第131話 あれもこれも

 王都につくとゼークトの屋敷に厄介になった。ゼークトの屋敷は広い。王都に寄るべのあるエイリアとキャリーを除く全員が泊まるだけの部屋はあった。エレオーラ姫と顔を合わすのはおっくうだったが、婚礼前ということで城に閉じこもっている。お陰で俺に突きつけられた問いへの回答は先延ばしできた。


 婚礼前のゼークトの屋敷は慌ただしさと活気に満ちている。その中で俺達は粗略にこそされないが、邪魔にならないように大人しく過ごす。ただ、俺とティアナは出かける必要があった。それぞれの役目に合わせた衣装の採寸から仮縫い、仕上げと数回外出する。


 出来上がった服に袖を通した感想だが、ティアナは文句なしに可愛かった。花嫁よりも目立ってしまうことを心配してしまうほどだ。秋の空のような澄んだ青から藍へと連続的に色が変わる服はティアナの魅力を十分に引き立てている。俺が与えたイヤリングともぴったり調和していた。


 一方で、俺の方はと言えば、仕立屋はきちんと仕事をしたと思う。ティアナは俺の姿を見て、かっこいいですとは言ったがお世辞と考えて間違いない。俺達の姿を冷やかしに来たやじ馬連中も、ティアナに対しては本人を褒めたのに対し、俺に対しては衣装に関してのコメントしかなかった。


 仕立屋からゼークトの屋敷へと歩いて帰る。王都は婚礼を控えて町行く人が増えていた。警邏隊や騎士の姿が目に付く。すれ違った若い騎士が立ち止まり、朗らかに手を挙げてあいさつをした。横のもう一人はそっぽを向いている。

「ハリスさん。先日はお世話になりました。キャリーさんもお元気そうで」


「あら。ジグムンドじゃない。見回り?」

「ええ。お祭りムードですからね」

「そう。頑張ってね」

 キャリーと話ができてジグムンドは嬉しそうだ。どうやら、俺への対抗心も消えたらしい。


 それに引きかえ横にいるカーライルは周囲を警戒するように見せかけて俺のことを見ようともしない。今日はエイリアは同行していないので遠慮するつもりもないのだろう。ジグムンドと一緒に去って行った。態度悪い、とキャリーが小さな声でつぶやく。まあ、確かに大人げない。


 エイリアがカーライルになんと伝えているのかが気になるところだ。解毒薬を口移して飲ませたという事実をそのまま伝えたのであればまだいい。それでもカーライルからすれば面白くはないだろう。ただ、俺から別の意味で口づけをされたというようにエイリアが受け取っているとしたら怖い。


 気を取り直して道を行く。立派な馬車が行きかっていた。そのうちの1台が止まったと思うと明るい声が響く。

「ハリス。ひっさしぶり~」

 ステラの店の女給アリスが手を振っていた。


 扉が開くとアリスが駆け寄って来て俺の手を握る。

「話聞いたよ。凄いじゃない。バラスとかいう凄いのを倒したんでしょ。吟遊詩人が歌ってるの聞いたわ。私が見込んだだけのことはあるわよね」

「ちょっとアリス。あんたなにやってんのさ」


「ステラ様!」

 ティアナが弾んだ声を上げて馬車に駆け寄りステラに頭を下げる。俺はその横の窓に見えるレッケンバッハ伯爵に黙礼した。チーチが俺のわき腹をつつく。

「ねえ。誰よ?」


 アリスは片目をつぶる。

「ハリス。今度、時間取ってね。それじゃ」

 やってきたときと同様にアリスはつむじ風のように馬車に戻る。走り出した馬車を見送りながら、俺の胃が重くなった。そういやゴタゴタで返事書き忘れてたな。


 チーチへは後で話すと約束して、アリスへの対処を考えながら歩き出す。不意にキャリーとコンバ、チーチの下女3人が警戒態勢に入った。その視線の先を見る。不審者がいた。俺の胃が重さを通り越して痛くなる。

「おうおう。ようやく会えたぞ。久しぶりじゃなあ」

「マルホンド師……」


 ひざを曲げて上体をそらし、両腕でティアナを指さすポーズで満面の笑みを浮かべるマルホンド。ティアナが俺の腕にぎゅっとしがみつく。

「まだ攻撃はするな。見た目は変人だが一応魔法学院のお偉いさんだ」

「うむ。その通りである。ワシほどの魔法士はそうそうおらん」


 マルホンドは杖を握りしめるジーナの方を見る。

「おう。ジーナではないか。なるほど、聞いたことがあると思ったら、ティアナの姉のジーナと言うのはお前さんだったか。ザ・ブレス。きちんと使いこなせておるか?」

「ええ。まあ」


「それは重畳。ところで、相変わらずでかいおっ……」

「路上です。お控えください」

「何も大きな声を出さんでも。何の話だったかの? おお、そうじゃった。ティアナ。ワシのところで研究するという件、考えてくれたか?」


 ティアナは俺の後ろに隠れてしまった。そこへ数人の男女がやってくる。

「マルホンド師。賢人会議が始まります。勝手に出歩かれないようにお願いしていたはずですが」

「そんなことよりもワシは今この娘とじゃな……」

「やむを得ん。それっ」


 やってきた男女がマルホンドの手足を持って担ぎ上げる。

「まて。まてと言うに」

「待てません」

「ワシは諦めておらんからな~」

 マルホンドは叫び声を残して拉致されていった。


「ねえねえ。アレは何?」

 チーチが目を丸くして聞いてくる。アレ呼ばわりは無いと思ったが仕方ないか。俺は全身の倦怠感と戦いつつ返事をする。

「とりあえず、ゼークトの屋敷に戻ろう。これ以上、誰かに会いたくない。もうお腹いっぱいだ。帰ったらちゃんと話すから」


 幸いなことにそれ以上は誰かに声をかけられることなくゼークトの屋敷に帰り着く。門番が頭を下げるのに応えて門を通った。応接室を借りて腰を落ち着ける。興味津々のチーチに話してやりながら、俺はトラブルの種について考えを巡らせた。


 ジグムンドはキャリーが変なことをしない限りは当面問題なしでいいだろう。カーライルはエイリアに任せるしかない。そもそもエイリアとの関係を何とかしなければ。それはアリスも同じだ。まあ、アリスは伯爵を通じてステラに諭してもらうという手もあるのでまだ対応はしやすいかもしれない。


 そして、マルホンドがティアナに執着しているのは困ったものだ。変人だがそれなりに力を持っているので下手な手は打てない。あまり頼りたくはないが、最悪エレオーラ姫に何とかしてもらうしかないだろう。色恋沙汰でないだけに頼みやすいのだけは不幸中の幸いか。しかしあまりお姫様と取引はしたくないんだがなあ。

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