第127話 新人育成隊トール班
ティアナとの関係は宙に浮いたまま、エレオーラから突きつけられた問いへの答えも出ない。目の前に本人が居ないことをいいことに現実逃避をしていた。目先の仕事に精励する。新人育成は上手くいっており、一度の大きな事故以外は順調に指導が進んだ。
もっとも最初は武器の持ち方から指導しなければならなかった。そして、2週間ほど前に腕試しで降りた第2層でワーベア2体に不幸にも遭遇したときは、訓練生の一人が重傷を負い、エイリアのお陰で事なきを得ている。
サマードの裁定で、俺の隊はコンバを前衛に、俺とエイリアが後衛を務める布陣になっていた。当面、第3層まで到達できることを目標にして、それができたらシノーブ隊に引き継ぐことになっている。まずは15名ほどの完全な素人を駆け出し冒険者にするところまでが仕事だ。
今日もティアナのおまじないを受けてダンジョンに来ていた。トール、ドノヴァン、デイジーの3名から成るトール班を連れて第2層を探索中。トール班は俺が訓練を受け持っている中でも1番飲み込みが早い。
トールは洗練された容姿の青年で、細剣を使っており、訓練生の女性に人気。エイリアにさりげなくアプローチして、やんわりと拒絶されている。ドノヴァンは少し陰のある無口な男で俺と同じように小剣をふるい、デイジーは魔法学院を卒業したばかりのやせっぽっちの少女だった。
このメンバーなら問題ないと判断し、第3層に降りる許可を出す。もちろん、階段から遠く離れはしない。適当な相手と1戦して引き上げるつもりだ。第4層以下から難敵がやってきていたら一目散に撤退する。前方を注意しながらゆっくりと進んだ。
曲がり角の向こうから物音がするので20歩ほど離れたところで立ち止まり迎え撃つ体制をとる。角を曲がって現れたのは青白い顔をした死者が2体。白骨化した頭部にはさびついた冠が乗っていた。エイリアが警告する。
「王墓の守り人です。吐きかけてくる息を吸わないように。眠気に襲われます」
こいつらは食屍鬼やスケルトンよりは格段に強い。エイリアが言うように眠気を誘う息も吐く。ただ、いざとなればエイリアのショックで灰と塵に還元できるので、俺は迎撃を指示した。デイジーがトールの武器に魔力付与を、エイリアがコンバの斧に神聖化の魔法をかけ始める。
滑らかな詠唱でコンバの戦斧が白く輝く。コンバが前に出て守り人の1体と戦い始めた。さすがに守り人の剣さばきは熟練の戦士を思わせる動きをしている。重いコンバの一撃をいなして受け流すと反撃をしかけてきた。ただ、コンバなら問題ない。眠りの息にだけ注意しておけば間違いなく倒せる。俺はもう1体に注意を移した。
トールは淡く輝くようになった細剣で鮮やかな突きを繰り出している。ドノヴァンの小剣も神聖化の魔法がかかると横合いから参戦した。こちらの守り人は剣と杖を巧み操って2人を寄せ付けない。向こうに反撃の余裕はなさそうだが、こちらの2人では攻め切れそうになかった。俺はデイジーに
ドノヴァンが守り人の剣を受け止めて動きが止まる。守り人が息を吐きかけて、ドノヴァンが倒れた。剣を振り上げた守り人の胸に小さな火の玉がぶつかり燃え上がる。初歩的な魔法だがファイアボルトは死者の類に効果的だ。ドノヴァンが倒れると同時に駆け出していた俺がよろめく守り人の左手首を切り落とす。カタンと杖が床に転がった。
俺をより対処すべき相手とみなしたのだろう、守り人は俺に剣を振るう。一旦剣で受け止めるが、すぐに後ろにとびすさった。息を止め守り人の吐き出す胸糞悪いものを吸わないようにする。トールが横から激しく突きを入れて手傷を負わせていった。
自分の相手を難なく倒したコンバが守り人の背後に回り勝負はつく。トールが息を整える中、エイリアがそばにやってきて、ドノヴァンの額に手をかざした。数語をつぶやいて気合を込めるとドノヴァンの目が開く。エイリアが微笑みかけるとドノヴァンは顔を歪ませて赤くなった。
トールとドノヴァンが小さな手傷を負っていたが、俺は第2層に引き上げることを優先する。やはり第3層では無傷というわけにはいかない。ドノヴァンの手をつかんで引き起こすと隊列を整えるように指示した。
「ようし。よくやった。今日のところはこれで十分だろう。初心者コースは卒業だ。引き上げるぞ」
卒業の言葉に新人3人は顔に生気をよみがえらせる。通路を進んで階段を登り周囲を確認すると小休止をした。エイリアが怪我をした2人の治療を行う。トールは饒舌だったがドノヴァンはいつも以上にむっつりとしていた。その間にランタンから移した火でデイジーが焚火をおこしている。
ドノヴァンは無言でそちらに向かい金属製の容器を火の上にかざす。俺はコンバに近づいて肩を叩いた。
「随分と腕を上げたな。守り人をあっさり倒せるようになるなんて」
「それほど楽じゃなかったっすけどね。キャリーさんならもっと早く倒せたでしょう」
「謙遜するなって。慢心するよりはいいけどな。まだ半年ぐらいじゃないか。ここまで上達すりゃ、あとは時間の問題だ。生きてさえいればいくらでも強くなれるさ。まだ若いんだし」
コンバは照れたように笑う。
「兄貴にそこまで言われるとちょっと恥ずかしいっすね。でも、嬉しいっす」
そこへドノヴァンが湯気の上がるマグを3つ持ってやってきた。
「薬草茶です」
コンバは嬉しそうに受け取った。このダンジョンはクソ寒いので、温かい飲み物は有難いはずだ。まあ、俺は寒くないのでそれほど必要としていない。
ふうふうと息を吐きかけるとコンバはマグに口を付ける。ドノヴァンはもう一つを俺に渡すと自分もマグの中身を口に含んだ。俺はマグの中身を覗き込む。ティアナがいれる茶に慣れてしまうと他人のものはなんかあまり美味く感じない。口が奢っちまったなと苦笑しながら、それでもせっかくいれて貰ったものだと一口飲んだ時だった。
口中に違和感を感じると同時にドノヴァンがバタリと倒れる。コンバもぐらりとよろめきマグを落とした。カランという音が響く。少し離れたところではデイジーが横たわり、エイリアが壁に寄りかかりながら青い顔をしている。そして、トールが細剣を握りエイリアに迫っていた。
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