第128話 暗殺者
俺はマグをトールに投げつける。続けざまにナイフを2本投擲した。1本は細剣に弾かれたが、1本は革鎧の腹に突き立つ。エイリアの喉に突き立てようとした細剣を駆け寄った俺のショートソードが辛うじてはじく。エイリアを背中に庇いながら突いてくる細剣をさばいた。
トールは次々に細剣を繰り出してくる。先ほどまでの動きとは見違えるほどに速く正確なラッシュに防戦一方になった。新しい革鎧に傷がつく。俺の武器がただのショートソードだったら負けたかもしれない。しかし、何とか返しの一撃が次の突きのために引いた手首を捉えた。細剣ごと手を切り飛ばされてトールは後ずさる。
俺はショートソードを振りかざした。残った腕で頭をかばおうとするトールの腹を力いっぱい蹴ると前かがみでうずくまる。さらに顎を蹴るとトールはひっくり返った。ひざまずいてデイジーが握ったままだったマグを奪う。トールの顔を殴り両ほほを手でつかんで口を開けさせ、マグの底に残っていた茶を流し込んだ。
トールの体が弛緩するのを確認すると、エイリアのところに取って返す。すでにエイリアは立っておられず、壁にもたれかかりながら座り込んでいた。隠しポケットから強力解毒薬を取り出す。エイリアに飲ませようとしたが、口が緩んでよだれが垂れていた。
エイリアだけでも復活させないとどうしようもない。俺は青臭い強力解毒薬を我慢して口いっぱいに含む。エイリアの鼻を指でつまみ、俺の口でエイリアの口を塞いで流し込んだ。反射で咳き込み吐き出そうとするのを抑えるため、しばらくその姿勢のままでいる。
強力解毒薬は高いだけのことはあり吸収も早い。エイリアの瞳に力が戻るのを確認すると体を離した。口の中に残ったクソまずいものを飲み下す。俺もトールに何かの毒を盛られたはずだ。まったく毒の気配は感じられないが、薬を飲んでおいて問題はないだろう。エイリアの顔に血色が戻ったので手を引いて立ち上がらせる。まだ手足に力が入らないのか抱きついてきた。
俺はエイリアを抱き上げデイジーのところに運ぶ。
「毒の浄化を頼む」
俺の声にエイリアはこくんと頷いた。
「後ろから支えて貰えますか」
胸に手を当ててたどたどしく呪文を唱え始めたエイリアの肩を抱いて支えてやる。次いで、ドノヴァン、最後にコンバに魔法をかけて貰った。体が大きいせいかコンバは毒の効きが悪かったようだ。すぐに回復して自分の足で歩き出す。デイジーとドノヴァンの面倒を見るように頼んで、トールのところへ行った。
手首からの止血だけをエイリアに頼む。手足を縛って、足を縛った場所から紐を伸ばした。要領よく火の始末も終えていたコンバに先を行かせ、トールを引きずりながら第1層を目指す。子供の背丈ほどの長い爪の亜人の一団に遭遇した。
「コンバ。遠慮はいらねえ。やっちまえ」
「了解っす」
コンバの戦斧がうなり、2体をまとめてぶった切る。爪で切りかかってきた1体の顔に柄がめり込んだ。5体いた亜人はあっという間にせん滅される。ドノヴァンは驚いた顔をしていた。
「コンバが本気を出せばあんなもんさ。さあ、行くぞ」
階段を引き上げる際はコンバの力を借りた。第1層からダンジョンの外へと出る。俺はコンバに茶をいれるように頼む。コンバは笑顔で引き受けた。
「エイリアさん。まだ毒の浄化するだけの魔力残ってますか?」
「ええ。もちろんですわ」
エイリアはやたらと体を俺に寄せてくる。
「気が進まないでしょうがコイツもお願いできます?」
短い詠唱を終えるとエイリアは俺と場所を変わった。俺は片膝をついてトールの顔を見降ろす。ナイフをトールの目の前にかざした。
「誰の指示だ?」
トールは返事をしない。
「そうか。まあ、話さないと言うならそれでいいさ。こんな状況でも口を割ろうとしないことが確認できればそれでいいんでね」
トールの顔に疑問が浮かぶ。
「お前。マールバーグの暗殺者だろ」
目を見張るトールの口に俺はボロ布を突っ込み、その上から紐でしばりつけた。
「舌噛んで死ぬなんて殊勝な真似されても困るんでね。汚い布だが我慢しろよ」
トールを捨て置いて、コンバのところに行く。
「俺にも1杯くれ」
茶で口の中をすすいで地面に吐いた。
「兄貴。あいつどうするんすか? なんなら手足の1・2本折りますけど?」
「無駄なことだ。あいつはプロだよ。普通の方法で痛めつけても吐かないだろうさ。しかし、方法はある。飯がまずくなるだろうから詳細は説明しないけどな」
俺が薄く笑うとデイジーが怯えた表情を見せた。
「さて、ノルンに戻るとしようか」
ギルドに直行してジョナサンにサマードを呼んでもらう。事情を説明するとサマードが歯をむき出す。あまり夜道で見たい表情では無かった。
「任せて頂戴。こんなつまらない真似をしでかすとどうなるか教えてあげようじゃないの。王都に送って吐かせるわ」
コンバがサマードに従ってトールを連行すると、ジーナを呼び出して、ドノヴァンとデイジーの尋問も行った。杖を水平に構えて呪文を唱えたジーナの前でいくつか質問をする。トールの単独犯ということが確定し、2人は労いの言葉と共に解放された。
「ハリス大変だったわね」
「ああ。まあ運が良かったんだろう。見た目が冴えてないのもたまには役に立つもんだな」
「どういうこと?」
「あいつは俺をなめてたのさ。一番の脅威であるエイリアの排除を優先した。まあ、魔法で毒の浄化をされたら意味が無いんだから、その判断は間違いじゃない。ただ、俺に毒が効かないとは思わなかったんだろう。まあ、ほとんど飲んで無いというのもあるが、ティアナのお陰さ」
椅子に座っていたエイリアがふらふらと立ち上がる。
「ハリスさん。そろそろ私は神殿に戻ります。今日はありがとうございました」
「いえ。仲間として当然のことをしただけですよ」
「そうかもしれませんが……」
エイリアは潤んだ目で見つめてくる。自分の唇を指でひと撫でした。
「今日のことは忘れませんわ。今度は解毒薬なしでお願いします」
恥ずかしそうに微笑むとぱっと走って去って行った。ジーナが変な目で俺を見る。
「いったいどういうこと?」
俺は力なく笑った。だって仕方ねえだろ。
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