第135話 道中にて

 昨晩は結局ベッドに人で寝た。朝食も早々に俺はタックを連れて、レッケンバッハ伯爵の屋敷を訪ねる。もうミーシャのところには戻らないとタックが意地を張るので、ミーシャに断りを入れたうえで、俺は頼りになりそうなステラにしばらくタックを預かって貰うよう頼みにきたのだ。


 俺達が面倒を見れればいいのだが、昼前にはゼークト夫妻に従って出かけなくてはならない。2人は新婚気分を味わうために、王国の東部にある保養地バーデンに滞在することになっていた。それは表向きの話で別の用事もあるのだが、そんなわけでタックを連れて行くわけにもいかない。


 自分を置いて出かけると聞くとタックはむくれたが、チーチが怖い顔をすると素直になった。見知らぬステラに預けられる点についても、ティアナの料理の師匠と聞くと不満を言わなくなる。肝心のステラは二つ返事で引き受けてくれ、支度を終えたレッケンバッハ伯爵とゼークトの屋敷に戻ると出立にはなんとか間に合った。


 エレオーラ姫とグラハム伯となったゼークトは大変お肌の調子が宜しい。さぞや充実した夫婦生活をされたのであろう。

「エル。今日はいつも以上に肌のツヤがいいね」

 俺が口に出せないセリフをティアナが自然体でぶち込む。


 もちろんエレオーラ姫は顔を赤らめたりしない。

「そお? バーデンに行くのが楽しみだからかな。景色がキレイらしいんだよね。さ、乗って」

 エレオーラ姫はティアナ、ジーナとエイリアに馬車に乗るように促した。3人はお姫さんの退屈しのぎの話し相手として同行している。


 そして、チーチは俺と決闘したときと同じ出で立ちで馬に跨っていた。いかにも乗りなれた様子で俺に手を振る。俺も騎乗し、総勢30人ほどの一団が移動を開始した。レッケンバッハ伯爵がコンバに何かを言って笑っている。どういう伝手を使ったのかキャリーも居た。


「ねえ、ハリス」

 チーチが馬を寄せてくる。自分だけ馬車に同乗できなくて気分を害しているかと思ったが意外とさっぱりしていた。一応詫びを言っておく。

「え? 全然あたいは気にしてないけど。だって、ハリス独占できるし」


 チーチは鐙が触れんばかりの位置で馬を走らせる。

「まるで、あたいとハリスで旅行しているみたいでしょ。本番の下見だと思えばいいし」

 嬉しそうにチーチはにんまりとする。何の本番だよ。


「やっぱり、あの2人はまだだったんだね。その分、昨夜は頑張ったみたいだけど。お姫様相手だと色々と手順が面倒くさいのかな。あ、ちなみにあたいは婚前でも全然問題ないからね」

「あのなあ。日の高い時間に話すことじゃないだろ。それに声を抑えろ」


「ごめん」

 チーチはちょっとだけ首をすくめる。

「でもさ、ハリスって意外と生真面目そうだし、遠慮してると悪いかなって」

「そりゃそうだろ。というか、チーチ。お前ももう少し自分を大切にした方がいいぞ」


「そお?」

「肌を見られるのも厭うんだろ? この先何があるか分からないんだし。それこそ、関係持って俺が急死したら、お前が困るんじゃないか」

「別にぃ。ほら、あたいはハリスに助けて貰ってなければ、さらった奴らに何されてたか分かんないから。それに比べたら何でもないよ」


「それにしたってなあ」

「あ。ひょっとして、ハリスってば、あたいに手を出さないのはあいつらにもう何かされたと思ってる? 未遂だからね。天に誓って清いまんまだから」

「別にそんなこと思ってねえよ」


「どうかなあ。あたいって結構美人だし、体つきも悪くないのにさ、ハリスって触りすらしないでしょ。過去に恋人もいたみたいだし、男色一本ってわけでもなさそうだからさ」

 なんだよ、その男色って? どこからそんな与太話仕入れたんだ?

「というより、お前がそこまで俺に入れ込むのが理解できねえ」


「好きになるのに理由なんていらないよ。それだけ」

 チーチは一瞬だけためらいをみせる。

「って言っても不安だよね。あたいはハリスのこと裏切ったりしないから。ハリスが納得するまで待つからさ」

 殊勝そうな顔するがすぐに崩れた。

「ま、そう難しく考えずにお試しもあり。今夜とかどう?」


 睨みつけてやるとぱっと馬を駆けさせる。すぐに速度を落として俺が追いつくのを待っていた。再び並走しながら話題を変えてくる。

「それで、タックどうするの? 本当に引き取るつもり?」

「まだ答えは決めてない」


「ミーシャって、未婚のあたいが言うのも変だけど、母よりも女って感じがする。別にタックが邪魔とかは無いんだろうけど、相手の男の方を優先しそう」

「俺はそこに立ちいる気はねえよ。タックも意地張ってるだけかもしれないし、正直俺にも何が最善か分からねえ。ただ、継父とどうしても無理というなら、ノルンに置いてやってもいいかもとは思ってる」


「そうかもね。お屋敷だと王様が訪ねてくることもあるだろうし、その時におっちゃんとか呼んだら悲劇になっちゃう」

「ミーシャに求婚した庭師の言ってることももっともなんだよ。ただ、そいつに言われたらタックは素直に聞けないってのも分かる。俺が先に教えときゃ良かったな」


「本当にハリスは子供に甘いねえ。そんなに子供が好きならさ、4人作ろう。バリャンのチームができる」

「ああ。馬に乗って水の入った革袋を棒で引っぱたく競技か? って何だよ、4人作ろうって?」


「もちろん、あたいとハリスの子供に決まってるじゃない」

 俺はもう怒る気力も出ない。

「別に俺は子供が好きなわけじゃねえ」

「はいはい。そういうことにしといてあげる」


 それからは他の話題に変わる。東部方面の事物を知らないチーチに質問攻めになった。山や村、遠くの古城や花、鳥などについて答えてやる。色んなことを知ってるね、と感心された。軽快に飛ばし日が落ちる前には今夜の宿泊所に到着する。貴族や公務を帯びた役人のための施設で、管理者も役人だ。


 姫の乗る馬車から降りてきたティアナは目を回したような顔をしていた。顔色も赤い。降りるのに手を貸してやると、下を向いてしまった。

「何かあったのか?」

 問いかけても視線をそらす。横を見るとエイリアも頬を上気させていた。


 奥から降りてきたエレオーラ姫は申し訳なさそうだ

「ごめん。ちょっと刺激が強すぎる話題だったみたい」

 馭者の助けも借りずに飛び降りると、お姫様はゼークトの方に駆けて行く。続いて出てきたジーナはそっとため息をついていた。

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