第129話 強欲王スノードン

 トールに襲われてからというもの、新人育成は一時お休みとなっていた。10日ほどの間のんびりと過ごす。そのうちの1日はノルンの町の近くの川で皆で釣りをした。即席の釣り竿だったがそこそこ捕れる。ティアナが魚の腹を裂き、塩を振って串焼きにして食べた。たまにはこういうシンプルなものも良い。


 俺達が食事をしていると、川に入ったアホ犬が岸に上がって身震いし、水をまき散らした。ティアナとチーチは子供のようにキャアキャアと騒ぐ。その様子を見てジーナも笑っていた。真面目に新人育成に精を出していたこともあり懐具合はそこそこ豊かだ。たまにはこうやって遊びに連れ出すのも悪くない。


 そんな浮かれた気分で訪れたサマードからトールの尋問の結果を聞かされた。

「トールの本名が分かったわ。ニコラス。美男子プリティボーイのニコラスと言えば分かるかしら?」

 俺は口笛を吹く。


「プリティボーイねえ。スノードンのところの幹部じゃねえか」

「きれいな顔に似合わぬ残虐さをもつクソ野郎ね。女を抱きながら無数の刺し傷を負わせるのが趣味らしいわ」

「狙いはエイリアか?」


「そうだったら良かったんだけどね」

 結構ひどい言い草だ。俺の顔を見たサマードが肩をすくめる。

「狙いはあなたよ。スノードン直々の命令であなたを狙っていたみたい。私は、あなたに死なれちゃ困るのよ」


「それで、なんで俺が狙われる?」

「心外そうね。胸に手を当てて考えたら分かるんじゃない?」

「さっぱり分からねえ」

「スノードンが聞いたら激怒しそう。本当に分からないの?」


 俺は記憶を探る。

「まあ、チーチを誘拐しようとしていた奴らの邪魔をしたな。ティアナをさらおうとして失敗したのもマールバーグの連中か」

「レッケンバーグ近くの廃銀鉱にいたのも、ミコネン家の狂言誘拐の件もそうね。随分と関係があると思わない?」


 俺は天井を見上げてため息をついた。

「マジかよ……」

「その全部に関わっている生意気な野郎がいるというのでスノードンはカンカンに怒ってるらしいわ。さらに腹心のニコラスの連絡が途絶えたとなればねえ」


「怒りのあまりお亡くなりになったりしてくれないかな?」

「ああいう悪人は長生きするものよ」

 サマードは表情を引き締める。

「冗談はさておき、新人の身元チェックが甘かったのは私のミスよ。謝るわ」


 俺は両手を前に出して手のひらを振る。

「やめてくださいよ。ギルド長に頭を下げられたりしたらケツがむずがゆい」

「あなたねえ。少しは真剣に考えなさい」

「考えても、そんな大物に睨まれたらどうしようもないでしょ?」


「そうでもないわ。売られた喧嘩は買わなくちゃ。スノードンを殺っちゃえばいいのよ」

 とんでもねえことを言いだすな。この婆さん。サマードが笑みを浮かべる。

「ねえ。ハリス? 何か変なこと考えてたでしょ?」


「無茶苦茶言いだすなとは思いましたよ」

「まあ、いいわ。そんなに荒唐無稽な話でもないと思うわよ。マーキト族との関係が好転している今ならマールバーグに出兵する余裕ぐらいあるもの。族長のネムバも積極的に手を貸すでしょうしね」


「まあ、そうかもしれないが俺には関係ない……。ないよな?」

「さあ。どうかしらね? 総指揮官はまだ無理にしても一翼は担えるんじゃないかしら?」

 抗議しようとして俺は口をつぐむ。無駄だ。ギルド長もお姫さんの一味なのは間違いない。


「まあ。派兵となればすぐにとはならないでしょう。とりあえず、あなたに箔をつける必要があるわね。仲間の力を借りて運よくバラスを倒せたスカウトってだけではないということを納得させた方がいいわ。あなたに手を出すということは王国に弓引くに等しいんだってね。そうなれば、スノードンも計算高いんだから、当面は諦めるはずよ」


「そんな方法があります? 表向きには俺は一介のスカウトでしかないですよ」

「バラスを倒してはいるけどね。はい。これ、あなたへよ」

 凝った封筒の表には俺の名前。裏返すと見知った名前が2つ封蝋の下に並んでいた。

「第4王女の配偶者の結婚式の介添役、しかも指輪持ちリングマスターを務めるというのは名誉なことよね」


 リングマスターは結婚の誓いと共に双方が取り交わす指輪を捧げ持つ役割だ。通常は新郎の年下の親族が務めることが多いが……あの野郎。

「そんな顔しないの。さすがにあなたへの手紙を開封したわけじゃないわよ」

 誤解したのかサマードは封を切ったもう1枚の封書をヒラヒラさせる。


「大事な役目なので間違いなく会場まで送り届けるようにって。しがないギルド長としては王女様直々のご命令とあらば謹んで従うほかないわよねえ」

 下を向いてわざとらしいため息をして見せる。俺が何も言えないでいるとサマードは顔を上げた。


「そうそう。それから、これはあなたにお願いしなきゃいけないんだけど、ティアナちゃんも連れて来て欲しいそうなの」

「はい?」

「王女様の花嫁の杖ブライズスタッフをして欲しいんですって」


 式場の入口から花嫁の手を取って新郎の手に引き渡す乙女の役か。それをティアナにやらせるつもりなのか? あのお姫さん……。

「ティアナちゃんもこれでぐっと立場が上がるわね。王女様のブライズスタッフともなれば半ば公的な地位のようなものでしょう。ティアナちゃんにも迂闊なことは出来なくなるわねえ」


 俺は自分の封書をナイフを使って開封する。中に入っていた手紙の中身はサマードが言った通りのことが書いてあった。丁寧な表現ではあるが、こちらの意向は考慮されない。一国の王女様のお願いだ。実質的には命令に等しい。結婚式は10日後となっていた。衣装の準備があるので可及的速やかに王都に来いとある。


 俺一人なら平身低頭して固辞するという手が無くはない。ティアナの地位を引き上げるのとセットというところにこの策の悪辣さがあった。バラスと戦わされた時に同じだ。しかも、解放奴隷との婚姻禁止という問題はクリアしなければならないものの、チーチの上の立場にティアナを据える大義名分ができる。


 俺の脳裏に今はホフマンと名乗る男の顔がちらつく。エレオーラ姫の参謀はあいつだ。ジジイの最後の弟子。こういう手の込んだ策については俺の及ぶところではない。

「いずれにせよ聖騎士のお屋敷の方が安全よ。私のためにも早々に出発してくれると助かるわ」

 サマードは、さっさとケツを上げて支度しろという顔をしていた。


 

 

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