっかり暗くなっていた。明るい月が上っているので真っ暗ということはない。馬車に乗っていた疲れが出て眠ってしまったようだ。慌てて起き上がり服の皴を伸ばす。そこへノックの音がした。

「ティアナ。温泉行こう」


 廊下に出てみるとお姉ちゃんだった。

「夕食の前に入ってみようよ。肌がすべすべになるらしいわ」

 お姉ちゃんと連れだって、別の建物に行く。中から卵の腐ったような強い臭いがしていた。


 小部屋で服を脱いで、髪の毛をタオルで包み、木戸を開ける。もうもうとした湯気が満ちた大きな部屋はタイル張りだった。水をたたえた池のような場所があり、手をつけてみると暖かい。お姉ちゃんの言う通りに木桶で体にお湯をかける。それからおっかなびっくりお湯の中に入ってみた。


 お湯は少し粘りがあり、少しだけ濁っている。手足を伸ばすと体が軽くなった気がした。すぐに体全体がぽかぽかと暖かくなる。お姉ちゃんも伸びをしていた。

「うーん。これは気持ちがいいわね」

 縁に両腕を広げてお姉ちゃんは体を預ける。


 こっそりお湯の中の自分の体とお姉ちゃんの体を見比べた。やっぱりお姉ちゃんの体つきは大人のものだ。私も前のようにあばら骨が浮いていることはない。けれどもお姉ちゃんのようにお湯に合わせて揺れるものは私は持ち合わせてはいなかった。お姉ちゃんがお湯にさざ波を立てながら側に寄ってくる。


「ねえ。ティアナ。大事なことを聞きたいんだけどいい?」

 お姉ちゃんが私の顔をのぞきこむ。

「何でしょうか?」

 お姉ちゃんは質問があると言いながらしばらく天井を見上げていた。私も見上げると天井もタイル張りで緩い傾斜を描いている。

 

「ティアナはハリスのことが好き?」

「ええと……」

「もちろん好きよね。でもそういう意味じゃなくて、そうね。ハリスと結婚したいと思う?」

 なんと答えていいのか分からない。


「お姉ちゃん。どうしてそんなことを聞くの?」

「先日、エルがさ、男の人の話をしたよね。あの時、ティアナ恥ずかしがってたでしょ? それって、ハリスのことを想像してたんだよね」

 お姉ちゃんの目を見ていると勝手に頭を縦に振っていた。手で顔を覆ってしまう。

「別に恥ずかしがらなくてもいいわよ」


「お姉ちゃんはどうして恥ずかしくないの?」

「そりゃあ、もう知ってるから」

 え? お姉ちゃんはもうご主人様とあんなことをしたことがあるの? 胸の奥がチクリと痛む。どうしてこんな気持ちになるんだろう。


 お姉ちゃんは手を伸ばして私の頬を撫でる。

「相手はハリスじゃないから。そう。ティアナも嫉妬するのね。それが分かって良かった」 

 お姉ちゃんはにっこりと笑う。


「私もハリスのことが好き。でも。私はあなたと争いたくはないの。エイリアやチーチに譲るつもりはないけれどね」

 私の口は膠で張り付けられたように開かない。外から誰かが入ってきた気配がする。ジーナお姉ちゃんは私の頬をつまむと離れていく。私の頭の中でお姉ちゃんの言葉がぐるぐると渦巻いていた。

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