第132話 結婚式

 俺は2つの指輪が乗った小さなクッションを持って進み出る。皆の視線が集まってやりにくいったらありゃしない。特に最前列に座るカンディール4世の姿はあえて視野の外に追いやった。こけて指輪を落としたりしたら縛り首になるかもしれないな。くだらないことを考える。


 俺の前に進み出たゼークトとエレオーラ姫が笑いかけてきた。ゼークトはピカピカに磨き上げられた聖騎士の儀礼用鎧に身を包んでおり、エレオーラ姫は紫色のロングドレスに同系色のヴェールを被っている。近くで見ないと分からないがドレスにはびっしりと銀糸で刺繡がしてあった。


 俺が捧げ持つクッションから、まずゼークトが指輪をつまみあげる。レースの手袋を外したエレオーラ姫の左手を取ると指輪をはめた。そして、エレオーラ姫がゼークトに同じようにする。俺はほっとしながら後ろに後ずさった。俺の介添としてついてきていたコンバは謹厳な顔は崩さずに目だけで慰労の意を送ってくる。


 最高神祇官が祝詞を上げる中、俺は向かい側に立っているティアナに視線を送った。無事にエレオーラ姫の先導役を果たしてほっとした表情をして、神妙に首を垂れる新郎新婦を熱心に見ている。その後ろではジーナがティアナに寄り添っていた。やっぱり同じように2人を凝視している。


 長い祝いの言葉が続いていた。最高神祇官の後ろに並ぶ聖職者達の中でエイリアが唱和している。神殿の広間のどこにいるかは分からないが、キャリーも警備しながら、この様子を観察しているはずだ。参列者の列に目をやると前から2列目にチーチが澄ました顔をして座っている。


 宰相ゴッツワルド・ハウゼンや近衛騎士隊長のすぐ側だった。チーチ個人というよりはマーキト族長の名代という立場なのだろう。その後ろのお歴々の中にはレッケンバッハ伯爵の端正な顔も見える。俺と目が合うと唇の端を動かした。その伯爵を近くのどこかの令嬢がチラチラと盗み見ている。


 なんというか、場違い感が俺を押しつぶしそうだった。まあ、出番は無事終了したし、俺を見ている人間なんかいない。と思っていたが、どうも様子が違う。宰相をはじめとして数人が俺の方を見てはなんとも言えない表情をしていた。例えるなら、初めて立って歩いた幼児を見守る顔だ。なんとなく見覚えがある顔もある。たぶん、ジジイの一党なのだろう。


 ようやく長い祝詞が終わり、最高神祇官がゼークトとエレオーラ姫に向かい合うように促した。ゼークトが高価なヴェールをつまみあげ、姫の美しい容貌を露わにする。絵になる光景だった。ゼークトが体を屈めてエレオーラ姫にキスをする。最高神祇官が宣言し2人は夫婦になった。


 新郎新婦が退出し、カンディール4世を先頭にして参列者が城の中の王室専用の礼拝堂を後にする。最高神祇官が神官を引き連れて出て行くと、残っているのは警備の兵と俺の関係者だけになった。コンバを連れてティアナとジーナの所に向かう。2人はまだ夢見るような目をしていた。


「大役お疲れ様。ぼうっとしてるんだな」

 声をかけると2人は長い息を吐く。

「素敵でした」

「見とれちゃったわ」


「まあ。あの2人だからな。まさにお似合いのカップルだ。密かに涙を拭っている奴も多いだろうよ。さてと、余韻にひたるのもいいが、この後の宴にも出席しなけりゃならないんだ。そろそろ会場へ移動しよう。味はともかく金のかかった料理が出てくるはずだ」


 4人で連れだって大広間に向かう。会場の中には物凄い数の人がいた。数百名はいるだろう。式には参列できないが賀意を述べるために集まった人々だった。有力な商家や職能ギルドの代表者、外国の使節などだろう。思い思いの格好をした男女が奥にしつらえた一段高い場所にいるゼークトとエレオーラ姫に挨拶をしていた。


 俺達は挨拶は不要と事前に言われていたので、向かって右手にあるテーブルに向かう。給仕から皿を受け取って、いくつかの料理をよそって貰った。ところどころにある背の高い丸テーブルの一つを占拠して飲み食べし始める。何をしたわけでもないのに腹が減っていた。


「ハリス殿ご苦労だった」

 食べ物から顔を上げるとゴッツワルドが泡の立ち上るグラスを手ににこにこしながら立っている。俺は慌ててベリーソースのかかった野鳥のソテーを飲み下した。

「ハウゼン閣下。ご挨拶痛み入ります」


「いやいや。見事にリングマスターの務めを果たしたではないか。その衣装も良く似合っておる。こう言ってはなんだが見違えたぞ。友人の門出を近くで祝えて貴殿にとっても良かったであろう?」

「仰せの通りです」


「あの両名の晴れ姿を見て、貴殿も期するところがあるだろう。次は貴殿が華燭の典をあげる番だな。その時は私もぜひ招待して頂きたいものだ」

「はっ。ご厚意かたじけなく存じます」

「そうだ」


 ゴッツワルドは後ろを振り返り手招きする。ゼークトの副官のホフマンがやってきた。儀礼用の鎧に身を固めたホフマンはかかとを揃えて胸に腕をあて一礼する。

「お呼びでありますか?」

「うむ。ハリス殿もこういう席は不慣れであろう。脇に控えておいてくれ」


 ホフマンは俺の後ろにぴたりと立つ。それを見てゴッツワルドは満足そうな表情を浮かべた。

「そなたがおれば間違いなかろうて。ではハリス殿。吉報楽しみにしておりますぞ」

 ゴッツワルドは軽く会釈をして去って行った。


 もうグルだというのを隠すつもりもないらしい。あまり飲まないつもりだったが、急に喉の渇きを覚えた。行きかう給仕の一人からゴッツワルドの持っていたものと同じと思われるグラスを受け取る。グラスを傾けると喉の奥で泡が弾けた。馥郁たる香りも心地いい。酒も最高のものが供されているようだ。


 視線を感じて振り返るとティアナが俺の手を見ている。

「分かってるって。ところで、その貝の味はどうだ?」

 話題を変えるためにティアナの皿に乗った乳白色のつややかな身をした貝の味を聞く。


「ねっとりと濃厚な味がします。海から離れているのにこんなに新鮮な貝が食べれるなんて不思議ですね」

「俺も一つ貰ってこよう」

「これどうぞ。ハリスがそう言うだろうと思って取っておいたんです」

 ティアナは嬉しそうに皿を差し出してきた。

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